奥三河の霊峰に鎮座する徳川家康の社
愛知県東部、鳳来寺山の山腹に小ぶりながら手の込んだ社殿が建っている。正式名称を東照宮といい、鎮座する山にちなんで鳳来山東照宮と呼ばれることが多い。祀られているのは、十七世紀初頭に天下を統一し、二百五十年余り続く幕府を開いた徳川家康である。元和二年(1616年)の没後、家康は東照大権現として神に祀られ、その名を冠する社が全国に建立された。鳳来寺山の社殿が完成したのは慶安4年(1651年)のことである。
これほど山深い地が選ばれたのには理由がある。社伝によれば、家康の父である三河の領主松平広忠と、その妻於大の方が、世継ぎを願って鳳来寺の薬師如来に参籠したところ、まもなく天文11年(1542年)に家康が生まれたという。家康とこの山との縁は、その生涯を描いた縁起絵巻に記され、後年その絵巻が改めて読まれたことが、将軍の関心をふたたびこの山へ向けるきっかけとなった。
創建の経緯と、その価値
三代将軍徳川家光は家康の孫にあたり、祖父への敬慕の念が厚かった。慶安元年(1648年)、日光東照社に参詣した折に家康の出生を描いた縁起絵巻を改めて目にし、祖父と鳳来寺の縁を記した一節に心を動かされる。家光は鳳来寺山に家康を祀る社の創建を発願し、老中阿部忠秋ら幕府の重臣に造営を命じた。家光は完成を待たずに慶安4年(1651年)に没し、跡を継いだ四代将軍家綱が事業を引き継いだ。社殿の落成と創祀は、同じ年の九月に行われている。
現在に残る社殿は、昭和28年(1953年)11月14日に重要文化財に指定された。指定の対象は慶安4年に建てられた六棟、すなわち本殿、相接する拝殿と幣殿、中門、内陣を囲む左右一対の透塀、そして手水のための水屋である。いずれも屋根は檜皮葺で、格式の高い宗教建築に用いられる仕上げが施されている。前面に拝殿が立ち、その背後に幣殿が接続し、神を奉安する本殿が最奥に据えられる配置は、各地の家康を祀る社に共通する形式である。
この社の格は、地方の一社にとどまるものではなかった。社伝によれば、御神体とその御宮殿は、江戸城内の紅葉山東照宮から遷されたと伝わる。近年の調査では、この御宮殿が安置する本殿の大きさに比してやや大きく、神具のなかに慶安期以前の制作と見られるものが含まれることが分かり、他所から移されたとする所伝に裏づけが加わった。当社は社伝において、日光・久能山と並ぶ三大東照宮の一社に数えられる。同様に称する社は他にもあるが、幕府がこの地を重んじたことをうかがわせる。
参拝で目を留めたいもの
社殿にたどり着くまでの道のりも、参拝の一部である。山麓からは約1425段の石段が、杉の大木が立ち並ぶ森を抜けて延び、途中には往時の堂宇の跡が点在する。なかほどには木造の門が立ち、麓から登れば一時間近くを要する。時間や体力に余裕のない場合は、鳳来寺山パークウェイで山頂近くの駐車場まで車で上がり、ゆるやかな道から社殿に近づくこともできる。ただし、その場合も上の駐車場から数百メートルの徒歩は残る。
石段の傍らに育つ杉の巨木が傘杉である。推定樹齢はおよそ八百年、高さは六十メートルほどに達し、上方で枝を四方に広げる姿が開いた傘に見える。傘杉は国の天然記念物に指定されており、火山活動によって生まれた岩山である鳳来寺山そのものも、断崖と奇岩からなる地形が天然記念物となっている。この山は古くから、仏法の名を称えると信じられた夜鳥の声と結びつけて語られてきた。
社殿の前では、奉納された狛犬に目を留めたい。時代の異なる三対が残り、古いものは風雨と歳月を経て表面がすり減っている。檜皮葺の屋根はやわらかな苔をまとい、軒や妻には彫刻と彩色の細工がほどこされている。十一月中旬には周囲のモミジが深く色づき、紅葉まつりが山に人を集める。御朱印や御守は、境内に近い社務所で受けられる。
鳳来寺山のまわりで
社殿は、山の名の由来となった鳳来寺と山頂を分け合っている。鳳来寺は、大宝三年(703年)に利修仙人が開いたと伝わる古刹で、その本堂は徒歩数分の距離にあり、東照宮とあわせて参拝しやすい。尾根づたいの展望地のうち、地形がハート型に見える鷹打場は写真撮影の場として親しまれており、奥三河の森に覆われた谷を見渡せる。
