火山が刻んだ五つの湖、富士の北麓に弧を描く

平成23年9月21日、文化庁は山中湖・河口湖・西湖・精進湖・本栖湖の五湖を「富士五湖」の名で国の名勝に一括指定した。告示番号は第141号、指定基準は第7号「湖沼・湿原・浮島・湧泉」と第11号「展望地点」の二項目にまたがる。さらに二年後の平成25年6月、五湖はいずれも世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産に加えられた。

湖はそれぞれ独立した姿を持つが、いずれも富士山の噴火が刻んだ造形である。江戸期の浮世絵が広めた逆さ富士、富士講の修行地としての歴史、そして昭和初期に「富士五湖」という呼称が定まるまでの経緯。五つの湖を一つの景観として捉える視点には、地質と信仰と芸術が重なる。

溶岩が分け、溶岩が湛えた水

西側に並ぶ西湖・精進湖・本栖湖は、もとは「古剗(こせ)の海」と呼ばれる一つの湖であったとされる。これを分断したのが富士山の側火山から流れ出した溶岩流である。決定的だったのは貞観6年(864年)、『日本三代実録』に記録される大噴火で、青木ヶ原溶岩流が剗の海の大半を埋め、残った水域が西湖と精進湖となった。湖南岸に広がる青木ヶ原樹海は、この噴火が遺した溶岩台地である。

三湖の水面標高は今もそろって約900メートルにあり、水位の上下も連動する。地下の溶岩中で水脈がつながっていると考えられているのは、その共通の出自に由来する。

東端の山中湖は事情が違う。延暦から承平年間(8〜10世紀)にかけての溶岩流、特に鷹丸尾溶岩流が桂川の谷を堰き止めて生まれたとされる。富士五湖で唯一、桂川という流出河川を持ち、その水は神奈川県を流れる相模川の源流となる。河口湖は船津溶岩流による堰き止め湖で、現在の輪郭が定まったのは縄文時代後期以降と考えられている。

湖と展望地点、二つの基準で守られた景観

名勝指定の範囲は湖面そのものに加え、形成の原因となった溶岩流の湖岸線の一部までを含む。指定基準第11号「展望地点」を併用したのは、五湖が単なる水域ではなく富士山を望む場所として価値を持つことを意味する。凪の湖面に映る富士山の倒立像、いわゆる逆さ富士は、葛飾北斎『冨嶽三十六景』の「甲州三坂水面」に描かれて以来、日本人の山岳観を象った図像となった。文化庁の解説文もこの倒立像を価値の中核に位置づけている。

五つの湖、それぞれの顔

山中湖は面積約6.5平方キロメートルで五湖中最大、湖面標高980メートルも五湖の最高位にある。最大水深は約13メートルと浅く、冬期に全面結氷することがあり、氷上のワカサギ穴釣りは戦前から続く。北岸長池からの眺めは、富士山の手前に小型の大室山が重なる「子抱き富士」として知られている。

河口湖は標高831メートルと五湖の中でいちばん低い位置にある。湖周19キロメートルの湖畔には温泉と宿が並び、富士山駅とつながる鉄道便も整い、五湖観光の中心となっている。北岸の産屋ヶ崎付近から鵜の島越しに望む構図は、北斎の浮世絵が描いた原風景に近い。

西湖は周囲を急斜面の樹林に囲まれた静かな湖で、最大水深は約71メートル。青木ヶ原樹海を横切る歩道はこの湖の南岸に至る。観光開発が抑えられており、いやしの里根場や鳴沢氷穴・富岳風穴など、地形の記憶を辿れる場所が周囲に点在する。

精進湖は面積わずか0.5平方キロメートル、五湖で最も小さい。明治期、英国人ハリー・スチュワート・ウィットウォース(Harry Stewart Whitworth)が湖畔に「ジャパン・ショージ」と名付けた宿を開き、外国人避暑地として早くから知られた。手前の山が裾を遮り、その奥に富士が顔を出す「子抱き富士」型の構図は、北側のパノラマ台からよく見える。

本栖湖は最大水深121.6メートル、五湖中で最も深く透明度も高い。南西岸の中ノ倉峠展望地から望む湖と富士山の構図は、写真家岡田紅陽が昭和10年(1935年)に撮影した一枚に基づき、千円札および旧五千円札の裏面意匠に採用された。展望地までは国道300号沿いの駐車場から登山道を約30分歩く。

富士講と絵画、信仰と表現が重なる場

富士信仰の民衆運動である富士講では、富士山麓の八つの湖沼を巡る「八海巡り」が修行の一つとされた。始祖と伝えられる長谷川角行が中世末期に行ったとされる水行に由来し、18世紀以降に巡礼の形式として定着した。なかでも富士に近い湖沼を巡る「内八海」の中核を担ったのが、現在の富士五湖にあたる湖群である。

