京都の教会堂が犬山に建っている

旧日本聖公会京都聖約翰教会堂(きゅうにっぽんせいこうかいきょうとせいよはねきょうかいどう、明治村では聖ヨハネ教会堂と呼ばれる)は、愛知県犬山市大字内山の博物館明治村にある明治40年(1907年)建設の教会堂で、昭和40年(1965年)5月29日に国の重要文化財に指定された。日本聖公会の京都五条教会堂として建てられ、昭和39年(1964年)に明治村へ移築されている。

もとの所在地は京都市下京区河原町通五条。あの交差点を知っている人ほど、移築という事実が像を結びにくいはずだ。河原町は京都でもっとも人通りの多い商業の軸である。この教会堂はそこに56年間建ち、昭和38年(1963年)に解体され、翌年、犬山の丘の樹林のなかで組み直された。重要文化財の指定は移築の翌年である。

解体が先で指定が後、というこの順序は時代を語っている。高度経済成長は、記録が追いつかない速さで明治の建物を壊していた。建築家の谷口吉郎と、同窓生で当時名古屋鉄道社長だった土川元夫が、救えるものを集める場として明治村を構想する。開村は昭和40年(1965年)。この教会堂は開村時からの中心的な建物で、開村予告のポスターにも使われた。

ガーディナーが選んだ条件

設計者はアメリカ人のジェームズ・マクドナルド・ガーディナー。ハーバード大学で建築を学び、明治13年(1880年)に来日して立教学校の校長を務めた。宣教と教育にあたるかたわら建築家として活動し、立教大学校校舎、明治学院ヘボン館、日光真光教会などを残している。

下は煉瓦、上は木造

建物は二階建てで、1階が煉瓦造、2階が木造。屋根は銅板葺きで、建築面積は206.7平方メートルである。2階が会堂、1階は日曜学校と幼稚園に使われていた。

この材料の切り分けが要点になる。ガーディナーは来日から27年を経ており、地震が組積造に何をするかを知っていた。煉瓦を低く抑え、その上を軽い木造とし、屋根も瓦ではなく金属板とする。明治40年の外国人建築家が、この規模の教会堂を全体煉瓦造で建てるのはむしろ当たり前の選択だった。彼はそちらを取らなかった。

ロマネスクの骨格にゴシックの細部

外観は中世ヨーロッパのロマネスク様式を基調とし、細部にゴシックの意匠を交えている。正面の左右に高い尖塔が立ち、その奥に十字形の大屋根がかかる会堂が続く。なお文化庁のデータベースはこの建物を端的にゴシック様式と記しており、明治村の解説はロマネスク基調にゴシックを混ぜたものとする。正面に立てばどちらの見方も納得できるが、より精確なのは後者だろう。

ゴシックが表れているのは尖頭アーチである。とくに正面入口をよく見てほしい。煉瓦積みの角柱が立ち上がり、柱頭飾りを挟んで、そこから煉瓦積みのアーチがきれいに起こされている。その奥の欄間には三葉形アーチの窓が二つ並び、板扉には中世風の大きな金具が打たれている。

会堂の内部

小屋組がそのまま天井になる

階段を上がると、2階の会堂は十字形の平面になっている。小屋裏をあらわしとし、天井板で覆っていない。アーチ形の方杖と鉄筋を組み合わせた独特の小屋組が架かり、その骨組みが細いために、実際の寸法よりも広く感じられる。

さらに上を見る。天井面には竹のすだれが張られている。京都の風土に合わせて選ばれたと言われるが、理由はどうあれ効果ははっきりしている。割った竹が昼の光を受けて反射し、室内に返す。荘重さよりも開放感が勝る。ヨーロッパの教会堂が使わない材料であり、日本の寺院もこの位置には使わない材料である。

トレーサリーの窓

正面の妻と交差廊の両妻には、大きな尖頭アーチの窓が設けられている。トレーサリーの模様が光を背に浮かび上がる。ただし現在のガラスすべてが当初のものではない。昭和9年(1934年)、まだ京都に建っていたころに室戸台風が襲い、トレーサリーのステンドグラスは破損した。平成10年から11年(1998年から1999年)の保存修理の際に復原されている。

