城下町に残る、現役の町家
犬山城から南東へ歩き、かつて町の出入りを管理した余坂木戸の跡を過ぎると、城下町のやや静かな一角に出る。通りに南面して建つのが佐橋家住宅の主屋である。地元では屋号の「寅屋」で知られ、明治四年(一八七一年)の創業以来、犬山の家々へ仕出しを届けてきた料理屋だ。
現在見られる建物が建ったのは明治の中ごろ、一八八〇年代から世紀の変わり目あたりとされる。木造二階建ての町家で、かつてこの界隈に数百と連なっていた商家のひとつにあたる。その多くは姿を消したが、この一棟は今も日々使われ続けている。国の文化財として認められた理由のひとつが、この点にある。
平成十九年(二〇〇七年)十二月、佐橋家住宅主屋は登録有形文化財として国の登録簿に記載された。登録番号は二三 - 〇二七一。この「登録」という区分は、国宝や重要文化財に与えられる「指定」とは性格が異なるため、少し説明しておきたい。
「指定」ではなく「登録」という位置づけ
日本には、古い建物を守るための制度が二つ並んで存在する。古くからある「指定」は、歴史的・芸術的に最高水準の建造物を選び出し、厳しい規制のもとに置く仕組みだ。一方の「登録」は一九九六年に新設された制度で、地域の景観を形づくっているものの、放っておけば失われかねない建物を、より広く対象に取り込むことを狙いとしている。規制は比較的ゆるやかで、所有者が建物を使い続けながら維持していくことを後押しする性格をもつ。
佐橋家住宅は、国土の歴史的景観に寄与しているという基準で登録された。言いかえれば、この家の価値は、単独の珍しい意匠にあるというより、通り全体に対して果たしている役割にある。古い町並みの連なりを保ち、城下町の商家の一区画が実際にどのような姿で、どう機能していたのかを、訪れる人に感じさせてくれる。
周辺には同じ登録有形文化財の住宅がいくつもあり、小島家・奥村家・尾関家などがそれにあたる。これらが連なって、近代の町のなかに明治やそれ以前の建築が織り込まれた一筋の線を形づくっている。
通りから眺める見どころ
正面の間口は五間、奥行は七間半で、おおよそ幅九メートル・奥行十四メートル弱、延床面積はおよそ百七十平方メートルにあたる。屋根は切妻造で桟瓦を葺き、入口は妻側ではなく長い軒側に開く平入とする。これは商家の町家として標準的な構えである。
注目したいのは二階だ。二階正面の中央四間には、低い高欄を前に立てた窓が横に並ぶ。この時代の正面意匠としては、開放的で装飾性の高い扱いといえる。両端の間はこれに対して黒漆喰で塗り込められ、明るい中央部を引き締める暗い枠となっている。この対比が正面に意図的なリズムを与えており、通りの向かいで少し足を止めて見るだけの値打ちがある。
ひとつ実際的な注意を。この建物は個人の住まいであり、現役の仕出し業の店でもある。博物館ではないため、内部の見学や建物としての公開時間はない。ここで味わうべきは外観であり、一区画を歩きながら隣家と見比べて読み解くのがよい。
城下町をめぐる
佐橋家住宅は犬山の主な見どころから徒歩圏にあり、半日の徒歩散策に自然に組み込める。要となるのは犬山城で、その天守は国宝に格付けされた全国五棟のうちのひとつ、しかも近世から残る数少ない現存天守のひとつである。町の北端、木曽川を見おろす低い崖の上に立つ。
城と佐橋家住宅のあいだを貫くのが本町通りで、旧城下町の背骨にあたる。今では喫茶店や菓子店、改装された町家が軒を連ねる。この通り沿いに少し進んだところにある旧磯部家住宅は登録有形文化財の町家で、無料で内部を公開しており、佐橋家住宅と類型の近い建物の内側に足を踏み入れることができる。珍しい起り屋根(むくりやね)も見どころだ。
佐橋家住宅の近くに建つ、背の高い車山蔵(やまぐら)にも目を向けたい。毎春の犬山祭で曳かれる山車を納める蔵である。犬山祭の車山行事は国の登録された祭礼行事に数えられ、二〇一六年には各地の山・鉾・屋台行事の一群としてユネスコ無形文化遺産に記載された。三層からなる車山にはからくり人形が載り、同じこの通りを曳き回されるなかで演技を披露する。
Q&A
- 佐橋家住宅の内部に入れますか。
- 入れません。この建物は個人の住まいであり、「寅屋」として営業する仕出し業の店でもあります。見学のための公開や拝観時間はありません。外観については、公道から自由に眺めたり撮影したりできます。
- 登録有形文化財は国宝とどう違うのですか。
- 登録は、地域の景観形成に寄与する建物を対象に一九九六年に始まった、比較的ゆるやかな保護の仕組みです。国宝や重要文化財は、最高水準の建造物に限ってより厳格な旧来の制度で「指定」されます。佐橋家住宅は指定ではなく登録です。
- 建物はいつごろのものですか。
- 明治中期の建築で、国のデータベースでは一八六八年から一九一一年という幅のなかに位置づけられています。建物を使う寅屋の仕出し業そのものは、明治四年(一八七一年)の創業です。
- 行き方を教えてください。
- 旧城下町の東寄り、犬山駅から犬山城へ向かう道筋から少し外れた場所にあります。名鉄犬山線の犬山駅からおよそ徒歩十分で、犬山駅は名古屋方面と直結しています。
- わざわざ訪ねる価値はありますか。
- 外観しか見られないため、単独では短い立ち寄り先です。犬山城や本町通り、内部を公開している旧磯部家住宅などとあわせ、城下町を歩くなかのひとつのディテールとして楽しむのがよいでしょう。
基本情報
| 名称 | 佐橋家住宅主屋(さはしけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 別称 | 寅屋 |
| 所在地 | 愛知県犬山市大字犬山字東古券四五七 |
| 区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 二三 - 〇二七一 |
| 登録年月日 | 平成十九年(二〇〇七年)十二月五日(告示十二月十九日) |
| 年代 | 明治中期(一八六八~一九一一年) |
| 員数 | 一棟 |
| 構造 | 木造二階建、切妻造桟瓦葺、桁行五間・梁間七間半、建築面積約百七十平方メートル |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 公開状況 | 個人の住まいかつ営業中の店舗。外観は公道から見学可。内部の公開はなし |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006611
- 文化財ナビ愛知(愛知県)
- https://pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/
最終更新日: 2026.06.17