富士風穴 — 青木ヶ原樹海の地下に眠る、観光化されなかった氷の洞窟

昭和4年(1929年)12月17日、富士山北麓の三つの溶岩洞窟が同じ日に天然記念物へと指定された。そのうち富岳風穴と鳴沢氷穴は、後に照明と遊歩道、受付を備えた観光洞窟として整備されていく。残る一つ、富士風穴は別の道をたどった。指定からほぼ一世紀を経た今も整備の手は入っておらず、樹海を歩いてたどり着くほかなく、洞床は夏の暑気が届かない厚い氷に覆われたままである。

富士北麓には数多くの溶岩洞窟が点在するが、蔵する氷の量で富士風穴に並ぶものはない。盛夏の時期でも、その氷が融けきることはほとんどない。総延長は230メートルを超え、洞幅は5〜10メートル、天井の高さは平均5メートル前後ある。内部の多くは、身をかがめずほぼ直立したまま歩ける規模をもつ。

貞観の噴火が生んだ洞窟

富士風穴の成り立ちは、一度の噴火にさかのぼる。貞観6年(864年)、富士山は記録に残る噴火活動のなかでも大きな転機となる時期を迎えた。北西斜面の火口から流れ出た溶岩は山麓一帯へ広がり、「䆜の海(せのうみ)」と呼ばれた広大な湖の大半を埋めた。残された水面が、現在の西湖と精進湖である。

冷え固まった溶岩の上には、長い時間をかけて森が育った。これが青木ヶ原樹海である。通常の土壌ではなく硬い玄武岩の上に成立した森で、木々の根は岩に深く潜れず横へ這う。溶岩台地には、無数の空洞や洞道が刻まれている。

富士風穴も、そうした洞道の一つだ。864年の溶岩が前進する過程で、表面は先に冷えて殻となり、その内側ではなお溶岩が流れ続けた。供給が止まると、内部のまだ固まらない溶岩が流れ去り、長い隧道状の空洞だけが残る。これが熔岩隧道である。富士風穴は青木ヶ原溶岩流の南辺、貞観の溶岩が分かれて流れを迂回した側火山・大室山の麓近くに位置している。

なぜ天然記念物に指定されたのか

昭和4年の指定文は、当時の硬い文語体で、火山性の洞穴を二種類に丁寧に書き分けている。一つは熔岩隧道。先に述べた、内部の溶岩が抜けて残った隧道状の空洞で、長く伸びるものが多い。もう一つは、溶岩流の内部に水蒸気やガスが集まり、それを包んだまま岩が固まってできる空洞で、規模は小さく、形は不規則になりやすい。指定文は、これほどの種類と密度の洞穴が一つの火山の周囲に集まる例は世界的にも稀であると記している。

富士風穴は、洞穴を対象とする指定基準のもとで保護された。その価値は地質学的な側面にある。大規模な熔岩隧道が、ほぼ原形のまま残された明快な実例だからである。さらに、内部に残るものの価値も大きい。照明も遊歩道も手すりも設けられてこなかったため、氷の造形も溶岩の表情も、一世紀前に近い姿をとどめている。富士山の噴火が周囲の地形をどう形づくったかを調べる研究者にとって、人の手が加わっていない洞窟そのものが一つの記録となる。

洞内の様子 — 氷と玄武岩、そして静けさ

入口は、樹海の地面に開いた大きな陥没穴である。そこから通路は下りに転じる。下るにつれて気温は急に落ち、外気が十数度あっても、入口付近の値は摂氏0度に近づく。

下りきった先に氷がある。洞床は長い年月をかけて積み重なった厚い氷の層に覆われ、天井からは、わずかに差し込む光を受けた氷柱が下がる。初期の調査者はこの眺めを水晶の宮殿にたとえた。近隣の整備された洞窟と違い、ここに演出のための照明はない。氷はただそこにあるものとして、ヘッドランプの光を受け、思いがけない角度で光を返す。

壁面は黒い玄武岩で、音をよく吸収する。溶岩洞窟を訪れた人がしばしばその静けさに触れるのは、この玄武岩のはたらきによる。岩は音を反響させず、吸い込んでしまう。通路に沿って岩を見ていくと、溶岩流そのものを読み取れる。溶岩の水位が一時とどまった棚、表面が動きながら皺を寄せた縄状の隆起。

