日清講和記念館とは
日清講和記念館は、山口県下関市阿弥陀寺町にある、明治28年(1895年)の日清講和会議と下関条約の歴史的意義を伝えるため昭和12年(1937年)6月に開館した鉄筋コンクリート造の記念館で、平成23年(2011年)1月26日に国の登録有形文化財(建造物)となった。読みは「にっしんこうわきねんかん」(文化庁、下関市立歴史博物館)。
文化庁の記録では、鉄筋コンクリート造平屋一部地下1階建、瓦葺、建築面積138平方メートルで、登録番号は35-0068、所有者は下関市である。日本遺産「関門“ノスタルジック”海峡」の構成文化財でもある(日本遺産ポータルサイト)。
日清講和会議と記念館
下関市立歴史博物館によれば、明治27年(1894年)夏に日清戦争が始まり、翌明治28年3月19日に清国の講和使節団を乗せた汽船が関門海峡に停泊した。翌日から下関の春帆楼で講和会議が開かれ、7回の会議を経て4月17日に講和条約(下関条約)が調印された。
日清講和記念館はこの会議の舞台となった春帆楼の隣接地に建てられた。春帆楼の建物は昭和20年(1945年)の下関空襲で焼失したが、記念館は鉄筋コンクリート造だったため戦災を免れ、会議で実際に使われた椅子なども失われずに伝わった(下関市立歴史博物館)。
登録有形文化財としての価値
日清講和記念館は「造形の規範となっているもの」として登録された。山口県によれば、瓦葺の屋根や組物、懸魚などの伝統的な意匠を鉄筋コンクリートで表現する一方、腰石貼や大きな窓の鉄格子など洋風の要素も取り入れた和洋折衷の「帝冠様式」の建物で、建築当初の状態をよく保っている。
見どころ
文化庁によれば、西北を正面とする棟の高い平屋で、高低差のある敷地を生かして東寄りに地階を設ける。入母屋造妻入の本瓦葺で、玄関に庇を付け、腰石貼の外壁に太い柱型を見せ、上方に大きな矩形の窓を開ける。組物や懸魚などの伝統的な細部が威風ある姿をつくる。
下関市立歴史博物館によれば、日清講和記念館の館内では会議で実際に用いられた椅子や調度品で講和会議の様子を再現し、両国全権の伊藤博文や李鴻章の遺墨なども展示している。
見学について
下関市立歴史博物館によれば、開館時間は9時から17時(入館は16時30分まで)で、年中無休、入館料は無料。無人の施設のため、問い合わせは下関市立歴史博物館(083-241-1080)へ。
日清講和記念館へは、JR下関駅からバスで約10分の「赤間神宮前」バス停から徒歩約2分(山口県観光連盟)。
Q&A
- 日清講和記念館はいつ開館しましたか?
- 昭和12年(1937年)6月です(下関市立歴史博物館)。
- なぜここに建てられたのですか?
- 明治28年(1895年)に日清講和会議が開かれ、下関条約が調印された春帆楼の隣接地だからです(下関市立歴史博物館)。
- 建物の様式は?
- 伝統的な意匠を鉄筋コンクリートで表現した和洋折衷の帝冠様式です(山口県)。
- 館内では何が見られますか?
- 会議で実際に使われた椅子や調度品による再現展示と、伊藤博文や李鴻章の遺墨などです(下関市立歴史博物館)。
- 日清講和記念館が登録有形文化財になったのはいつですか?
- 平成23年(2011年)1月26日です。
基本情報
| 名称 | 日清講和記念館(にっしんこうわきねんかん) |
|---|---|
| 所在地 | 山口県下関市阿弥陀寺町5-4他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成23年(2011年)1月26日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造平屋一部地下1階建、瓦葺、建築面積138平方メートル |
| 所有者 | 下関市 |
| 公開状況 | 年中無休、入館無料 |
参考文献
- 日清講和記念館(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008581
- 日清講和記念館(山口県の文化財)
- https://bunkazai.pref.yamaguchi.lg.jp/sp/bunkazai/summary.asp?mid=110201
- 日清講和記念館(下関市立歴史博物館)
- https://www.shimohaku.jp/page0106.html
- 日清講和記念館(日本遺産ポータルサイト)
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/3484/
- 日清講和記念館(山口県観光連盟)
- https://yamaguchi-tourism.jp/spot/detail_10485.html
最終更新日: 2026.10.11