訪問の実際

教会堂は明治村1丁目6番地、村内でも南寄りに位置し、周囲を樹林に囲まれて他の建物から少し離れて建つ。秋の紅葉の頃はこの一角まで歩く価値がある。内部は開村時間中に見学でき、入口で靴を脱いで2階の会堂へ上がる形になる。

入村料は大人2,500円、高校生1,500円、小中学生700円、未就学児は無料。開村時間は季節によって変わり、春と秋はおおむね午前9時30分から午後5時、冬季は午前10時から午後4時が目安となる。出発前に公式の開村スケジュールを確認しておきたい。

アクセスは名鉄犬山駅東口から岐阜バス明治村線で約20分、「明治村」下車すぐ。名古屋駅の名鉄バスセンターおよび栄からは直行バスがある。村内は広くて起伏があるため、20分間隔で巡回する村営バスを使うと移動が楽になる。

明治村には他にも明治期のキリスト教建築が集まっている。五島列島から移された大明寺聖パウロ教会堂、同じく京都から移された聖ザビエル天主堂、シアトルから移されたシアトル日系福音教会。同じ時代に同じ信仰がどれだけ違う器に納められたかを、歩いて比べられる場所はそう多くない。なお当教会堂は結婚式場としても貸し出されており、挙式に行き合うこともある。

Q&A

Q旧日本聖公会京都聖約翰教会堂はいまどこにありますか。なぜ移築されたのですか。
A愛知県犬山市大字内山の博物館明治村にあります。もとは京都市下京区河原町通五条に建っていましたが、昭和38年(1963年)に解体され、昭和39年(1964年)に明治村で組み直されました。高度経済成長期に失われつつあった明治期建築を保存するという、明治村創設の趣旨にもとづく移築です。
Q旧日本聖公会京都聖約翰教会堂の内部は見学できますか。
A見学できます。明治村の開村時間中に公開されており、入口で靴を脱いで2階の会堂へ上がります。結婚式場としても貸し出されているため、挙式に行き合う場合があります。
Q旧日本聖公会京都聖約翰教会堂を設計したのは誰ですか。
Aアメリカ人のジェームズ・マクドナルド・ガーディナーです。ハーバード大学で建築を学び、明治13年(1880年)に来日して立教学校の校長を務めました。明治学院ヘボン館や日光真光教会なども彼の作品です。
Q旧日本聖公会京都聖約翰教会堂の天井には何が使われていますか。
A竹のすだれです。京都の風土に合わせて用いられたと言われます。割った竹が昼の光を反射して十字形の会堂に返し、あらわしとした小屋組の細い方杖や鉄筋とあいまって、内部を実際より広く開放的に感じさせます。
Q旧日本聖公会京都聖約翰教会堂を見るための料金と行き方を教えてください。
A見学は博物館明治村への入村が前提で、入村料は大人2,500円、高校生1,500円、小中学生700円、未就学児無料です。名鉄犬山駅東口から岐阜バス明治村線で約20分、「明治村」下車すぐ。名古屋駅の名鉄バスセンターや栄からの直行バスもあります。

基本情報

名称旧日本聖公会京都聖約翰教会堂(通称 聖ヨハネ教会堂)
所在地愛知県犬山市大字内山1番地(博物館明治村 1丁目6番地)。旧所在地は京都市下京区河原町通五条
指定区分重要文化財(建造物)/指定番号 01599。種別は近代・宗教
指定年昭和40年(1965年)5月29日
員数1棟(附:建築関係資料)
寸法煉瓦および木造、二階建、銅板葺、建築面積206.7平方メートル
所有者公益財団法人明治村
公開状況博物館明治村の開村時間中に内部を公開。入村料は大人2,500円、高校生1,500円、小中学生700円、未就学児無料。開村時間は季節により変動し、春秋は午前9時30分から午後5時、冬季は午前10時から午後4時が目安

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/旧日本聖公会京都聖約翰教会堂
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1243
博物館明治村/聖ヨハネ教会堂
https://www.meijimura.com/sight/%E8%81%96%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E6%95%99%E4%BC%9A%E5%A0%82/
博物館明治村/チケット・料金
https://www.meijimura.com/guide/price/
博物館明治村/アクセス
https://www.meijimura.com/guide/access/

最終更新日: 2026.08.29