絵画と文学の対象としての歴史も厚い。葛飾北斎『冨嶽三十六景』の「甲州三坂水面」、歌川広重『冨士三十六景』の「甲斐御坂越」は江戸期を代表する湖と富士の図像であり、北斎の作は河口湖の逆さ富士を世界的に印象づけた。近代以降は川瀬巴水の版画『山中湖の暁』、三島由紀夫『鏡子の家』の西湖の描写、与謝野晶子・斎藤茂吉の精進湖の短歌、そして岡田紅陽の本栖湖写真が続いた。「富士五湖」という呼称自体も、昭和2年(1927年)の「日本二十五勝」公募の際に富士急行創業者の堀内良平が提案し、湖沼の部第一位入選で全国に広まったものである。

湖を巡る、湖を歩く

富士五湖はすべて富士箱根伊豆国立公園に含まれる。湖の間は車で移動する旅人が多いが、富士山駅・河口湖駅から各湖を結ぶ富士急バスの周遊路線も整備されている。北側の御坂峠の展望広場は北斎が描いた高所の視点を実地で確かめられる場所であり、西湖南岸からは青木ヶ原樹海の中の鳴沢氷穴・富岳風穴(いずれも国の天然記念物)まで歩道がつながる。富士吉田の新倉山浅間公園の忠霊塔は、桜と五重塔と富士を一画面に収める構図で近年人気を集めている。

湖ごとの楽しみ方も大きく違う。山中湖と河口湖は遊覧船・温泉・美術館・ワカサギ穴釣りなど施設が豊富で、本栖湖は水温の低さと透明度を生かしたウィンドサーフィン・カヤック・スキューバが盛んである。精進湖はモーターボートの航行がなく、ヘラブナ釣りや散策のための静けさが保たれている。

Q&A

Q五湖のうち、一つだけ訪れるとしたらどこがおすすめですか?
A交通アクセスと観光基盤を重視するなら河口湖です。新宿から高速バスで2時間ほどで湖畔に着き、宿泊・飲食・観光施設も豊富で、北斎が描いた逆さ富士の視点も近い。静けさと水の清さを求める方には本栖湖が向いています。千円札の裏面となった中ノ倉峠展望地までの登山道を歩けるのも本栖湖ならではです。
Q富士山がよく見える時期はいつですか?
A統計的には11月から2月にかけての冬季が、空気が澄み視程が長いため富士山の出現率が最も高くなります。夏季の午後は雲がかかりやすく、撮影が目的なら早朝が有利です。逆さ富士を見るには無風の朝が条件となり、これも秋から冬の早朝が狙い目となります。
Q湖で泳ぐことはできますか?
A遊泳できる場所と期間は限られています。山中湖には7月〜8月に開設される指定エリアがあり、精進湖と本栖湖にも小規模なビーチがあります。西湖はキャンプ場の囲い内のみ可。湖面標高が830〜980メートルあるため、真夏でも水温が低く、長時間の遊泳には注意が必要です。
Q東京から五湖までの公共交通でのアクセスは?
A新宿駅・東京駅から河口湖駅行きの高速バスが直通で、所要は約2時間。電車利用ならJR中央線で大月駅まで行き、富士急行線に乗り換えて河口湖駅へ。河口湖からは富士急バスの周遊路線で、山中湖・西湖・精進湖・本栖湖の各湖畔まで連絡しています。
Q千円札の富士山の景色はどこから見られますか?
A本栖湖南西岸の中ノ倉峠展望地です。国道300号沿いの駐車場から登山道を約680メートル、徒歩30分ほどで到達します。岡田紅陽が昭和10年(1935年)に撮影したのと同じ角度から、湖面に映る富士山を望めます。

基本情報

名称富士五湖(山中湖・河口湖・西湖・精進湖・本栖湖)
指定区分名勝(平成23年9月21日指定、告示第141号)
指定基準第7号(湖沼、湿原、浮島、湧泉) および 第11号(展望地点)
世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」構成資産(平成25年6月登録)
所在地山梨県南都留郡富士河口湖町・山中湖村、南巨摩郡身延町
国立公園富士箱根伊豆国立公園
各湖の面積(概算)山中湖 約6.5km²、河口湖 約5.7km²、西湖 約2.1km²、精進湖 約0.5km²、本栖湖 約4.7km²
各湖の最大水深山中湖 13.3m、河口湖 14.6m、西湖 71.7m、精進湖 15.2m、本栖湖 121.6m
アクセス富士急行線河口湖駅から各湖へ富士急バス。新宿・東京から河口湖駅まで高速バス約2時間

参考文献

国指定文化財等データベース 富士五湖
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00003723
山梨県公式 富士山世界文化遺産
https://www.pref.yamanashi.jp/fujisan-pr/
富士五湖観光連盟 富士五湖.NET
https://www.fujigoko.tv/
日本交通公社 全国観光資源台帳 本栖湖
https://tabi.jtb.or.jp/res/190077-

最終更新日: 2026.05.19