上原家住宅土蔵とは
上原家住宅土蔵は、千葉県野田市桐ケ作にある旧名主家の屋敷の西の辺に建つ明治時代中期の土蔵造2階建の蔵で、令和元年(2019年)に国の登録有形文化財に登録された。
上原家住宅土蔵は、敷地の西の辺の中ほどに東を向いて建つ。屋根は切妻造の桟瓦葺で、建築面積は50平方メートル。同じ西の辺の北寄りには、大正前期の石蔵がやはり東向きに建っている。
年代は文化庁のデータベースで「明治中期」とされ、西暦欄は1883年から1897年の幅をとる。平成4年(1992年)に移築・改修したことも記録されているが、移す前の位置は書かれておらず、今回の調査では分からなかった。
大谷石の基礎と三段の梁
上原家住宅土蔵の足もとは、大谷石を5段に積んだ基礎である。その上に、土で厚く塗り込めた土蔵造の壁が立ち上がる。
壁の中の骨組みは、柱を半間(約0.9メートル)ごとに立て、梁を3段にわたって架け渡したものだ。柱の間隔を詰め、梁を何段にも重ねることで、重い土壁と2階建の荷重をしっかり受け止める組み方になっている。
内部は、1階の床を高く張り、壁を縦板張とする。床を上げて地面の湿気を遠ざけ、壁の内側を板で覆って収めた品が土壁にじかに触れないようにする。蔵としては基本に忠実なつくりで、上原家住宅土蔵ではそれを良い材で丁寧に仕上げている。
「造形の規範」として登録された上原家住宅土蔵
上原家住宅の4棟のうち、「造形の規範となっているもの」として登録されたのは、上原家住宅土蔵と書院の2棟である。文化庁は、上原家住宅土蔵の堅牢な構造と良材を用いた仕上げが、上層農家の土蔵のつくりを伝えていると評価する。
上原家住宅の西の辺に並ぶ2棟の蔵は、どちらも大谷石を使いながら、使い方が違う。明治中期の上原家住宅土蔵では石は基礎にとどまり、壁は土で塗り込める。大正前期の石蔵では、壁そのものが石でできている。同じ屋敷のなかに、年代の違う2つの蔵のつくり方が並んでいる。
上原家住宅土蔵の見学
上原家住宅土蔵は個人の住まいの蔵で、内部は公開されていない。野田市は上原家住宅について、生活の場として使われているため内部の見学はできないとしている。
上原家住宅土蔵は敷地の西の辺にあって屋敷の内側を向いており、正面は敷地の中からしか見えないと考えられる。道路からどこまで見えるかは現地で確かめていない。撮影は公道からにとどめたい。屋敷への行き方は上原家住宅(野田市)のページにまとめてある。
Q&A
- 上原家住宅土蔵はいつ建てられましたか?
- 文化庁のデータベースでは明治中期とされ、西暦欄は1883年から1897年です。平成4年(1992年)に移築・改修されています。
- 上原家住宅土蔵の構造はどうなっていますか?
- 切妻造桟瓦葺の土蔵造2階建です。基礎は大谷石を5段に積み、柱を半間ごとに立てて梁を3段に架け渡しています。
- 上原家住宅土蔵の内部はどうなっていますか?
- 1階の床を高く張り、壁は縦板張になっています。内部は公開されていません。
- 上原家住宅土蔵が登録有形文化財になった理由は何ですか?
- 令和元年(2019年)に「造形の規範となっているもの」として登録されました。堅牢な構造と良材の仕上げが上層農家の土蔵のつくりを伝えると評価されています。
- 上原家住宅土蔵は見学できますか?
- できません。上原家住宅は個人の住宅で、野田市は内部の見学はできないとしています。
基本情報
| 名称 | 上原家住宅土蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県野田市桐ケ作字前山18 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和元年(2019年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積50㎡ |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開(個人住宅。内部の見学不可) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)上原家住宅土蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012878
- 国指定文化財等データベース(文化庁)上原家住宅石蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012879
- 野田市 上原家住宅(うえはらけじゅうたく)
- https://www.city.noda.chiba.jp/kurashi/kyoiku/bunka/1000585/1024647.html
最終更新日: 2026.10.01