庭の奥に構える茅葺の書院

山梨県甲州市塩山上萩原、雲峰寺の境内の奥、庭を隔てた位置に書院が構える。四棟の指定建造物のなかで最も静かな一棟である。本堂や仁王門が参拝と通行のためのものであるのに対し、書院は起居と学問の場に属する。桁行14.6メートル・梁間9.1メートル、一重の寄棟造で、屋根は茅葺。祈りの堂よりむしろ農家に近い、住まいの形式である。

国の登録上、この建物は寺院建築ではなく住宅として分類される。修行の寺には、読書や接客、日々の用を営む部屋が祭壇と同じく必要であったことを示している。

正徳6年の年紀

本堂や仁王門が室町という幅でしか年代を記されないのに対し、書院には明確な年紀がある。国の文化財データベースは正徳6年、すなわち1716年をあてる。江戸中期の建立で、重要文化財となった雲峰寺の四棟のうち最も新しい。指定は他の三棟とともに昭和24年(1949年)2月18日である。

建立が下ることは寺の歩みと符合する。雲峰寺は16世紀に武田家の支援で再興され、その祈願所であった。書院はそれから数代を経た徳川の泰平の世に加えられ、臨済宗の寺に必要な居住の間を整えた。本寺である恵林寺は、同じ谷筋にほど近い。

見どころと拝観の仕方

訪問には一つ実際的な点がある。書院は通常、間近での拝観には公開されておらず、多くの場合は庭を囲む塀越しに外から眺めることになる。その前提で臨めば、建物はじっくり見る価値に応える。寄棟の茅葺屋根は、隣の本堂の檜皮葺とはまるで異なって読める。棟が重く、稜線がやわらかで、寺の建築ではなく在地の住まいの語彙から引かれている。

庭の奥に置かれ、前に本堂、脇に庫裏を控えたこの配置が、深田久弥が『日本百名山』でその静けさを書き留めた境内を完成させている。198段の石段、仁王門、本堂、そして緑の囲いの向こうに垣間見る低い茅葺の書院。訪れる人はあわせて宝物殿の拝観を予約し、武田家の軍旗に接することもできる。

Q&A

Q書院の内部に入れますか。
A通常は入れません。書院は多くの場合、庭を囲む塀越しに外から眺める形での公開です。
Qいつ建てられましたか。
A江戸中期の正徳6年(1716年)です。重要文化財となった雲峰寺の四棟のうち最も新しい建物です。
Qなぜ寺院建築でなく住宅として登録されているのですか。
A書院は学問と起居の場です。機能が住宅にあたるため、国のデータベースでは住宅建築に分類されています。
Qどのような屋根ですか。
A寄棟の茅葺屋根です。在地の住まいから引かれた形式で、本堂の檜皮葺とは異なります。
Q交通アクセスを教えてください。
AJR中央本線塩山駅から大菩薩登山口行きバスに乗り、終点で下車して徒歩約5分です。無料駐車場があります。

基本情報

名称雲峰寺書院(うんぽうじしょいん)
所在地山梨県甲州市塩山上萩原
所有者雲峰寺
指定区分重要文化財(昭和24年〈1949年〉2月18日指定)
員数1棟
時代江戸中期・正徳6年(1716年)
構造及び形式桁行14.6m、梁間9.1m、一重、寄棟造、茅葺
拝観通常は塀越しに外から見学
アクセスJR中央本線塩山駅から大菩薩登山口行きバス、終点下車徒歩約5分

参考文献

文化庁 — 国指定文化財等データベース 雲峰寺書院
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/855
甲州市観光協会 — 雲峰寺
https://www.koshu-kankou.jp/map/m4940.html
富士の国やまなし観光ネット — 風林火山史跡巡り
https://www.yamanashi-kankou.jp/history/shingen/forest.html
雲峰寺 — ウィキペディア日本語版
https://ja.wikipedia.org/wiki/雲峰寺

最終更新日: 2026.07.11