鳳来寺山 ― 火山が彫り上げた奥三河の霊山

参道を登り始めると、足元の石段に黒く光る一種の石が混ざる。松脂岩(しょうしがん)と呼ばれる流紋岩質のガラス火山岩で、2016年に日本地質学会が愛知県の岩石として選定した、地元産の鉱物標本である。この石を生んだのが、今から約1500万年前まで活動していた火山の名残・鳳来寺山。標高は最高峰の瑠璃山で695メートル。山そのものが1931年(昭和6年)7月31日に国の名勝および天然記念物に指定された、地質と植生と歴史が分かちがたく結びついた山である。

名勝と天然記念物が同じ場所に重ねて指定される例は少ない。指定理由として挙げられた基準が六項目にわたることも、ほかにそうあるものではない。

1425段の参道と「鳳来」の名

山名の由来は、中腹に立つ真言宗の古刹・鳳来寺にある。寺伝では大宝3年(703)、利修仙人によって開かれたと伝わる。文武天皇の病気平癒祈願を再三命じられた利修が、断り切れず鳳凰に乗って都に上り、17日にわたる加持祈祷で天皇を快癒させたという故事から、寺号も山号も「鳳来」と定まったとされる。それまでは桐生山・煙巌山などと呼ばれていた。

麓の駐車場から本堂までは石段1425段。仁王門をくぐり、医王院跡を経て杉木立の中を登っていく。途中で見上げるのが推定樹齢約800年、樹高60.8メートルの「傘杉」である。幹の上方で枝が四方に広がるその姿から名がついた巨木で、新日本名木百選にも選ばれている。

石段は、よく見れば山そのものから切り出した石が混じる。明るい色の流紋岩、黒く光る松脂岩、灰白色の凝灰岩などが入れ替わり立ち替わり現れ、足元から地質図を読むような楽しみがある。

頼朝、信玄、そして家光 ― 山と武将たち

利修開山の後、寺は中世を通じて修験道の霊場として崇敬を集めた。鎌倉時代には源頼朝が伽藍を再興したと伝わり、戦国期には武田信玄が三河侵攻の途上で病を得て進撃を止めたとも、井伊直政が幼少期に身を寄せたとも伝えられる。徳川家康の幼名「竹千代」の由来となる出生譚もこの山と結びついている。家康の父・松平広忠と母・於大が、嫡子を授かるよう鳳来寺峯薬師に参籠祈願した結果、天文11年(1542)に家康が生まれた、というのが鳳来山東照宮の由緒書に記された伝承である。

慶安元年(1648)、日光東照社に参詣した三代将軍徳川家光は『東照社縁起』を改めて読み、この祖父の出生にまつわる縁に深く感じ入った。家光はただちに鳳来寺への東照宮造営を発願し、老中阿部忠秋に造営を命じる。家光自身は慶安4年(1651)6月に没するが、跡を継いだ四代将軍家綱のもとで同年9月17日、社殿が落成し、江戸城内の紅葉山東照宮から御神体と御宮殿が遷祀された。日光・久能山と並ぶ「日本三東照宮」のひとつとされるのはこの由緒による。社殿は本殿・拝殿・幣殿・中門・透塀・水屋などが昭和28年(1953)に国の重要文化財に指定された。

同じ慶安4年に再建されたのが現在の仁王門で、こちらも昭和28年に重要文化財指定。三間一戸、入母屋造の重層楼門で、蟇股には「竹に虎」「牡丹に唐獅子」「波に犀」「雲に麒麟」が彫り込まれている。正面の「鳳来寺」の額は、聖武天皇の病気平癒に応えた光明皇后の宸筆に由来すると伝わるが、現在掛かっているものは復元である。

名勝・天然記念物としての価値

1931年の指定理由は六項目に及ぶ。「花樹、花草、紅葉、緑樹などの叢生する場所」「鳥獣、魚虫などの棲息する場所」「岩石、洞穴」「展望地点」「着生草木の著しく発生する岩石又は樹木」「岩石の組織」。一つの山に対してこれだけの基準が重ねて適用された例は珍しい。

山体は第三紀の砂岩・泥板岩・泥灰岩の累層の上に噴出した石英粗面岩(流紋岩)の塊である。もとは讃岐の屋島のような熔岩台地を成していたが、後の侵食で稜線が削り出され、現在の険しい岩峰群となった。鳳来寺山の流紋岩は流理(マグマが流れた縞模様)が際立ち、その一部がガラス質の松脂岩に変化し、さらに真珠石(パーライト)構造を発達させている例は全国でも類例が少ない。日本の地質百選にも選定され、鏡岩の岩肌にいたっては全国で見られる松脂岩の代表的露頭となっている。

