処刑された学者を祀る社

山縣神社は、山梨県甲斐市篠原にある神社で、江戸時代中期の学者である山県大弐を祭神として大正10年(1921年)に創建され、本殿・拝殿・手水屋・鳥居の4件が平成28年(2016年)8月1日に国の登録有形文化財に登録された。

祭神は神話の神ではない。山県大弐は享保10年(1725年)、巨摩郡篠原村、いまの甲斐市篠原に生まれた。27歳で江戸へ出て医を業としながら学問を教え、八丁堀長沢町(現在の東京都中央区八丁堀三丁目)に塾を開くと、門人は数千人におよんだと伝えられる。明和3年(1766年)、講義のなかで実在の城郭を例に兵学を説いたことなどが咎めの端緒となり、翌年に処刑された。明和事件と呼ばれる。43歳だった。

評価が変わるのは明治に入ってからである。明治13年(1880年)、山梨県を巡幸した明治天皇が大弐の功績に祭粢料を賜り、侍従に墓所を検分させた。明治24年(1891年)には正四位が追贈されている。大正8年(1919年)に神社創建のための奉建会が組織され、大正10年、大弐の墓のあった金剛寺の隣接地に社殿が完成した。同年9月22日に鎮座祭が行われ、県社に列している。

社殿にはもう一段の来歴がある。昭和49年(1974年)、伊勢の神宮の第60回式年遷宮で撤下された豊正殿の古材の譲与を受け、境内の社殿が整えられた。拝殿の奥に続く幣殿には、このときの古材が使われていると案内されている。

4件が一度に登録された理由

登録されたのは本殿、拝殿、手水屋、鳥居の4件で、登録番号は19-0077から19-0080まで続き番号になっている。平成28年の第84回登録にあたる。このうち本殿・拝殿・手水屋は創建時の大正10年(1921年)の建築で、鳥居だけが2年後の大正12年(1923年)に建った。

4件は同じ基準で登録されたわけではない。登録有形文化財の制度は3つの登録基準を持ち、本殿と鳥居には第一の「造形の規範となっているもの」が、拝殿と手水屋には第三の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」が適用されている。文化庁のデータベース上の種別も分かれ、本殿と拝殿は建築物、手水屋と鳥居はその他工作物に分類されている。

基準が分かれても、見える形は揃っている。屋根はいずれも銅板葺。本殿は神明造で棟に千木勝男木を飾り、拝殿もまた千木と堅魚木を載せる。妻面で棟木を受けるのは、2本の材を互いに寄りかからせる豕扠首(いのこさす)の組み方で、これは拝殿と手水屋に共通する。彩色も彫刻もなく、素木の直材が組み上がっているだけである。大正期の神社建築で伊勢系の形式を選んだ結果、境内はこの単純な語彙で統一された。

境内の歩き方

境内は南から北へ細長い。南端の参道入口に立つのが鉄筋コンクリート造の鳥居で、高さ6.8メートル、柱間4.5メートル。ここをくぐって参道を進むと西側に手水屋があり、正面に拝殿、その背後、境内の北奥に南面して本殿が建つ。鳥居から本殿までは直線でおよそ100メートル、社地は2,000坪、およそ6,600平方メートルと案内されている。

登録された4件のほかにも見るものがある。大弐の墓は、もと隣接する金剛寺の墓地にあったものが境内へ移されたもので、昭和52年(1977年)6月25日に甲斐市の史跡に指定された。参道沿いには大弐の像も置かれている。神社が所蔵する大弐自筆の著書と墨書7点は、昭和44年(1969年)11月20日に山梨県指定有形文化財となっているが、常時公開されているものではない。

周囲は住宅と畑で、境内に入ると杉や欅の高木が音を落とす。建物を落ち着いて見るなら、参拝者の少ない平日の午前が向いている。本殿は拝殿の背後にあるため正面からは全体が見えず、東側か西側に回り込む必要がある。

秋分の日の大弐学問祭

例祭日は9月22日と23日である。このうち秋分の日にあたる日に、大弐の遺徳をしのぶ大弐学問祭が行われる。甲斐市によれば、当日は学問成就祈願をはじめ、神輿の渡御、大弐と従者に扮した一行が近隣の園から神社まで歩く仮装行列、信玄太鼓の演奏、竜王みゆき連によるみゆきソコダイ踊りなどが催され、神社周辺には出店が並ぶ。令和7年(2025年)は大弐の生誕300年にあたり、例年より多くの人出があったと市は伝えている。

祭の日は周辺道路に交通規制がかかり、駐車場も臨時のものが指定される。建物を静かに見たい人にはこの日は向かない。反対に、学問の神として祀られたこの社が地域でどう扱われているかを見るなら、この日以外にない。

拝観とアクセス

境内は参道から自由に参拝でき、拝観料や拝観時間の案内は出ていない。4件はいずれも外観を見る形での公開で、本殿と拝殿の内部は通常公開されていない。外観の撮影を禁じる掲示は見当たらないが、祭典や神事の最中は社務所に一声かけるのが確実である。御祈祷や授与品を希望する場合は、あらかじめ電話(055-276-2653)で確認しておくとよい。

鉄道ではJR中央本線の竜王駅が最寄りで、南口から徒歩20分ほど。甲斐市のコミュニティバスを使う場合は「名取」で下車して徒歩10分ほどである。車では中央自動車道の甲府昭和インターチェンジから約5分、国道20号の「山県神社北」交差点から北へ入る。駐車場は10台分で、神社前の空き地に駐車できる。

竜王駅から歩く場合、道は甲州街道を渡って北西へ進む平坦な住宅地で、迷いやすい角は少ない。駅前には郷土の偉人として大弐の像が立っており、神社へ向かう前に見ておくと、この社が何を記念して建てられたのかが分かりやすい。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 山縣神社本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011127
国指定文化財等データベース(文化庁)— 山縣神社拝殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011128
国指定文化財等データベース(文化庁)— 山縣神社鳥居
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011130
文化遺産オンライン — 山梨県・甲斐市の文化財
https://online.bunka.go.jp/heritages/region/19/19210
山梨県 — 山梨の文化財リスト(登録有形文化財:建造物)
https://www.pref.yamanashi.jp/bunka/bunkazaihogo/tourokuyukei.html
甲斐市 — 山県大弐の墓(市指定史跡)
https://www.city.kai.yamanashi.jp/page/4992.html
甲斐市 — 大弐学問祭(令和7年9月23日)
https://www.city.kai.yamanashi.jp/page/13707.html
山梨県神社庁 — 山縣神社(由緒沿革・例祭日)
https://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/intro/search/detail/5002
やまなし観光推進機構 — 山縣神社(交通・駐車場)
https://www.yamanashi-kankou.jp/rekitabi/jisha/spot/032.html

最終更新日: 2026.09.17

基本情報

名称山縣神社
所在地山梨県甲斐市篠原190-1
所有者宗教法人山縣神社
指定登録有形文化財 4件
座標35.65754, 138.52207