公共交通機関を利用する場合は、JR飯田線で本長篠駅まで行き、田口方面行きの豊鉄バスに乗り換えて鳳来寺の付近で下車する。そこから石段が始まる。車であれば鳳来寺山パークウェイが山頂近くの駐車場へ通じている。近くの湯谷温泉は、一泊の拠点として過ごしやすい。毎年一月には鳳来寺の境内で鳳来寺田楽が奉納される。これは三河三大田楽の一つに数えられる豊作祈願の舞である。
Q&A
- 社殿まで1425段の石段を登らなければなりませんか。
- いいえ。石段は伝統的な参道で歩く価値のある道ですが、鳳来寺山パークウェイで山頂近くの駐車場まで車で上がれば、はるかに短い道で社殿に近づけます。駐車には料金がかかり、上の駐車場からも数百メートルの徒歩が残ります。
- なぜこの山に家康を祀る社が建てられたのですか。
- 社伝では、家康の両親が鳳来寺に世継ぎを祈願し、まもなく天文11年(1542年)に家康が生まれたと伝わります。その縁を知った孫の三代将軍家光が、家康をしのんで社を創建しました。
- 重要文化財に指定されているのはどの建物ですか。
- 慶安4年(1651年)に建てられた六棟です。本殿、相接する拝殿と幣殿、中門、左右の透塀、水屋からなり、いずれも檜皮葺で、昭和28年(1953年)に一括して指定されました。
- 鳳来寺とあわせて参拝できますか。
- できます。鳳来寺と東照宮は同じ山頂にあり、徒歩数分の距離です。多くの参拝者が一度の訪問で両方を巡ります。
- 訪れるのに適した時期はいつですか。
- 紅葉とまつりのある十一月中旬は人気があります。春から初夏には新緑と山の鳥の声が楽しめます。冬の朝は冷え込み、上の石段が滑りやすくなるため、通年で歩きやすい靴をおすすめします。
基本情報
| 名称 | 東照宮(鳳来山東照宮) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県新城市門谷字鳳来寺4 |
| 祭神 | 徳川家康(東照大権現) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) 昭和28年(1953年)11月14日指定 |
| 指定建造物 | 本殿、拝殿・幣殿、中門、左右透塀(左・右)、水屋(六棟、いずれも慶安4年/1651年) |
| 造営 | 三代将軍家光の発願により着工、四代将軍家綱の時代に完成(1651年)。屋根は檜皮葺 |
| 所有者 | 東照宮 |
| アクセス | 新城ICから鳳来寺山パークウェイ駐車場まで車で約20分。またはJR飯田線本長篠駅からバスで鳳来寺付近へ、徒歩で石段を登る |
| 拝観 | 境内は参拝可能。パークウェイの駐車には料金がかかる。開門時間や御朱印の授与時間は事前に社務所で確認のこと |
References
- 鳳来山東照宮 公式サイト
- https://www.horaisantoshogu.com/
- 国指定文化財等データベース(文化庁)東照宮
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1290
- 新城市公式サイト「其の十六 東照宮」
- https://www.city.shinshiro.lg.jp/kanko/taiga/shinshiro/toushouguu.html
- キラッと奥三河観光ナビ 鳳来山東照宮
- https://www.okuminavi.jp/search/detail.php?id=808
最終更新日: 2026.06.14
同エリアの文化財
いずれも同じエリアの徒歩圏内にあるので、あわせての見学がおすすめです。
- 東照宮 拝殿、幣殿 0.03 km
- 東照宮 中門 0.05 km
- 東照宮 左右透塀(右) 0.06 km
- 東照宮 左右透塀(左) 0.07 km
- 東照宮 本殿 0.07 km