梅田家住宅倉庫

黒漆喰の表構えをもつ梅田家主屋の背後には、奥行の深い敷地が南へと続いている。その南の端、屋敷の西を限る道路沿いに建つのが倉庫である。桁行はおよそ十八メートルにおよび、屋根は低く抑えられた実務的な構えで、屋敷地の南の縁を静かに区切っている。

建物は、それが仕えた主屋よりも新しい。建てられたのは昭和初期、一九二六年以降のことで、最も古い部分が江戸末期にさかのぼる屋敷地に、商家が手を加え続けていた時期にあたる。築年のずっと古い主屋と並んで建つこの倉庫からは、犬山の町家の敷地が城下町の盛時を過ぎてもなお手を加えられ、用途に応じて姿を整えていったさまが読み取れる。

蔵としての構え

倉庫は木造二階建で、屋根は切妻造の桟瓦葺、桁行約十・三メートル相当の十間、梁間三間半(約六・四メートル)の規模をもつ。外壁は下見板張で、西面二階には窓を並べ、ガラス障子を建て込む。当時としてはきわめて新しい意匠である。南の妻壁は鉄板張とし、風雨と火に対する実用的な備えとしている。

内部は長い建物を二間ごとに区切って五室とし、東面に各室への戸口を設けている。この配置によって、他の区画を乱さずに目的の部屋へ順に出入りできる。商品や在庫、季節ごとの家財をそれぞれ乾いた状態で整然と納めておく必要のあった商家にとって、理にかなった造りである。

登録の理由と価値

倉庫は二〇〇四年七月、梅田家の主屋および両者をつなぐ高塀とともに国の登録有形文化財に登録された。登録は、この種の建造物に共通する基準である「国土の歴史的景観に寄与しているもの」に基づいて行われている。

その意義は、まとまりのなかにある。昭和期の蔵が単独で注目を集めることは少ないが、主屋・倉庫・両者を結ぶ高塀が一つの当初の敷地にそろって残る商家の構成要素として見れば、屋敷がどのように機能していたかを理解する助けになる。昭和初期という建築年は、古い建て方が鉄板やガラスといった新しい材料と出会った、町の歴史の一場面をそのまま記録してもいる。

見どころ

梅田家の屋敷の西側を限る道を南へたどると、倉庫はその控えめな高さからは想像しにくい長さを見せる。西面二階に並ぶガラス窓の帯と、南妻壁の黒い鉄板張に目を向けてみたい。古い蔵の比例を保ちながらも、この二つの面が建物を二十世紀のものとして静かに位置づけている。

倉庫は私邸の一部であり、内部は公開されていない。ここでの体験は、街路から屋敷の構成を読み解くことにある。北端の主屋、両者の間の高塀とあわせて見れば、一つの家の建物が建てられた場所にそろって立つ姿が一枚の絵としてまとまる。犬山の町家とその蔵がどのように使われたかを内部から知りたい場合は、本町通り沿いで公開されている町家が良い補いになる。

Q&A

Q倉庫の中に入れますか。
Aいいえ。私邸の一部で、内部は公開されていません。屋敷の西側を通る道路から外観を見ることができます。
Q倉庫はどのくらい古いのですか。
A昭和初期、一九二六年以降の建築です。それが仕えた江戸末期の主屋に比べると、かなり新しい建物にあたります。
Qなぜ倉庫が文化財になったのですか。
Aまとまった商家の構成要素として登録されました。主屋・倉庫・両者をつなぐ高塀が一つの当初の敷地にそろって残っている点に価値があります。
Q内部はどのように区切られていますか。
A長い建物を二間ごとに仕切って五室とし、それぞれ東面に設けた戸口から出入りする造りです。
Qどこにありますか。
A犬山中心部、東古券にある梅田家の屋敷地の南端に建ちます。犬山駅から城へ向かって徒歩十五分ほどです。

基本情報

名称梅田家住宅倉庫(うめだけじゅうたくそうこ)
所在地愛知県犬山市大字犬山字東古券506
区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 23-0142
登録2004年7月23日登録(同年8月17日告示)/第43回
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1棟
構造木造2階建、瓦葺、建築面積約111平方メートル
時代昭和初期(1926年以降)
公開状況私邸につき外観のみ/犬山駅から徒歩約15分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004248
犬山市の文化財(犬山市)
https://www.city.inuyama.aichi.jp/kurashi/bunka/1001063/1001068.html
犬山城下町(あいちなび/愛知県観光協会)
https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/176/

最終更新日: 2026.06.24