馬背岩 ― 宇連川の河床に走る岩脈
愛知県新城市、湯谷温泉の集落のすぐ下で、宇連川の流れが緩やかに曲がるあたりに、黒っぽい岩の長い列が河床から立ち上がっている。下流へ向かって背筋のように続くその形が馬の背中やたてがみを思わせるところから、地元では古くからこれを馬背岩(うまのせいわ)と呼んできた。全長はおよそ122メートル、幅は2.9メートルから6.3メートル、平水面からの高さは最も高いところで約7メートルに達する。昭和9年(1934年)5月1日に国の天然記念物に指定された、愛知県でも早い時期の地質系の指定物件である。
この岩の列は岩脈と呼ばれる地質構造である。岩脈は、地下のマグマが古い岩盤の割れ目に貫入し、そのまま冷え固まってできた板状の岩体を指す。馬背岩が注目される理由のひとつは、その露出のよさにある。周囲の岩が川によって削り取られた結果、岩脈の全長が崖の内部に隠れることなく河床にそのまま現れているのである。
河食が描き出した岩脈の標本
奥三河一帯では、今からおよそ1500万年前の新第三紀中新世に大規模な火山活動が起こり、この谷沿いの基盤岩は、その時期に堆積した設楽火山岩類の凝灰角礫岩を主体としている。火山活動の末期、地盤に南北方向の力が加わって無数の割れ目が生じ、湯谷付近では幅およそ4キロメートルの範囲にその裂け目が並んだ。割れ目にマグマが入り込んで固まり、地域には南北方向の岩脈群が形成された。
馬背岩もそのひとつである。割れ目を満たした岩石は周囲の凝灰角礫岩よりも硬く、風化や浸食に強い。そのため宇連川が長い年月をかけて軟らかい母岩を削り下げていくなかで、岩脈の部分だけが削り残されて高く残った。指定にあたっては、この岩脈がその種のもののなかで最も標式的な例であると位置づけられている。地質を学ぶうえで、岩脈とは何かを説明する手本になるような露頭である。
ここで、ひとつの経緯を補っておきたい。昭和9年の指定文の記載、そして国の文化財データベースに今も残る本文では、この岩石は流紋岩とされている。昭和46年(1971年)刊行の天然記念物に関する事典でも流紋岩と記された。しかしその後の地質調査によって、この岩脈は安山岩であることが明らかになり、新城市や近年の地質ガイドは安山岩として説明している。いずれの記載もこの場所の記録の一部であり、参照する資料によって呼び名が異なる場合がある。
名称についても一言添えたい。指定文では流れを三輪川(みわがわ)と記すが、これは今日の宇連川の古い呼び名である。馬背岩より少し上流では、河床の岩盤が板を並べたように平らに広がっており、地元ではこの区間を板敷川(いたじきがわ)とも呼んでいる。
川辺で目を向けたいところ
岸に立ってまず気づくのは、岩の向きである。岩脈は北東から南西へと走り、川筋を斜めに横切る一本の筋を引いている。その線が見えてくると、地質の読み解きが始まる。黒っぽい帯が古い割れ目を満たした岩で、その両側のやや明るい岩が、岩脈の貫いた凝灰角礫岩である。両者の境目こそ、地質学者が観察に訪れる接触面にあたる。
水位によって見え方は変わる。乾いた時期には岩がよく露出し、その全長を端から端までたどることができる。雨が続いて川が増水すると、岩脈は流れを割る暗い線へと姿を縮める。最もよく見えるのは橋の上や河岸の道からで、122メートルの全長を一望のもとに収めることができる。
周囲の環境も、この場所の魅力を支えている。狭く木々に囲まれた渓谷に澄んだ水が流れ、斜面の上には湯治の町がある。湯谷の小さな赤い橋や旅館も歩いてすぐの距離にある。数分歩けば、地質の証拠を眺める場所から、湯につかり食事をとる場所へと移ることができる。馬背岩が長く気軽な立ち寄り先であり続けてきた理由のひとつが、ここにある。
馬背岩の周辺
馬背岩は、宇連川の渓谷沿いに広がる小さな温泉地、湯谷温泉のなかにある。多くの旅館が同じ谷の景色に面しており、入浴の前後に少し歩けば、川と橋と周囲の森を見て回ることができる。岩脈は湯谷大橋の下手にあたり、町なかから水辺へ向かって短い坂を下ると近づける。
岩脈群は、この一か所の露頭だけにとどまらない。上流の宇連ダム周辺には数キロメートルに及ぶ岩脈がいくつも存在し、馬背岩はそれらと比べれば小ぶりな部類に入る。馬背岩の見どころは規模よりも、その姿のわかりやすさと、近づきやすさにある。同じ川をさらにさかのぼると、名号池と呼ばれる場所に大きなポットホールがある。渦を巻く流れが岩盤を磨いてできた滑らかな窪みで、この水がどれほど着実に谷を形づくってきたかを示している。
鉄道では、最寄り駅はJR飯田線の湯谷温泉駅である。ホームから南へ少し歩くと川へ下る道があり、宇連川に架かる吊り橋を渡ると、その南側に馬背岩がある。自動車の場合は、豊川インターチェンジから国道151号を新城方面へ進み、地元の道をたどって湯谷大橋へ向かう。門も開館時間もなく、岩は開けた河床にあるため、いつでも見ることができる。濡れた岩や流れには十分注意したい。
Q&A
- なぜ「馬背岩」と呼ばれるのですか。
- 硬い岩脈が河床から長い背筋のように高く立ち上がっており、その姿が馬の背中やたてがみに見えたことから、地元で馬背岩(うまのせいわ)と呼ばれるようになりました。
- 岩の種類は流紋岩ですか、安山岩ですか。
- 昭和9年の指定では流紋岩と記されましたが、その後の地質調査で安山岩であることがわかり、新城市も安山岩として説明しています。参照する資料によって呼び名が異なる場合があります。
- 見学に適した時期はありますか。
- 川の水位が低いときに岩がよく露出するため、乾いた時期ほどはっきりと見えます。大雨のあとは川が増水し、岩脈の上部が水に隠れてしまいます。
- 車がなくても行けますか。
- JR飯田線の湯谷温泉駅で下車し、南へ数分歩くと宇連川へ下る道があります。渓谷に架かる吊り橋を渡ると、その南側に馬背岩があります。
- 入場料や見学時間はありますか。
- ありません。馬背岩は湯谷温泉の開けた河床にあり、いつでも無料で見ることができます。濡れた岩や流れには十分にご注意ください。
基本情報
| 名称 | 馬背岩(うまのせいわ) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県新城市豊岡字中杉上(宇連川河床) |
| 指定区分 | 国指定天然記念物(地質・鉱物) |
| 指定年月日 | 昭和9年(1934年)5月1日 |
| 管理団体 | 新城市 |
| 規模 | 長さ約122メートル、幅2.9〜6.3メートル、平水面上の高さ最大約7メートル |
| 岩石 | 岩脈。指定時は流紋岩と記載、のちに安山岩と判明 |
| 最寄り駅 | JR飯田線 湯谷温泉駅 |
| アクセス・料金 | 開けた河床にあり、随時見学可能、入場無料 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 馬背岩
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1427
- 文化遺産オンライン(国立文化財機構) 馬背岩
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/205543
- 新城市公式ホームページ 馬背岩
- https://www.city.shinshiro.lg.jp/kanko/meisyo/umanoseiwa.html
- キラッと奥三河観光ナビ 馬背岩
- https://www.okuminavi.jp/search/detail.php?id=608
最終更新日: 2026.06.14