富士風穴は、観光客向けに装われた洞窟ではない。足元は平らでなく、氷は実際によく滑り、天井の低い区間もある。その荒さこそが本質である。富士風穴は、整えられた近隣の洞窟が与えられないものを差し出す。熔岩隧道を、ほぼそのままの条件で体験する機会である。

洞窟の周辺

富士風穴は青木ヶ原樹海のなかにある。ゆっくり歩くほど発見のある一帯だ。洞窟へのアプローチは、富士山の古い登山道である精進口登山道の一部をたどる。苔むした溶岩と横へ伸びる根が続く森を抜けると、足元が火山に由来することを忘れがたくなる。大室山周辺のブナ林はこの地域の見どころとして知られ、それ自体が一つの目的地でもある。

許可や山歩きを要さずに洞窟を体験したい旅行者には、すぐ近くに良い選択肢がある。北東へおよそ4キロメートルの富岳風穴は、総延長201メートルの熔岩隧道で、一般向けに整備され、約15分で歩ける。環状の竪穴洞窟である鳴沢氷穴は、そこからさらに少し進んだ場所にある。西湖の近くには、同じ樹海のなかの整備された洞窟として西湖コウモリ穴もある。富士風穴とあわせて見れば、一度の噴火が生んだ洞窟が、照明の灯る観光路から樹海の手つかずの空洞まで、いかに異なる姿で人と向き合っているかが見えてくる。

Q&A

Q富士風穴は自由に見学できますか。
A自由には入れません。富士風穴は未整備の洞窟であり、天然記念物として保護されているため、入洞には事前の許可が必要です。山梨県の観光案内によれば、入洞には富士河口湖町教育委員会への届出が求められます。多くの人は、必要な手続きを手配してくれる地元公認のネイチャーガイドによるツアーに参加して訪れています。
Q富岳風穴とは何が違うのですか。
A名前は似ていますが別の洞窟です。富岳風穴は観光向けに完全に整備され、舗装と照明、受付や売店があります。富士風穴にはそれらがありません。樹海を歩いてたどり着き、人工の照明はなく、周辺のどの洞窟よりも多くの氷を蔵しています。
Q氷が見ごろなのはいつですか。
A氷は寒い季節を通じて成長し、おおむね真冬から春にかけて最も発達します。富士風穴は氷を多く保持するため、その造形は夏まで残ることもありますが、実際の量はその年の気候や洞内の状況によって変わります。
Qどうやって行けばよいですか。
A洞窟は青木ヶ原樹海のなか、大室山の北麓にあり、精進口登山道を経てたどり着きます。この一帯へは河口湖方面からのアクセスが基本で、よく知られた整備済みの洞窟群は河口湖インターチェンジから車で約15分です。洞窟入口までの公共交通機関はなく、最後の区間は森のなかの徒歩となります。
Q何を持っていけばよいですか。
A寒く暗い、足場の悪い空間への短い山歩きと考えてください。滑りにくい丈夫な靴、防寒のための重ね着、信頼できるヘッドランプが欠かせません。洞内は真夏でも氷点近くにとどまり、足元の氷はよく滑ります。安全に見学するにはガイド付きの訪問が最も確実です。

基本情報

名称富士風穴(ふじふうけつ)
所在地山梨県甲府市(青木ヶ原樹海内、大室山北麓)
指定区分国指定天然記念物(指定基準:洞穴)/昭和4年(1929年)12月17日指定
管理団体甲府市(平成8年〔1996年〕6月4日指定)
種類玄武岩質の熔岩隧道。貞観6年(864年)の噴火による溶岩で形成
規模総延長230メートル以上、洞幅5〜10メートル、天井高は平均5メートル前後
見学未整備。入洞は事前許可制。青木ヶ原樹海内の精進口登山道経由

References

国指定文化財等データベース — 富士風穴
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1104
文化遺産オンライン — 富士風穴
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/138477
富士の国やまなし観光ネット — 富士風穴
https://www.yamanashi-kankou.jp/kankou/spot/p1_4905.html
やまなしハイキングコース100選 — 樹海の富士風穴と大室山のブナ林
https://yamanashi-hiking100.jp/course/detail/51
ヤマレコ — 富士風穴 山頂・施設情報
https://www.yamareco.com/modules/yamainfo/ptinfo.php?ptid=20115

最終更新日: 2026.05.22