岡崎ゲンジボタル発生地ーー光が流れる六月の川

六月の数週間、岡崎市の東部を流れる川は、日が落ちると淡い光の帯に変わる。岸辺の草むらから飛び立った数百のゲンジボタルが、水面すれすれを漂いながら一斉に明滅する。この光景は古くから土地の人々に親しまれてきた。そして、その光を生み出す川そのものが、国の天然記念物に指定されている。ホタルの生息地が天然記念物となっている例は全国でもわずかしかない。

指定されているのは、岡崎市東部の美合(みあい)・河合(かわい)両地区を流れる河川である。乙川を中心に、竜泉寺川、山綱川が含まれ、いずれも矢作川の支流にあたる。守られているのは建造物でも一個の品物でもなく、卵から成虫までホタルを育てるだけの清らかな流れ、つまり生きた水環境そのものだ。

主役となる虫はゲンジボタル(学名 Luciola cruciata)。日本人の多くが幼い頃から見慣れた発光性のホタル二種のうち、より大きく、より強く光るほうである。小型のヘイケボタルとともに、その名は十二世紀末に争った源氏と平家の名にちなむと伝えられる。

なぜ川が指定されたのか

このあたりのホタルは、法による保護を受けるはるか前から名高い存在だった。美合の生田(いくた)周辺に発生する群れは「生田蛍」と呼ばれ、六月初めの飛翔は季節の楽しみとして人を集めた。

正式な保護は、その地元の愛着から育っていった。昭和9年(1934)、近藤良平が生田蛍の保護を申請し、翌昭和10年(1935)12月24日、これらの川が国の天然記念物に指定された。指定の根拠は、日本に固有の種ではないものの、著名な動物としてその保存と棲息地の保護を要するという基準による。

ホタルの生息地を指定するという発想は、当時としては先進的だった。全国で最初にこの保護を受けたのは大正13年(1924)の滋賀県・守山のホタルだが、その虫は姿を消し、昭和35年(1960)に指定が解除されている。これに対し岡崎の指定は途切れることなく続き、しかも範囲を広げた。昭和47年(1972)には、ホタルがより清流を求めて移った上流の河合地区へ、旧額田町との境まで指定区域が拡張された。現在、保護対象となる河川は延長で約25キロメートルに及ぶ。

光を読む

昼にゲンジボタルを手に取ると、学名の cruciata(十字の意)の由来が分かる。体は黒いが、頭の後ろの前胸背は淡い赤色で、そこに黒い十字形の紋が入っている。体長は雄が約16ミリ、雌はやや大きく約18ミリ。淡黄色の発光器は腹端近くにあり、雄は第6・第7腹節、雌は第6腹節に持つ。

明滅は気まぐれではない。水面を飛ぶ雄は互いに同期して光り、その間隔は地域によって変わる。東日本ではおよそ4秒に一度とゆっくりで、西日本では約2秒へと速まる。境となるのは本州中央の山岳地帯で、岡崎はその西側にあたる。したがってここのホタルは、速い2秒の拍子を刻む。同じ斜面の群れをしばらく眺めていると、その同調が次第にはっきり見えてくる。

光の宴のあとに起こることが、水の重要さを説明している。交尾を終えた雌は、川縁のコケに500個ほどの卵を産む。卵はおよそ1か月でふ化し、幼虫は流れに入って、そこから10か月から2年を水中で過ごす。餌はカワニナという巻貝だ。この貝は汚れた水では生きられず、だからホタルも生きられない。約50日の蛹期を経てようやく羽化した成虫は、口が退化していて何も食べない。短い飛翔の日々を、葉の上の夜露だけで過ごす。

つまりこの光は、川の健康状態の報告でもある。

失われかけ、築き直された棲息地

二十世紀は生田蛍に厳しい時代だった。岡崎の発展とともに下流の川は直線化されて護岸が築かれ、工場排水が流れ込み、農薬が田畑から洗い出された。昭和34年(1959)の伊勢湾台風は河床と河岸を荒らした。ホタルは年ごとに数を減らし、最初の指定だけでは支えきれなくなった。

応えたのは、特定の役所ではなく地域の人々だった。昭和41年(1966)から、河合中学校と生平(おいだいら)・秦梨(はたなし)・美合の各小学校の子どもたちが幼虫の人工増殖に取り組み、やがて毎年3万匹ほどを川に放流するまでになった。美合と河合に保存会が生まれ、地元のホタル研究会と協力して活動を続けた。昭和47年の区域拡張は、まだ水が清かった上流へとこの努力を追う形で行われた。

