旧西廣家住宅(治郎吉)缶詰工場 ―― 鰹節の小屋が、木造トラスの工場になるまで
建築面積343平方メートル。旧西廣家住宅の敷地で最も大きい建物は、住まいではなく工場である。主屋の193平方メートルに対して、ほぼ倍。この数字の差が、西廣家という船主の家がどこに重心を置いていたかを端的に示している。
建物は主屋の北に建つ。東寄りが2階建、西寄りが工場部分という構成で、文化庁の解説によれば数次にわたって増築されてきた。2階建部分の1階は土間で、そのまま工場と地続きになる。2階には事務室と座敷が置かれた。帳場と客間と作業場が、壁一枚をはさんで並んでいたことになる。
そして西へ進むと、天井が消える。工場部分は木造トラスによる大空間である。柱を立てずに屋根を架けるこの構法は、明治以降に日本へ入ってきた洋小屋組で、銚子市の解説では一部に鉄骨も併用されているという。畳と土間の世界から、いきなり近代の産業建築へ切り替わる。
鰹節から缶詰へ
この建物には前身がある。もとは鰹節の製造所で、平屋建だった。銚子市の解説によれば、昭和10年(1935年)にこれを2階建に改造し、木造トラスの工場部分と連結させて、水産缶詰工場としての稼働が始まった。文化庁データベースが年代を「昭和初期/昭和10年増築、昭和30年・平成21年改修」と記録するのは、この積み重なりを指している。
なぜ缶詰だったのか。理由は魚の側にある。イワシは傷みが早い。銚子の沖で大量に揚がっても、生のままでは遠くへ運べない。鰹節にできるのはカツオであって、イワシではない。缶に詰めて加熱すれば、常温で長く保つ。千葉県教育委員会の解説では、西廣家はイワシのほかサンマ、サバの缶詰加工も手がけたとされる。
需要を押し上げたのは軍だった。缶詰は軍隊の携行食として大量に求められ、銚子の工場もその流れのなかにあった。
戦争が進むと鉄が足りなくなり、缶そのものが作れなくなる。地元の記録には、旧西廣家住宅の敷地から「防衛食」と記された陶器の破片が見つかったことが伝えられている。金属の代わりに陶製の容器を使おうとした試みの痕跡とされるが、『続銚子市史』の記述をもとにすれば、実際に製品として世に出る前に終戦を迎えたようだ。この経緯は二次資料によるもので、確定した事実として扱うには慎重さが要る。
景観に寄与するもの、という評価
缶詰工場は平成30年(2018年)3月27日に登録有形文化財(建造物)となった。登録番号は12-244。同じ日に主屋、倉庫(北倉)、倉庫(南倉)、煉瓦塀が登録され、4棟1基が旧西廣家住宅として文化財となっている。
興味深いのは登録基準だ。主屋と2棟の倉庫は「造形の規範となっているもの」で登録されたが、缶詰工場は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という別の基準による。煉瓦塀も同じ基準である。つまりこの工場は、建築の完成度で評価されたのではなく、そこに建っていること自体が銚子という港町の歴史的な風景を成り立たせている、と判断された。
登録有形文化財は平成8年(1996年)に始まった制度で、届出制を基本とする。国宝や重要文化財の「指定」が現状変更に許可を要するのに対し、登録は所有者が建物を使い続けながら守ることを想定している。近代の産業建築こそ、この制度が救おうとした主要な対象である。工場は用途を失えば真っ先に壊される。使われながら残ってきたことに、この建物の価値の一部がある。
見どころ
工場部分に入ったら、上を見てほしい。木造トラスの小屋組が、柱のない空間を成立させている。三角形を組み合わせて力を分散させる構法で、日本の伝統的な和小屋とは考え方が違う。缶詰の製造ラインを通すには柱が邪魔だった。構造がそのまま用途の説明になっている建物である。
2階の座敷にも上がりたい。工場の2階に座敷がある、という配置は現代の感覚では奇妙に映るかもしれない。しかし当時、取引先を迎え、値を決め、帳簿をつける場所が現場のすぐ上にあることには合理性があった。窓から下を見れば作業の進み具合がわかる。
土間と工場が段差なく続いている点も見落とさないでほしい。魚を積んだ荷を、履物を替えずに運び入れられる。住居の側から見れば無作法な作りだが、工場の側から見れば当然の設計である。
この建物が今も建っていること自体、偶然に近い。銚子は昭和20年(1945年)に大規模な空襲を受け、市街の多くを焼失した。江戸期以来の建物がほとんど残っていないのはそのためだが、川口町一丁目のこの一角は被害を免れた。
