旧西廣家住宅(治郎吉)主屋 ―― 明治の本館と昭和の「総檜」が背中合わせに建つ

付書院の欄間に、犬吠埼の海が彫られている。波と岩と、その上に立つ灯台。銚子市川口町の旧西廣家住宅を訪ねて、この一点に気づく人は多くない。座敷の奥、光の届きにくい場所に、施主が自分の土地の風景をそっと組み込んでいる。

建築面積193平方メートル。木造平屋一部2階建、瓦葺。文化庁の国指定文化財等データベースはこの主屋をそう記録している。数字だけを見れば大きな屋敷とは言えないかもしれない。しかし内部に入ると、平屋の「本館」の背後に増築部分が取り付き、和と洋、明治と昭和が一棟のなかで隣り合っている構成に行き当たる。

西廣家は江戸時代の終わりに紀州から銚子へ移り住んだ。千葉県教育委員会の解説によれば、初代は質屋を営み、質草として得た土地を重ねて大地主となった。漁業に踏み出したのは2代目である。その2代目の名が治郎吉で、屋号もそこから来ている。イワシ漁を営みながら鰹節を製造し、時期によってはイワシ、サンマ、サバの缶詰加工まで手がけた。文化財の名称に「(治郎吉)」と括弧書きが付くのは、この屋号を示すためだ。

明治10年の本館、昭和12年の増築

本館の建築は明治10年(1877年)頃とされる。銚子市の解説では木造平屋、桟瓦葺、寄棟造。開港以来の漁業で財を成した家が構えた、豪壮な商家建築である。

そこへ昭和12年(1937年)、増築部分が加わった。「総檜」と呼ばれる部分と、洋館である。名称のとおり檜材をふんだんに用いた座敷まわりで、細部の意匠は本館とはまるで性格が違う。文化庁の解説文は、豪壮な本館と、意匠を凝らした増築部分の対照性を挙げ、この主屋が近代の大規模商家のあり方をよく示すものだと評価している。

60年の隔たりがある。

明治10年といえば西南戦争の年、昭和12年は日中戦争が始まった年だ。その間、銚子の漁業は帆船から動力船へ移り、加工の中心も鰹節から缶詰へと動いていった。主屋はその変化を吸収するように増えていった建物であり、一度に設計されたものではない。だから廊下の高さが微妙に食い違い、床の仕上げが継ぎ目で切り替わる。設計図の上では起こらない不揃いが、実際に歩くと足の裏に伝わってくる。

登録有形文化財という選択

この主屋は平成30年(2018年)3月27日、登録有形文化財(建造物)となった。登録番号は12-243。同じ日に缶詰工場、倉庫(北倉)、倉庫(南倉)、煉瓦塀も登録され、あわせて4棟1基が旧西廣家住宅として文化財の枠に入った。

ここで言葉の整理をしておきたい。「登録」と「指定」は別の制度である。国宝や重要文化財は文化財保護法にもとづく「指定」で、現状変更には厳しい手続きが必要になる。いっぽう登録有形文化財は平成8年(1996年)に始まった比較的新しい仕組みで、届出制を基本とし、所有者が使いながら守ることを前提としている。外観の4分の1を超えない範囲であれば、届出なしに手を加えられる。近代の建物が使われないまま朽ちたり、取り壊されたりするのを食い止めるために作られた制度と言ってよい。

主屋の登録基準は「造形の規範となっているもの」。同じ敷地内でも、缶詰工場と煉瓦塀は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という別の基準で登録されている。同じ日に登録された5件が、それぞれ違う理由で評価されたことになる。

所有者は株式会社ランス。文化庁データベースと千葉県教育委員会の記載は一致している。ただし銚子市の文化財ページには所有者を「個人蔵」とする記述もあり、公表時期による差と見られる。

見どころ

まず付書院を探してほしい。犬吠埼の風景をあしらった意匠は、文化庁の解説文がわざわざ言及しているほどの見どころで、ガイド付きの公開日であれば案内してもらえる。銚子という土地でしか成立しない意匠であり、遠方の名工が図案帳から引いてきたものではない。