取り組みは今も続き、課題もまた残されている。野生の棲息地を取り戻す歩みは、それを失う速さよりはるかに遅い。川を世話する人々は、回復が道半ばであることを率直に語っている。

いま、どこで見られるか

ホタルが飛ぶのは、おおむね5月下旬から6月下旬にかけて。最盛期はたいてい6月前半である。完全に暗くなってから活発になり、午後8時から9時ごろが見ごろの目安となる。暖かく湿った、風の弱い夜を好む。明るい月や急な冷え込みがあると動きは鈍くなる。

国指定の河川は、乙川・竜泉寺川・山綱川沿いの美合・河合地区を縫って流れている。ただし多くの来訪者にとって、岡崎で最も観賞しやすく整備されているのは、少し離れた市東部の山あいにある鳥川(とりかわ、地元では「とっかわ」)地区だ。鳥川は国の天然記念物ではなく市指定のホタルの里だが、保護河川そのものにはない設備が整っている。展示施設である岡崎市ホタル学校があり、季節のホタルまつり、夜のガイドツアー、駐車場も用意される。鳥川の湧水群は「平成の名水百選」にも選ばれている。

ホタル学校と鳥川の谷は、新東名高速道路の岡崎東インターチェンジから車でおよそ15分。観賞地まで現実的に使える公共交通はなく、車での来訪が前提となる。シーズン中は係員が無料駐車場へ案内する。まつりの夜は人も車も多いので、平日のほうが落ち着いて観賞できる。

気持ちよく観賞するための心得もある。ホタルは白い光に弱いので、水辺に着いたら懐中電灯やカメラのフラッシュは控えたい。捕獲は禁じられている。静かに、暗さに目を慣らして待つことが、いちばんの観賞につながる。

Q&A

Qホタルが見られるのはいつごろですか。
Aおおむね5月下旬から6月下旬で、数が増えるのは6月前半が多いです。暗くなってからの午後8時から9時ごろが活発で、暖かく湿った風の弱い夜によく飛びます。
Q国指定の川を直接訪ねて見られますか。
A国指定の河川は美合・河合の住宅地を流れており、観賞用の施設はありません。多くの方は、近くの鳥川(とっかわ)地区で観賞します。こちらには展示施設や駐車場、季節のまつりがありますが、鳥川は天然記念物ではなく市指定の生息地です。
Qなぜ「ゲンジ」ボタルと呼ばれるのですか。
Aゲンジボタルは、発光する代表的な日本のホタル二種のうち大きく明るいほうで、もう一方はヘイケボタルです。二つの名は十二世紀末の源氏と平家にちなむと伝えられ、大きいほうがゲンジの名を得たとされます。
Q本当に一斉に明滅するのですか。
A雄のゲンジボタルは互いに同期して光り、その間隔は地域で異なります。西日本では約2秒、東日本では約4秒で、岡崎はその境の西側にあたるため、速いリズムで明滅します。
Qホタルを傷つけずに観賞するには。
A懐中電灯やカメラのフラッシュなど白い光は虫を乱すので控え、捕獲はしないでください。静かに、暗さに目を慣らして待つと、最もよく見え、影響も少なく済みます。

基本情報

名称岡崎ゲンジボタル発生地(おかざきげんじぼたるはっせいち)
所在地愛知県岡崎市須渕町ほか(美合地区・河合地区)
指定区分国指定天然記念物
指定年月日昭和10年(1935)12月24日/昭和47年(1972)8月25日 追加指定
員数河川 延長約25キロメートル
対象種ゲンジボタル(Luciola cruciata
所有者・管理愛知県・岡崎市
公開見学可。ホタルの飛翔は毎年6月頃(おおむね5月下旬から6月下旬、午後8時から9時ごろ)
アクセス観賞は鳥川地区・岡崎市ホタル学校が便利。新東名高速道路「岡崎東IC」から車で約15分。観賞地への公共交通はなし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1428
岡崎市公式ホームページ「国指定:天然記念物 岡崎ゲンジボタル発生地」
https://www.city.okazaki.lg.jp/1300/1304/1332/p021642.html
愛知県 文化財ナビ「岡崎ゲンジボタル発生地」
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/kinenbutu/tennen/kunisitei/0946.html
岡崎おでかけナビ「ホタルってどんな生き物?(ホタル学校)」
https://okazaki-kanko.jp/mizutomidori/hotarunosato/feature/hotaru-school/about-hotaru
Aichi Now「鳥川ホタルの里」
https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/1368/

最終更新日: 2026.06.14