甘強味淋住宅主屋――蟹江のみりん蔵に残る大正期の和洋折衷住宅

愛知県の南西部、町域の四分の一を河川が占める水郷の町・蟹江町。その水路網が運んだ豊富なもち米と舟運によって、江戸時代以来「みりんの町」として栄えてきた地に、文久2年(1862年)創業の甘強酒造株式会社が今も本みりんを醸し続けています。その敷地内、川沿いの旧本社事務所と土蔵造りのみりん工場のあいだに、大正12年(1923年)建築の二階建て和風住宅が静かに佇んでいます。これが国の登録有形文化財「甘強味淋住宅主屋」です。

主屋は、同じ敷地内に登録された旧本社事務所(昭和12年)、みりん工場(明治10年頃)、住宅土蔵とともに、家内工業から近代的な醸造業へと歩んだ甘強酒造の歩みを今に伝える貴重な建造物群を形成しています。本記事では、この甘強味淋住宅主屋の魅力と歴史、そして訪ねる際のポイントをご紹介します。

事務所と工場のあいだに建つ二階建て和風住宅

住宅主屋は大正12年(1923年)に竣工し、昭和12年(1937年)に増改造が施されました。木造二階建て、瓦葺きで、建築面積は272平方メートル。蟹江川の堤防際に建つ鉄筋コンクリート造の旧本社事務所と、東側に長く延びる土蔵造のみりん工場のあいだに位置しています。

屋根は東西棟の入母屋造、桟瓦葺。西面の妻側に玄関を設けた妻入の構えで、東面には茶室が接続しています。北側部分は後の増築によるもので、敷地条件と暮らしの変化に応じて段階的に整えられてきたことが分かります。内部は良質な木材を惜しみなく用い、洗練された書院造風を基調としつつ、二階に洋室を設け、各所に開放的な開口部を備えるなど、和の伝統と大正期に芽生えた新しい住様式とが共存する造りとなっています。

登録有形文化財に登録された理由――その文化的価値

甘強味淋住宅主屋は、平成17年(2005年)11月10日に、同じ敷地内の旧本社事務所、みりん工場、住宅土蔵とあわせて、国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。これは、文化庁が「みりんなどの生産が家内工業的段階から近代化していった変遷を示す産業文化遺産として貴重」と評価したものです。

住宅主屋単体としては、文化庁の解説によれば、「良材を用い、洗練された書院造風を基調としつつ、二階の洋室や開放的な開口部を設け、当時の住宅の有様を示している」点が特に評価されています。大正期は、和風住宅に洋風応接間を取り入れた「文化住宅」が登場し、上流階層の暮らし方が大きく変容した時代でもあります。本主屋はその過渡期の地方有力家の住宅像をよく伝える事例といえるでしょう。

また、当主の結婚を機に蟹江川を使って材木を運び、数年がかりで建設されたという経緯も伝えられています。みりん樽を大阪方面へ運び出すために用いられたのと同じ川が、住まいの建設にもその水運の力を発揮したことになります。建物そのものが、この町とこの企業の歴史を物語る存在なのです。

見どころ――和と洋が出会う住宅建築

外観をひと目で楽しめる見どころは、その立地そのものにあります。西側にスクラッチタイル張りで装飾されたモダンな鉄筋コンクリートの旧本社事務所、中央に瓦屋根の和風住宅主屋、東側には土蔵造のみりん工場が連なり、明治・大正・昭和という三つの時代の建築を一望できる場所はそう多くはありません。

建築的な見どころとして、まず注目したいのが二階建てという構成です。江戸期の商家住宅は平屋を基本としつつ二階を物置とすることが多く、住居としての本格的な二階建ては、明治後半以降の新しい住宅様式の影響を受けています。家屋の規模感そのものに、当時の上層家族の暮らしぶりがうかがえます。

内部については、書院造風の座敷飾り、欄間、建具など伝統的な和の意匠が随所に施され、東面の茶室とともに、当主家族の文化的素養と社交の場を演出する空間構成となっています。一方、二階に設けられた洋室は、椅子と机を用いた応接や来客対応など、当時新しく取り入れられた生活様式を反映しています。和と洋、伝統と新しさが、対立することなく一棟のなかに収まっている点に、大正期の住宅建築の魅力が凝縮されています。