もうひとつ、この山を語る上で欠かせないのが鳥である。愛知県の県鳥、新城市の市鳥でもあるコノハズク(小型のフクロウ類)の鳴き声は、三音節の「ブッ・ポウ・ソウ」と聞きなされ、仏教の三宝・仏法僧に通じるとして古来尊ばれてきた。ところがコノハズクは夜行性で姿を見せず、長らくその声の主は別種の青いブッポウソウ(ブッポウソウ目の鳥)だと信じられていた。誤解が解けたのは昭和10年(1935)6月、NHK名古屋中央放送局が鳳来寺山から「仏法僧」の鳴き声を生中継したのがきっかけである。これを聞いた山梨県の人物が現地で声の主を捉えたところ、フクロウ類のコノハズクであることが判明した。日本鳥学会はこれを受けて聞き分けを認め、以後「声の仏法僧」「姿のブッポウソウ」と呼び分けるようになる。スカイラインの開通など環境の変化により、いまや山中で声を聞ける機会はごく稀になったが、鳳来寺山と仏法僧の物語は、この山の文化遺産の一部となって残っている。

奥の院と岩峰群

本堂を過ぎ、東照宮を経て奥の院に至る道筋では、岩上の展望が一気に開ける。北の天狗岩、東の五郎岩、修験者が踏破した「行者越」など、数十メートル級の絶壁が連なる中で最も顕著なのが鏡岩で、これも松脂岩でできている。眼下には三遠の平野が広がり、晴れた日には渥美半島の海面まで見渡せる。

植生は標高で変化する。山腹は常緑広葉樹と落葉広葉樹が混じる暖地系の混交林だが、稜線近くでは針葉樹が増え、寒地の植生に近づく。谷筋には花草・羊歯類が豊富で、垂直の岩壁にはイワタケなどの岩生植物の群落が見られる。指定理由に「着生草木の著しく発生する岩石又は樹木」が挙げられているのは、こうした岩壁の植生を踏まえてのことである。

周辺の見どころ

登山口には鳳来寺山自然科学博物館があり、地質・動植物・古生物などの展示が充実している。松脂岩と流紋岩、凝灰岩の見分け方を予習してから登れば、参道での石遊びが何倍も楽しくなる。隣接する湯谷温泉は、鳳来寺開山の利修仙人による源泉発見の伝承を持つ古湯。宇連川(板敷川)に沿って旅館が並び、温泉街そのものが山と渓谷の風景に溶け込んでいる。

北側の鳳来峡や、日本の滝百選・国指定名勝天然記念物の阿寺の七滝も足を延ばせる距離にある。1425段を歩き通すなら、JR飯田線「本長篠」駅から豊鉄バス「鳳来寺」バス停を起点に、片道1時間〜1時間半を見ておきたい。体力に応じて、鳳来寺山パークウェイで山頂駐車場まで車で上がり、東照宮・本堂・奥の院を徒歩で巡る回り方もできる。

Q&A

Q入山に料金はかかりますか。
A参道や登山道自体は通年無料で開放されています。鳳来山東照宮の参拝には別途拝観料、山頂駐車場まで車で上がる場合は鳳来寺山パークウェイの通行料がかかります。
Q紅葉のベストシーズンはいつですか。
A例年11月下旬から12月上旬にかけて見ごろを迎えます。標高や年により多少前後しますので、新城市の観光情報などで最新の見ごろ予想を確認してから訪れるとよいでしょう。
Qコノハズクの鳴き声は今も聞けますか。
Aかつては山中で頻繁に聞かれましたが、車道の整備など環境の変化により激減し、現在では聞ける機会はごく稀になっています。鳴き声の音源は鳳来寺山自然科学博物館などで聞くことができます。
Q1425段の石段を登るのが難しい場合は。
A鳳来寺山パークウェイで山頂駐車場まで車で上がれば、東照宮・本堂・奥の院は徒歩圏内です。麓から仁王門までの数百段だけ歩いて引き返すという楽しみ方もできます。
Q松脂岩はどこで見られますか。
A参道の石段に組み込まれているほか、川沿いの転石、上部の岩壁、とくに鏡岩で実物を確認できます。鳳来寺山自然科学博物館で展示標本を見比べてから登ると、見分けがつきやすくなります。

基本情報

名称鳳来寺山(ほうらいじざん)
所在地愛知県新城市
標高695メートル(最高峰・瑠璃山)
指定区分名勝および天然記念物(重複指定)
指定年月日1931年(昭和6)7月31日
指定基準花樹・花草・紅葉等の叢生/鳥獣等の棲息/岩石・洞穴/展望地点/着生草木/岩石の組織
地質流紋岩(石英粗面岩)、松脂岩、真珠石構造/火山活動は約1500万年前
山中の重要文化財鳳来寺仁王門(慶安4年・1651年再建)、鳳来山東照宮(慶安4年・1651年創祀)
関連選定日本の地質百選/愛知県の岩石「松脂岩」(日本地質学会、2016年)
アクセスJR飯田線「本長篠」駅から豊鉄バス「鳳来寺」バス停下車/新東名高速道路「新城IC」より車で約20分

参考文献

国指定文化財等データベース 鳳来寺山(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1419
文化遺産オンライン 鳳来寺山
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/172235
新城市公式サイト 鳳来寺山
https://www.city.shinshiro.lg.jp/kanko/meisyo/horaijisan.html
愛知県観光協会 Aichi Now 鳳来寺山・鳳来寺
https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/50/
愛知県教育委員会 鳳来寺仁王門
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunisitei/0040.html
鳳来山東照宮公式サイト
https://www.horaisantoshogu.com/
日本地質学会 「県の石」
https://geosociety.jp/name/content0144.html

最終更新日: 2026.05.18