大菩薩の登山道を見下ろす室町の禅堂

青梅往還から大菩薩峠へ向かう道の途中、杉と檜に覆われた198段の石段を登りきると、正面に雲峰寺の本堂が構える。山梨県甲州市塩山上萩原、裂石山と号する臨済宗妙心寺派の古刹である。桁行五間・梁間五間、一重の入母屋造で、屋根は檜皮葺。正面中央には向拝一間が張り出し、その上に唐破風がゆるやかな曲線を描く。

深田久弥は『日本百名山』で大菩薩を記した折、この本堂を入母屋造・檜皮葺の美しい建物と書き留めた。石段を登りきって振り返る者は、その一言に得心する。

裂石の伝承と武田家の祈願所

寺伝では天平17年(745年)、行基が一夜にして裂石から生えたという萩の木で十一面観音を刻み、開いたと伝わる。裂石山の山号と本尊「裂石観音」の名はこの縁起に由来する。当初は真言宗あるいは天台宗であったが、のちに恵林寺の末寺として臨済宗に改まった。

甲斐の武田氏の本拠から見て鬼門にあたる位置にあったため、雲峰寺は武田家の祈願所となった。天文年間(1532〜1554)の火災で堂宇が傷んだのち、武田信虎・晴信(信玄)父子の支援で再興される。現在の本堂は室町後期の建立で、国の文化財データベースは年代を1467〜1572年の幅で記録している。昭和24年(1949年)2月18日、重要文化財に指定された。

見どころ

向拝の下に立ち、軒を見上げてほしい。中央の唐破風は一本のなだらかな曲線として読め、その上の檜皮葺は瓦ではなく檜の樹皮を薄く重ねて葺いたもので、軒先にやわらかな層をつくる。彩色や装飾を抑え、木そのものに重心を置く禅宗建築の抑制が全体を貫いている。

本尊の参拝と並んで、多くの人が石段を登る理由が宝物殿にある。武田家の遺臣が納めたと伝わる軍旗が公開されており、なかでも高さ約3.8メートルの孫子の旗が名高い。「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の四句を記した、いわゆる風林火山の旗である。傍らには寺が日本最古と称する日の丸の御旗と、諏訪神号旗が掛かる。天正10年(1582年)、天目山で武田勝頼と一族が没した後、家臣がこの寺に納めたと伝わるものである。宝物殿は事前連絡による公開のため、訪問前に電話で確認しておきたい。

Q&A

Q本堂はいつ頃の建築ですか。
A室町後期の建立です。国の文化財データベースは1467〜1572年の幅で年代を記載しており、16世紀半ばの火災後の再興と符合します。
Q向拝の唐破風とは何ですか。
A入口や向拝の上に架ける、中央が反り上がった曲線の破風です。本堂では正面に張り出した向拝一間の上に据えられています。
Q武田家の軍旗は見られますか。
A寺の宝物殿で公開されていますが、事前予約制です。訪問前に電話で拝観を申し込んでください。
Q交通アクセスを教えてください。
AJR中央本線塩山駅から大菩薩登山口行きのバスに乗り、終点で下車して徒歩約5分です。無料駐車場があります。
Q屋根は瓦葺ですか。
Aいいえ、檜皮葺です。檜の樹皮を薄く重ねて葺いた屋根で、山中の禅寺の落ち着いた性格に合っています。

基本情報

名称雲峰寺本堂(うんぽうじほんどう)
所在地山梨県甲州市塩山上萩原
所有者雲峰寺
指定区分重要文化財(昭和24年〈1949年〉2月18日指定)
員数1棟
時代室町後期(1467〜1572年)
構造及び形式桁行五間、梁間五間、一重、入母屋造、向拝一間、唐破風造、檜皮葺
アクセスJR中央本線塩山駅から大菩薩登山口行きバス、終点下車徒歩約5分
宝物殿事前連絡による公開

参考文献

文化庁 — 国指定文化財等データベース 雲峰寺本堂
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/854
甲州市観光協会 — 雲峰寺
https://www.koshu-kankou.jp/map/m4940.html
富士の国やまなし観光ネット — 風林火山史跡巡り
https://www.yamanashi-kankou.jp/history/shingen/forest.html
雲峰寺 — ウィキペディア日本語版
https://ja.wikipedia.org/wiki/雲峰寺

最終更新日: 2026.07.11