周辺情報――水郷の町・蟹江を歩く

甘強酒造の敷地は現役の酒造工場であり、住宅主屋は私的利用のため通常は内部の見学はできません。外観は、周辺の道路や蟹江川の堤防沿いから眺めることができます。蟹江町観光協会や酒蔵が主催する見学イベントや講座(過去には大ナゴヤ大学による工場見学講座なども開催されています)に参加すると、より深く敷地内の歴史的建築群に触れる機会が得られる場合があります。事前の情報確認をおすすめします。

蟹江町は町域の約四分の一を河川が占める「水郷のまち」として知られ、周辺を歩くだけでも、橋と水路が織りなす独特の景観を楽しむことができます。徒歩圏内には、もう一つの登録有形文化財である山口家住宅(茅葺き屋根の主屋・茶室・表門)もあり、近世から近代にかけての地域住宅の姿を比較しながら見て回るのも一興です。

アクセスは便利で、近鉄名古屋線の近鉄蟹江駅から徒歩約10分、JR関西本線の蟹江駅から徒歩約20分。名古屋からは電車で15〜20分ほどとアクセスしやすい立地です。みりんと水運の歴史に触れる小さな町歩きの起点として、おすすめのスポットです。

Q&A

Q甘強味淋住宅主屋の内部は見学できますか?
A住宅主屋は甘強酒造の私的な建物であり、通常は内部の一般公開はおこなわれていません。外観は周辺道路や蟹江川堤防沿いから眺めることができます。酒蔵見学イベントや町主催の講座などで、限定的に敷地内の歴史的建築を見学できる機会が設けられることがありますので、甘強酒造や蟹江町観光協会の最新情報をご確認ください。
Qなぜ登録有形文化財に登録されたのですか?
A平成17年(2005年)11月10日に、敷地内の旧本社事務所・工場・住宅土蔵とあわせて、みりん生産が家内工業から近代化へ歩んだ変遷を示す産業文化遺産として登録されました。住宅主屋単体としては、良質な木材を用い、書院造風を基調としつつ、二階の洋室や開放的な開口部を備える点が、大正期の住宅の有様を示す事例として評価されています。
Q建物はいつ頃建てられたのですか?
A主屋は大正12年(1923年)に竣工し、昭和12年(1937年)に増改造が加えられました。当主の結婚を機に、蟹江川から材木を運んで数年がかりで建設されたと伝えられています。
Q蟹江町はなぜみりんの産地になったのですか?
A蟹江町を含む濃尾平野はみりんの原料となる良質なもち米の産地であり、町を縦横に走る河川による舟運に恵まれていたためです。原料を運び込み、製品を大阪方面などに送り出す物流の便から、江戸時代以前より醸造業が盛んな町となりました。
Qアクセス方法を教えてください。
A近鉄名古屋線の近鉄蟹江駅から徒歩約10分、JR関西本線の蟹江駅から徒歩約20分です。名古屋から電車で15〜20分ほどでアクセスできます。所在地は愛知県海部郡蟹江町城4-1です。

基本情報

名称 甘強味淋住宅主屋(かんきょうみりんじゅうたくしゅおく)
指定区分 登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成17年(2005年)11月10日
建築年代 大正12年(1923年)/昭和12年(1937年)増改造
構造 木造二階建、瓦葺、建築面積272㎡、1棟
建築様式 東西棟の入母屋造、桟瓦葺、妻入、書院造風基調、東面に茶室接続、二階に洋室
所有者 甘強酒造株式会社
所在地 〒497-0040 愛知県海部郡蟹江町城4丁目1番地
アクセス 近鉄名古屋線「近鉄蟹江駅」から徒歩約10分/JR関西本線「蟹江駅」から徒歩約20分
公開状況 外観のみ周辺道路から見学可能。内部は通常非公開(イベント等で限定公開の場合あり)

参考文献

文化遺産オンライン――甘強味淋住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/184893
文化遺産オンライン――甘強味淋旧本社事務所
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/142251
文化遺産オンライン――甘強味淋工場
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/170292
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004983
甘強酒造株式会社――公式サイト「私たちの歴史」
https://www.kankyo-shuzo.co.jp/about/history/
蟹江町観光協会「かになび」――甘強酒造株式会社
https://www.kaninavi.jp/html/food/kankyou/index.html
Wikipedia――甘強酒造
https://ja.wikipedia.org/wiki/甘強酒造

最終更新日: 2026.05.06