内部の見学は毎月第2・第4日曜日の午前10時から午後3時まで。文化財ガイドが案内する。中止となる場合があるため、銚子市の文化財・ジオパーク室(電話 0479-21-6662)に事前確認を。
Q&A
- 今も缶詰を作っているのですか。
- いいえ、缶詰工場としての操業は行われていません。文化財の名称に「缶詰工場」とあるのは、かつての用途を示すものです。昭和30年と平成21年に改修が行われ、建物自体は維持されています。
- 木造トラスとは何ですか。
- 部材を三角形に組んで力を分散させる小屋組で、洋小屋組とも呼ばれます。明治以降に日本へ本格的に入り、柱を立てずに広い空間を覆えるため工場や倉庫に多く用いられました。この缶詰工場では一部に鉄骨も併用されているとされます。
- 建物の年代が幅を持って書かれているのはなぜですか。
- 数次にわたって増築されているためです。文化庁データベースは「昭和初期/昭和10年増築、昭和30年・平成21年改修」と記録しています。前身の鰹節製造所を昭和10年(1935年)に2階建へ改造したことが、缶詰工場としての出発点にあたります。
- 主屋とあわせて見学できますか。
- はい。缶詰工場は主屋の北に隣接しており、公開日には同じ敷地内で主屋、倉庫、煉瓦塀とあわせて見ることができます。4棟1基が同時に登録された一群の文化財であるため、まとめて見るほうが理解しやすいはずです。
- なぜ銚子で缶詰が盛んになったのですか。
- 銚子沖は暖流と寒流が交わる好漁場で、イワシが大量に揚がりました。イワシは傷みが早く、生のままでは遠隔地へ出荷できません。加熱殺菌して密封する缶詰は、この課題への解答でした。軍需による需要増も、生産を後押ししたと考えられています。
基本情報
| 名称 | 旧西廣家住宅(治郎吉)缶詰工場(きゅうにしびろけじゅうたく(じろきち)かんづめこうじょう) |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県銚子市川口町一丁目6271 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 12-244 |
| 登録年月日 | 平成30年(2018年)3月27日 |
| 員数 | 1棟 |
| 年代 | 昭和初期(1926年~1930年)/昭和10年(1935年)増築、昭和30年・平成21年改修 |
| 構造及び形式 | 木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積343平方メートル |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 種別 | 産業1次/建築物 |
| 所有者 | 株式会社ランス |
| 公開状況 | 毎月第2・第4日曜日 10:00~15:00(文化財ガイドによる案内あり/中止の場合あり) |
| 問い合わせ | 銚子市教育委員会 社会教育課 文化財・ジオパーク室 電話 0479-21-6662 |
| アクセス | 銚子電鉄 本銚子駅から徒歩約15分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 旧西廣家住宅(治郎吉)缶詰工場(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012099
- 文化遺産オンライン 旧西廣家住宅(治郎吉)缶詰工場
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/387678
- 千葉県教育委員会 旧西廣家住宅(治郎吉)主屋ほか
- https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/q111-101.html
- 銚子市 旧西廣家住宅(治郎吉)主屋・缶詰工場・倉庫(北倉)・倉庫(南倉)・煉瓦塀
- https://www.city.choshi.chiba.jp/edu/sg-guide/page210179.html
- 銚子市観光協会 旧西廣家住宅公開(毎月第2・第4日曜日)
- https://www.choshikanko.com/info/0266/
最終更新日: 2026.07.15