戸邉五右衞門家住宅土蔵とは

戸邉五右衞門家住宅土蔵は、千葉県野田市中野台にある昭和4年(1929年)建築の土蔵造の蔵で、平成19年(2007年)10月2日に登録有形文化財となった。

土蔵造の2階建で、建築面積は20平方メートル。桁行3間・梁間2間(およそ5.5メートル×3.6メートル)の小さな蔵である。屋根は切妻造の桟瓦葺で、入口を妻側に開く妻入とする。外壁は漆喰で仕上げている。

位置は、主屋に増築された洋館の奥。洋館とのあいだに、蔵の入口の前をあける蔵前(くらまえ)を設けている。洋館と同じ昭和4年の建築で、昭和24年(1949年)には江戸川の河川改修にともない、主屋とともに曳屋で現在地へ移された。

戸邉五右衞門家住宅土蔵が登録された理由

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、登録番号は12-0086。

文化庁の解説は、この蔵を重厚なつくりとしたうえで、庇付きの窓、太い折釘、2段に作られた水切りが外観に変化を与えていると評している。厚い土壁を白く塗り込めた箱に、実用の細部がいくつも付き、それが単調さを破っているという見方である。

床下の使い方にも工夫がある。2階建に加え、1階の床下まで物入れとして使っている。20平方メートルの限られた床面積を、上下に積み重ねるようにして使い切った蔵といえる。

見どころ ― 折釘、水切り、庇付きの窓

戸邉五右衞門家住宅土蔵の壁でまず探したいのが折釘である。壁から突き出したL字形の鉄の釘で、一般に、漆喰を塗り直すときの足場や、火事の際に壁を覆う板を掛けるために用いられる。この蔵のものは太いことが特徴として挙げられている。

次に水切り。壁の途中を段状に張り出させ、上から伝ってきた雨水を壁面から離して落とすための部分である。ここでは2段に重ねて作られ、白い壁面に水平の線を2本引いている。

窓には小さな庇が付く。雨が直接窓まわりに当たらないようにするためのもので、白壁のなかで窓の位置をはっきり示す役目も果たしている。

妻入の蔵は、三角形の妻面が正面になる。切妻屋根の輪郭、その下の窓と庇、壁を横切る水切りの線。正面の構成は、これらの重なりで決まっている。

戸邉五右衞門家住宅土蔵の見学

戸邉五右衞門家住宅土蔵は個人の住宅の一部で、内部は公開されていない。

主屋の洋館の奥に建つため、公道から見える範囲は限られる。折釘や水切りといった細部まで確かめられるとは限らないので、文化遺産オンラインに掲載された土蔵の写真とあわせて見るとよい。撮影は公道から行い、敷地には立ち入らないようにしたい。

Q&A

Q戸邉五右衞門家住宅土蔵は見学できますか?
A内部は非公開です。洋館の奥に建つため、公道から見える部分も限られます。
Q戸邉五右衞門家住宅土蔵はいつ建てられましたか?
A昭和4年(1929年)の建築です。昭和24年(1949年)に江戸川の改修にともない、曳家で現在地へ移されました。
Q戸邉五右衞門家住宅土蔵の折釘とは何ですか?
A壁から突き出したL字形の鉄の釘です。一般に、壁の塗り直しの際の足場や、火事のときに壁を覆う板を掛けるのに使われます。この蔵の折釘は太いことが特徴です。
Q戸邉五右衞門家住宅土蔵の大きさと構造は?
A桁行3間・梁間2間、建築面積20平方メートルの土蔵造2階建です。切妻造妻入の桟瓦葺で、1階の床下も物入れとして使います。
Q戸邉五右衞門家住宅土蔵が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成19年(2007年)10月2日です。登録番号は12-0086、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。

基本情報

名称戸邉五右衞門家住宅土蔵(とべごえもんけじゅうたくどぞう)
所在地千葉県野田市中野台字川岸702-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成19年(2007年)10月2日登録
員数1棟
寸法建築面積20平方メートル
所有者個人
公開状況内部非公開(住宅の一部)。外観は公道から一部を見学可

参考文献

国指定文化財等データベース 戸邉五右衞門家住宅土蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006375
文化遺産オンライン 戸邉五右衞門家住宅土蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/142138
戸邉五右衞門家住宅主屋ほか(千葉県教育委員会)
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/q111-019.html
戸邉五右衞門家住宅(野田市)
https://www.city.noda.chiba.jp/kurashi/kyoiku/bunka/1000585/1000589.html

最終更新日: 2026.09.25