如意寺鐘楼 ― 豊田の山あいに残る江戸中期の小鐘楼

如意寺鐘楼は、愛知県豊田市力石町にある真宗大谷派の寺院・如意寺の境内に建つ鐘楼である。山号を楽命山といい、本尊は阿弥陀如来。豊田市街地から東へ車で二十数分、山あいの集落にひっそりと境内を構える。鐘楼の建立は宝暦5年(1755年)頃と推定され、江戸時代中期にさかのぼる。

規模は大きくない。面積はおよそ8.8平方メートル、員数は1棟である。けれども、この小さな建物のなかには相応の手数の込んだ木組みが収められており、それが国の文化財としての評価につながっている。

鐘楼は梵鐘を吊るための建物で、時を告げ、人を集める鐘の音が境内に響くよう、四方を開け放った構えとするのが通例である。如意寺の鐘楼は本堂からほど近い境内の南寄りに位置し、石積みの基壇の上に建つ。南から入る参拝者がまず目にとめるのが、反りをもった軒のかたちであろう。

「指定」ではなく「登録」 ― 保護のしくみ

如意寺鐘楼は、平成25年(2013年)3月29日に国の登録有形文化財となった。登録番号は23-0363である。ここで注意したいのが「登録」という語である。日本の文化財保護には性格の異なる二つのしくみがあり、両者は混同されやすい。

より古く、より厳格なのが「指定」の制度で、国宝・重要文化財がこれにあたる。価値の高いものを国の手厚い管理のもとに置く枠組みである。これに対して「登録」の制度は、平成8年(1996年)に新たに設けられた。明治以降の近代建築や、指定の対象とされないまま失われていく数多くの古い建物を、より緩やかな手続きで守ることを目的としている。現状変更にあたっては許可ではなく届出を基本とし、日常的に使われ続ける建物にも無理のないしくみである。

如意寺鐘楼が登録された基準は、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」というものであった。鐘楼は単独で登録されたのではなく、本堂・書院・山門・太鼓楼とともに、合わせて五棟が同時に登録されている。これら五棟をまとめて見ると、江戸後期の真宗寺院の境内の姿がよく保たれていることがわかる。

見どころ ― 在郷の鐘楼に込められた木組み

鐘楼の正面に立ち、足もとから視線を上げてみたい。基礎となる沓石の上に、わずかに内へ傾けた角柱が立つ。この内転びの柱は構えに安定感を与え、すっきりとした見え方をつくる。柱は腰貫・飛貫・頭貫の三段の貫でしっかりと固められ、上部には台輪が水平に廻されて、全体がひとつの堅固な箱のように組み上げられている。

柱の上には軒を受ける組物が載る。ここに用いられているのは出三斗と呼ばれる形式で、三つの斗を前方へ突き出したまとまりのよい組物である。組物と組物のあいだ、各間の中備には蟇股が置かれる。脚を開いたかえるの姿に見立てたこの部材は、日本の社寺建築でもよく知られた意匠のひとつである。三角の妻の部分には、緩やかに反った虹梁が大瓶束を支える。この狭い空間を納めるための、おだやかで品のよい解き方である。

軒は深い。垂木を密に並べた二軒の構えで、隅へ向かって扇状に広がる。建物の小ささに比して、軒まわりは重みのある落ち着いた表情を見せる。

意外な見どころは頭上にある。鐘楼の下に立って見上げてほしい。四辺の中央からそれぞれ内側へ腕木が出され、その上に菱形の枠で構えた鏡天井が張られている。周囲は格天井とする。差し渡し三メートルほどの小さな建物にしては、内部の天井に手が込んでいる。立ち止まって見上げる人にこそ報いる、つくり手の心づかいである。

鐘楼を取り巻く如意寺という寺

鐘楼は、それを擁する寺の来歴を知ると、いっそう理解が深まる。如意寺の起こりは承久元年(1219年)、愛知からは遠く離れた現在の埼玉県行田市のあたりにあり、当初は満福寺と称したと伝わる。開基は源海(1164〜1253年)。武士から僧となり、親鸞の直弟子として関東六老僧の一人に数えられた人物である。

一門が西の三河へ移ったのは正中2年(1325年)のことで、まず現在の豊田市域に落ち着き、この時に如意寺と寺号を改めた。さらに貞和元年(1345年)に移り、慶長10年(1605年)に現在地へと至っている。本堂をはじめ今日見られる伽藍の多くは、十九世紀前半、第二十世源秀の時代に整えられたものである。宝暦5年(1755年)頃とされる鐘楼は、寄り添う本堂よりも古い。

あわせて触れておきたいのが、同じく登録された太鼓楼である。二階建ての太鼓楼は規模の大きな真宗寺院に見られる建物だが、西三河地域での遺構はきわめて少ない。ここに一基残ることが、境内の構成に得がたいまとまりを与えている。

足をのばすなら、車で近い王滝渓谷がよい。巴川の支流・仁王川に沿う渓谷で、「東海の昇仙峡」とも呼ばれる。巨岩と清流のあいだに遊歩道がのび、春は梅と桜、秋は紅葉が彩る。つり橋や園地もあり、静かな寺の朝とよく釣り合う半日になる。

Q&A

Q鐘楼は見学できますか。
A如意寺は現役の寺院で、鐘楼まわりを含む境内は外からおおむね見ることができます。拝観料の設定はありません。法要や日々の寺務が続いていますので、静かに参拝し、開かれた範囲にとどめ、建物内へは許しのない限り立ち入らないようにしてください。
Q登録有形文化財と指定文化財はどう違うのですか。
A指定(国宝・重要文化財)は価値の高いものを対象とする古くからの厳格な制度です。登録は平成8年(1996年)に設けられた、より緩やかな枠組みで、使われ続ける幅広い歴史的建造物を対象とします。如意寺鐘楼は指定ではなく登録です。
Q鐘楼はいつ建てられたのですか。
A江戸時代中期、宝暦5年(1755年)頃と推定されています。年代はおよその値で記録されているため、確かな一年ではなく「その頃」と示すのが正確です。
Qどのように行けばよいですか。
A寺は豊田市東部の力石町にあり、市街地から車でおよそ25分です。豊田市へは名古屋から名鉄豊田線、または愛知環状鉄道で入れます。この一帯は公共交通が限られるため、自動車での来訪が現実的です。
Q周辺に立ち寄れる場所はありますか。
A遊歩道やつり橋、四季の景色が楽しめる王滝渓谷が車で近く、半日の組み合わせに向きます。如意寺自体も、本堂・書院・山門・太鼓楼がいずれも登録された建造物なので、参拝の折に目をとめてみてください。

基本情報

名称如意寺鐘楼(にょいじしょうろう)
所在地愛知県豊田市力石町黒見175
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日2013年(平成25年)3月29日/登録番号 23-0363
年代江戸時代・宝暦5年(1755年)頃
員数1棟
構造及び形式等木造、瓦葺、面積約8.8平方メートル
所有者宗教法人如意寺
アクセス豊田市街地から車で約25分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):如意寺鐘楼
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009465
文化遺産オンライン(国立文化財機構):如意寺鐘楼
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/229038
如意寺(豊田市) - ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/如意寺_(豊田市)
王滝渓谷 - ツーリズムとよた(豊田市観光公式サイト)
https://www.tourismtoyota.jp/spots/detail/19/

最終更新日: 2026.06.17