六十キロを旅した明治の農家
秋田県立農業科学館曲屋(旧伊藤家住宅)は、秋田県大仙市内小友字中沢にある明治33年から36年(1900年から1903年)にかけて建てられた茅葺の農家建築で、平成12年(2000年)4月28日に国の登録有形文化財となった。
曲屋という名は、その平面形をそのまま指している。上から見ると建物は折れ曲がっている。長い居住棟に短い棟が直角に取り付き、その短い方が馬屋である。馬は家族と同じ茅葺の下で暮らした。両者を隔てるのは壁と戸口であって、雪の積もった中庭ではない。
内陸南部の秋田では、これは実用上の計算だった。田を起こし荷を運ぶ馬を、垣根まで埋まる冬のあいだ離れの小屋で凍えさせるわけにはいかない。
この家はもともとここに建っていたわけではない。旧田沢湖町、現在の仙北市にあたる地域に、伊藤家の住宅として建っていた。直線距離でおよそ六十キロ北東である。伊藤家から農業科学館へ展示用として寄贈され、平成元年(1989年)に解体・移築された。移築は大まかな再現ではない。九十年近い使用のあいだに積み重なった後補の改造を取り除き、当初の形式へ復原している。
建築面積は218平方メートル。木造平屋建、茅葺、掘立ではなく土台の上に建つ土台建である。
登録有形文化財という枠組み
日本の建造物保護には二つの制度が並んで走っており、観光的な紹介文ではしばしば混同される。登録有形文化財は、重要文化財の指定とは別の仕組みである。平成8年(1996年)に始まった登録制度は、おおむね築五十年を経た建物を対象とし、指定ほど強い規制をかけずに保存を図る。所有者は建物を使い続け、必要に応じて手を入れる自由をかなりの程度保ったまま、大きな改変の際に届け出を行う。
曲屋は「造形の規範となっているもの」という登録基準で登録された。登録番号は05-0056、第23回登録で、告示は同年5月17日である。
文化庁の解説文は三点を挙げる。良質の部材を吟味して用い、丁寧なつくりであること。馬屋の取り方と出入口の位置に地域性が認められること。そして正面の縁に半蔀(はじとみ)を設けていること。
最後の一点が変わっている。半蔀は上端で吊り、外へ跳ね上げて釣り金具に掛ける建具で、本来は社寺建築や公家住宅の系譜に属する。働く農家の縁側にそれが付いているのは珍しく、国の記録がわざわざ名指しで触れる程度には例が少ない。
現地で見るべきところ
まず屋根を見上げたい。この地方の茅葺は、軒先で角度を落とし、上に向かって急に立ち上がる。雪の荷重を壁から離して落とすための形である。茅は束のまま葺き重ねられ、表面は刈り揃えられている。そしてL字の二つの棟が出会うところには、両方の斜面から水が集まる谷ができる。屋根のなかで最も葺くのが難しく、最も先に傷む箇所である。そこを見てほしい。
内部では床の高さが説明役になる。土間は作業側を貫いて馬屋へ直結しており、飼葉も道具も馬そのものも、板の間に上がることなく動かせた。居住部はその上に一段上がって板を張り、畳を敷く。板床には囲炉裏が切られている。
囲炉裏の煙に煙突はない。煙は小屋裏へ上がり、下から茅と小屋組を燻し続けた。古い茅葺の裏側が黒いのはそのためであり、梁がいまも健全なのも同じ理由による。
縁に出て半蔀を探す。吊り金具に掛けて開けば、部屋の端はそのまま庭に開いた軒下になる。下ろせば壁になる。
曲屋は稼働中の博物館の敷地に建っている。本館の展示室では仙北地方の農のあゆみ、灌漑事業の歴史、稲の生育過程などを扱い、ほかに熱帯温室、バラ園、果樹園、広い芝生の広場がある。これらを含めて入場は全館無料である。予定より長く滞在することになりやすいので、あらかじめ知っておくとよい。
行き方と実用情報
JR大曲駅からおよそ6キロ、車で15分ほどの距離にある。公共交通なら大曲バスターミナルから羽後交通のバスで約20分。車の場合は秋田自動車道の大曲インターチェンジから数分で、駐車場は敷地内にある。
開館時間は4月から10月が午前9時30分から午後4時30分まで、11月から3月が午前9時30分から午後4時まで。休館日は毎週月曜日(祝日にあたる場合はその翌日)と12月28日から1月3日まで。入館料は本館・屋外施設ともに無料である。