次に、材の違いを見る。本館の柱と、増築部分「総檜」の柱を続けて見比べると、色も木目も手触りも異なる。60年の時差と、施主の懐具合の変化が、そのまま木材の等級に出ている。

洋館部分は、和室の連なりから唐突に現れる。昭和初期の商家が洋間を持つことは珍しくないが、応接のための一室が漁業の作業空間と地続きにあることには、この家の性格がよく出ている。西廣家は住居であると同時に働く場所だった。

主屋の北側には缶詰工場が、敷地東方の一段高い場所には慶応年間建築と伝わる二棟の倉庫が建つ。南側の庭を画すのは煉瓦塀である。主屋だけを見て帰るのは、正直なところ、もったいない。

公開は毎月第2・第4日曜日の午前10時から午後3時まで。文化財ガイドが建物を案内する。都合により中止となることがあるため、訪問前に銚子市の文化財・ジオパーク室(電話 0479-21-6662)に確認しておくと確実である。公開日以外でも外観は見学できる。

Q&A

Q内部の見学はいつできますか。
A毎月第2・第4日曜日の午前10時から午後3時までです。文化財ガイドによる案内が付きます。天候や都合により中止となる場合があるため、事前に銚子市の文化財・ジオパーク室(0479-21-6662)へ確認することをおすすめします。
Q「治郎吉」とは何ですか。
A西廣家の屋号です。千葉県教育委員会の解説によれば、漁業を始めた2代目の名が治郎吉で、その名がそのまま屋号になりました。銚子には西廣姓の船主が複数あるため、文化財の名称でも屋号を括弧書きで添えて区別しています。
Q「総檜」というのは部屋の名前ですか。
A昭和12年(1937年)に増築された部分の呼び名です。檜材を用いた座敷まわりを指し、洋館とともに平屋建の本館の背後に取り付いています。文化庁の解説文でも、増築部分として「総檜」と洋館が挙げられています。
Q登録有形文化財は重要文化財より価値が低いということですか。
A価値の上下ではなく、制度の性格が違います。登録有形文化財は平成8年(1996年)に始まった届出制の仕組みで、所有者が建物を使い続けながら保存することを前提としています。主に近代以降の建造物を対象とし、幅広く残していく方向で設計された制度です。
Q最寄り駅から歩けますか。
A銚子電鉄の本銚子駅から徒歩15分程度です。銚子漁港にも近く、みなと地区を歩きながら向かうことができます。公開日には午前10時30分から、周辺のまち歩きも実施されています。

基本情報

名称旧西廣家住宅(治郎吉)主屋(きゅうにしびろけじゅうたく(じろきち)しゅおく)
所在地千葉県銚子市川口町一丁目6271
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 12-243
登録年月日平成30年(2018年)3月27日
員数1棟
年代明治10年(1877年)頃/昭和12年(1937年)増築
構造及び形式木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積193平方メートル
登録基準造形の規範となっているもの
種別産業1次/建築物
所有者株式会社ランス
公開状況毎月第2・第4日曜日 10:00~15:00(文化財ガイドによる案内あり/中止の場合あり)
問い合わせ銚子市教育委員会 社会教育課 文化財・ジオパーク室 電話 0479-21-6662
アクセス銚子電鉄 本銚子駅から徒歩約15分

参考文献

国指定文化財等データベース 旧西廣家住宅(治郎吉)主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012098
文化遺産オンライン 旧西廣家住宅(治郎吉)主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/364987
千葉県教育委員会 旧西廣家住宅(治郎吉)主屋ほか
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/q111-101.html
銚子市 旧西廣家住宅(治郎吉)主屋・缶詰工場・倉庫(北倉)・倉庫(南倉)・煉瓦塀
https://www.city.choshi.chiba.jp/edu/sg-guide/page210179.html
銚子市観光協会 旧西廣家住宅公開(毎月第2・第4日曜日)
https://www.choshikanko.com/info/0266/

最終更新日: 2026.07.15