護國寺納骨堂とは

護國寺納骨堂は、山口県下関市上田中町にある大正10年(1921年)の鉄筋コンクリート造の納骨堂で、平成25年(2013年)12月24日に国の登録有形文化財(建造物)となった(文化庁)。読みは「ごこくじのうこつどう」。

文化庁の記録では、鉄筋コンクリート造平屋建、建築面積8.4平方メートルで、銅製記念塔が付き、昭和6年(1931年)頃に改修されている。登録番号は35-0075である。

寺の沿革には「納骨堂竣工記念(大正十年)」と題した写真が載っており、護國寺納骨堂が大正10年(1921年)に完成したことを伝えている(護國寺)。

陸屋根の上の銅製記念塔

護國寺納骨堂は、境内の南寄りに建つ一辺2.9メートルの方形の建物で、昭和初期に現在の規模まで広げられた(文化庁)。陸屋根の上に、方形と円形を2段に重ねた台座を据え、円筒形の銅製記念塔を載せる。地面から塔の頂までの総高は5.6メートルある。

外壁は化粧目地を入れたモルタル塗で、隅柱や背面の戸口の額縁を浮き出させて表している(文化庁)。

登録有形文化財としての価値

文化庁は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として、平成25年(2013年)12月24日に護國寺納骨堂を登録した。建築面積8.4平方メートルの小さな建物だが、大正期に鉄筋コンクリートで造られた寺院の納骨堂で、銅の塔を戴く姿は境内でもよく目立つ。

大正の竣工と昭和初期の拡張

文化庁は護國寺納骨堂の建築年を大正10年(1921年)、改修を昭和6年(1931年)頃とする。寺の沿革によれば、昭和4年(1929年)に本堂が、昭和6年(1931年)9月に庫裏が建てられて、境内はほぼ現在の姿になった(護國寺)。納骨堂の拡張は、この境内整備の時期と重なる。

記念塔が何を記念して建てられたのかは、文化庁の解説にも寺の沿革にも記されていない。

見どころ

正面からは、平らな屋根の上に段をつけて立ち上がる台座と、その上の円筒形の銅の塔がひとつながりに見える。モルタルの壁面に入れた化粧目地や、隅柱を浮き出させた表現は、近づくとよく分かる(文化庁)。

護國寺納骨堂は背面の戸口まわりにも額縁をかたどっている。小さな建物ながら、正面だけでなく背面の仕上げにも手をかけている点に目を向けたい。

見学について

護國寺納骨堂は遺骨を納める施設である。内部の公開や撮影について寺の公式な案内は確認できなかったので、外観を見る際は参拝者の妨げにならないよう配慮したい。境内への行き方は護國寺(下関市)のページにまとめてある。

Q&A

Q護國寺納骨堂はいつ建てられましたか?
A大正10年(1921年)で、昭和6年(1931年)頃に改修されています(文化庁)。
Q護國寺納骨堂の上にある塔は何ですか?
A円筒形の銅製記念塔で、方形と円形を2段に重ねた台座の上に載っています(文化庁)。
Q護國寺納骨堂の大きさはどのくらいですか?
A一辺2.9メートルの方形で、建築面積8.4平方メートル、塔を含む総高は5.6メートルです(文化庁)。
Q護國寺納骨堂は境内のどこにありますか?
A境内の南寄りにあります。本堂の南に建つ清正公堂の、さらに南側です(文化庁)。
Q護國寺納骨堂が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成25年(2013年)12月24日です(文化庁)。

基本情報

名称護國寺納骨堂(ごこくじのうこつどう)
所在地山口県下関市上田中町2-15-7他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成25年(2013年)12月24日登録
員数1棟
寸法鉄筋コンクリート造平屋建、建築面積8.4㎡、銅製記念塔付、総高5.6m
所有者宗教法人護國寺
公開状況内部公開の公式案内なし

参考文献

護國寺納骨堂(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009831
護國寺納骨堂(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/279400
佛乘山護國寺の沿革(護國寺)
https://krmt.biz/gokokuji/enkaku.html

最終更新日: 2026.11.08