写真撮影については科学館が独自の案内を出しているので、館内で撮る前に入口の掲示を確認したい。開館時間や休館日、交通の情報は変わることがある。遠方から向かうなら事前に確認しておくのが確実である。
訪問と組み合わせるなら一つ。大仙市は毎年8月に大曲の花火(全国花火競技大会)が開かれる町で、その日は市街が完全に埋まる。
Q&A
- 秋田県立農業科学館曲屋(旧伊藤家住宅)は見学できますか。入館料はいくらですか。
- 見学できます。曲屋は農業科学館の屋外施設として公開されており、開館時間は4月から10月が午前9時30分から午後4時30分、11月から3月が午前9時30分から午後4時です。曲屋を含め全館無料で、入館料はかかりません。
- 曲屋とはどのような建物で、旧伊藤家住宅はなぜこの形をしているのですか。
- 曲屋は居住棟と馬屋が直角に接続し、平面がL字に折れ曲がる民家形式です。馬を屋内で飼うことで、雪深い内陸の冬でも馬を守り、屋外に出ずに世話ができました。旧伊藤家住宅も馬屋を短い棟として取り込んでいます。
- 秋田県立農業科学館曲屋(旧伊藤家住宅)はもとからこの場所にあったのですか。
- いいえ。旧田沢湖町(現在の仙北市)にあった伊藤家の住宅で、農業科学館の展示用として寄贈されました。平成元年(1989年)に解体・移築され、その際に後補の改造を取り除いて当初の形式に復原されています。
- 秋田県立農業科学館曲屋(旧伊藤家住宅)は重要文化財や国宝ですか。
- いずれでもなく、登録有形文化財(建造物)です。登録制度は平成8年(1996年)に始まったもので、築約50年以上の建造物を対象に、指定より緩やかな規制のもとで活用しながら保存する仕組みです。重要文化財の指定とは制度が異なります。
- 秋田県立農業科学館へは大曲駅からどう行けばよいですか。
- JR大曲駅から約6キロ、車やタクシーで15分ほどです。バスの場合は大曲バスターミナルから羽後交通のバスで約20分。自家用車なら秋田自動車道の大曲インターチェンジから数分で、敷地内に駐車場があります。
基本情報
| 名称 | 秋田県立農業科学館曲屋(旧伊藤家住宅) |
|---|---|
| 所在地 | 秋田県大仙市内小友字中沢171-4 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 05-0056/登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 平成12年(2000年)4月28日登録、同年5月17日告示(第23回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、茅葺、建築面積218平方メートル |
| 所有者 | 秋田県立農業科学館 |
| 公開状況 | 公開(無料)。開館時間は4月〜10月が9時30分〜16時30分、11月〜3月が9時30分〜16時。月曜休館(祝日の場合は翌日)、12月28日〜1月3日休館 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/秋田県立農業科学館曲屋(旧伊藤家住宅)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001546
- 文化遺産オンライン/秋田県立農業科学館曲屋(旧伊藤家住宅)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/145625
- 秋田県立農業科学館(サン・アグリン)公式サイト
- https://www.obako.or.jp/sun-agrin/
- 大仙市観光物産協会「上がるっ!だいせん」/曲屋(旧伊藤家住宅)
- https://daisenkankou.com/near/曲屋(旧伊藤家住宅)
- 秋田県内の博物館・美術館総合情報/秋田県立農業科学館
- https://www.akita-museum.com/page.php?serial_no=83
最終更新日: 2026.08.13