全国の登録有形文化財
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富山県氷見市朝日本町、湊川左岸の旧藺製品倉庫の西に建つ昭和32年築の木造二階建。畳表や茣蓙の需要拡大に応じ、生産と保管を兼ねて建てられた。一階は隣接する土蔵の戸前と直結する。令和3年に登録有形文化財となった。
富山県氷見市朝日本町、湊川左岸に建つ大正後期の土蔵造倉庫。旧氷見銀行の米蔵として建てられ、のちに畳表や茣蓙など藺製品の集荷拠点となった。南面東端に開く荷揚口が舟運の記憶をとどめる。令和3年登録有形文化財。
富山市宮尾の旧内山家住宅にわ(作業場)は、明治末建築の切妻造・桟瓦葺の作業棟で建築面積92㎡。使用人の仕事場として使われ、裏に雪囲いの材料をしまう物置がある。豪農の暮らしを伝え、1998年に登録された。
富山市宮尾の旧内山家住宅井戸上屋は、明治末建築のあずまや風の井戸屋形で、建築面積12㎡。四隅に3本ずつ計12本の柱を立て、柱頭を大斗のような形に削り出し、屋根頂部も飾る珍しい意匠で、1998年に登録された。
富山市宮尾の旧内山家住宅表門は、慶応4年に建てられた比較的大きな木造の薬医門で、左右に折れ曲がる屋根塀が付く。もと茅葺で昭和16年に桟瓦葺となった。江戸時代の農家の門として珍しく、1998年に登録された。
富山市宮尾の旧内山家住宅北門は、慶応年間に建てられた木造の棟門。内山家は藩主の鷹狩りの宿所とされたと伝わり、屋敷の北方一帯は狩り場だったと推定される。その狩り場へ通じる位置に建ち、1998年に登録された。
富山市宮尾の旧内山家住宅主屋は、慶応4年に11代年彦が建てた建築面積860㎡の豪農の家。長大な部材の大広間、明治の表座敷と銘木の書院、水琴窟や月見台を備え、1998年に登録有形文化財となり内部を公開している。
富山市宮尾の旧内山家住宅人力車おき場・車夫小屋・炭小屋は、明治末建築の細長い木造平屋建。主屋から北へ延びて表の庭と裏の作業空間を区切り、明治の地主の暮らしぶりを伝える。1998年に登録有形文化財となった。
富山市宮尾の旧内山家住宅背戸の門は、明治末に建てられた小さく簡素な木造の棟門で、東の境の南寄りに建つ。東の果樹園や畑へ通じる門であり、茶室三入庵などとともに庭の点景ともなっている。1998年に登録された。
富山市宮尾の旧内山家住宅茶室三入庵は、藪内流家元の指導で京都の棟梁が昭和2年に建てたと伝わる4畳半の茶室。昭和16年に他所へ移り昭和56年に戻った。水屋の舟底天井が見どころで、1998年に登録された。
富山市宮尾の旧内山家住宅茶室夜雨廰は、明治12年に書斎として建て、明治末に茶室へ改めた建物で、土蔵の南に接続する。茶室には珍しい広い開口部と色壁の室内が見どころで、1998年に登録有形文化財となった。
富山市宮尾の旧内山家住宅土蔵は、明治末建築の土蔵造2階建で建築面積184㎡。屋敷の東境に沿って南北に長く延び、内部は上・中・下の蔵と味噌蔵の四つに分かれる。米や夜具を納めたと伝わり、1998年に登録された。
富山市宮尾の旧内山家住宅にわとり小屋は、明治末建築の切妻造・桟瓦葺の小さな建物で建築面積32㎡。石を並べて一段高く築いた基礎に建ち、壁を漆喰で仕上げる鶏用としては破格の造りで、1998年に登録された。
富山市宮尾の旧内山家住宅東門は、明治末建築の木造の棟門で、屋敷の東の境、にわとり小屋と土蔵の間に建つ。かつて東に広がっていた果樹園や畑に通じる門で、往時の屋敷周辺の様子を伝え、1998年に登録された。
富山市宮尾の旧内山家住宅塀中門は、明治中期に造られた石造の門。石の柱に石の笠木をのせた門口に木戸を入れた特異な意匠で、自然石と切石を積み分けた塀が座敷の庭と前庭を区切る。1998年に登録有形文化財となった。
富山市宮尾の旧内山家住宅もみ倉は、明治中期建築の土蔵造平屋建で建築面積40㎡。石積みの基礎に建ち、腰から下の漆喰の色を変え、屋根を置屋根とする。長庫や木納屋とも呼ばれ、1998年に登録有形文化財となった。
旧大谷家住宅表門は富山県小矢部市の昭和36年(1961年)建築の一間薬医門。間口3.1m、雲形肘木が虹梁・大瓶束・笈形の妻飾りを受け、透彫欄間付の板扉を備える。屋敷の表構えとして登録有形文化財に登録。
旧大谷家住宅作業納屋は富山県小矢部市の昭和19年(1944年)建築の木造一部2階建。南5間を吹抜けの土間、北2間の2階を道具置き場とし、東面と両側面を下見板張で覆う積雪地らしい形式をもつ。登録有形文化財に登録。
旧大谷家住宅主屋は富山県小矢部市の昭和10年(1935年)建築の木造2階建。南東へ妻を向けた切妻造妻入のアズマダチで、三列の間取りと良材の造作が評価され登録有形文化財となった。内部は博物館の展示室として公開。
旧大谷家住宅納屋は富山県小矢部市の昭和18年(1943年)建築の木造2階建。主屋の前に向き合う平入の附属屋で、漆喰塗と下見板張を併用し、1階・2階とも二室に分けて内装を変える。現在は大谷兄弟を紹介する大谷記念室として公開。