古今荘 ― 紙のまち四国中央に佇む明治末期の別邸建築

愛媛県の東端、四国中央市上分町の静かな一角に、ひっそりと佇む木造住宅があります。その名を「古今荘(ここんそう)」といい、明治末期に旧川之江村(現・四国中央市川之江町)の旧家の別邸として建てられ、昭和30年代に現在地へ移築された建物です。平成17年(2005年)11月10日に国の登録有形文化財(建造物)として登録され、近代の地域住宅建築の優れた一例として、大切に保存されています。

古今荘は個人所有の建物であり、原則として一般公開はされていません。しかし、その存在は、製紙業で栄えた地方都市の文化的奥行きを物語る貴重な遺産であり、近代和風建築や地域の職人技に関心を寄せる方にとって、四国中央市が持つ重層的な歴史を感じさせる象徴的な場所のひとつです。

歴史的背景

古今荘の前身となる川之江村は、愛媛県東端、香川県との県境に近く、伊予・讃岐・土佐・阿波の四国四国を結ぶ交通の要衝として古くから栄えてきました。明治期には製紙業や林業、商業を背景に賑わい、地域の旧家や有力者たちが、近代の新しい技術と伝統的な日本建築の様式を融合させた住宅を構えるようになります。

古今荘は、こうした隆盛のなかで明治末年(おおむね二十世紀初頭)に建てられた、ある旧家の「別邸(べってい)」でした。当時の有力家にとって別邸は、来客の接待、各種の集まり、あるいは日常の喧騒から離れての静養の場として用いられる、文化的・社交的な意味を備えた建物であり、その意匠には施主の趣味と財力が色濃く反映されました。古今荘の繊細な造作は、明治末期の伊予東部における豊かな地域文化の一断面を今に伝えるものです。

昭和29年(1954年)の合併で川之江市が成立し、昭和30年代以降、四国中央地域は製紙業の発展とともに大きく姿を変えていきました。古今荘もそうした地域の変化のなかで、この時期に現在地である上分町へ丁寧に移築され、その後も所有者によって守り継がれ、平成16年(2004年)の合併で誕生した四国中央市の文化財として今日に至っています。

登録有形文化財に登録された理由

古今荘は、平成17年(2005年)11月10日、国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。この登録制度は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正により創設された制度で、指定文化財を補完し、近代以降の比較的新しい建造物を含めて、より幅広い対象を緩やかに保護することを目的としています。

古今荘の評価のポイントは、その平面構成と造作の質にあります。表座(おもてざ)、中座(なかざ)、奥座(おくざ)の3室が、約二間半(およそ4.5メートル)の間隔で一列に整然と並ぶ平面は、当時の住宅としても余裕のある贅沢なつくりです。さらに、座敷沿いの廊下の上部には、伝統的な数寄屋風意匠に見られる「ぶどう棚」と呼ばれる装飾的な格子状の天井が施されており、これが古今荘の最大の見どころのひとつとされています。明治末期から大正期にかけての高品質な住宅建築の特徴を、良好な状態で今に伝える点が高く評価されました。

こうした要素は、伝統と近代が交錯した時期の地方の上質な住宅文化と、それを支えた職人技を示す貴重な手がかりであり、保存の価値が認められています。

建築の見どころ

古今荘は、東京や京都の大邸宅と比べれば決して大規模な建物ではありませんが、その静かな品格は、注意深く観察するほどに味わいを増します。表座・中座・奥座という3つの主要な座敷が一列に並ぶ「縦列型」の構成は、襖や障子を取り払うことで広大な一続きの空間として用い、改まった行事の際には大広間として機能させ、平時にはそれぞれを独立した部屋として使い分けることができる、柔軟で洗練された設計です。

とりわけ評価が高いのが、廊下の上部に施された「ぶどう棚」の装飾天井です。葡萄を仕立てるための棚に似た格子模様から名付けられたこの意匠は、長く伸びる廊下の天井に陰影とリズムを与え、空間に繊細な質感をもたらします。ぶどう棚の天井は、本来、上等な住宅や茶室の格式高い空間にのみ用いられる高級な意匠であり、古今荘がいかに丁寧に造られた建物であったかを物語っています。

そのほか、柱や梁といった軸組のバランスのとれた寸法、上質な木材の選び、庭に向かって開かれた建具まわりの構成など、近代和風住宅の佳品としての魅力を細部に宿している建物です。

見学に関する情報

古今荘は個人所有の建物であり、定期的な一般公開は行われていません。内部の見学は原則としてできず、訪問の際には所有者および周辺住民の生活への配慮が求められます。建物の外観は、上分町の公道から遠望できる場合がありますが、敷地内への立ち入りはご遠慮ください。

古今荘や周辺の文化財について詳しい情報を希望される方は、四国中央市教育委員会 文化・スポーツ振興課が、最も信頼できる窓口です。特別公開の機会の有無や、関連する研究・調査については、同課に直接お問い合わせいただくのが確実です。

上分町へは、松山自動車道の三島川之江ICから車で短時間でアクセスでき、JR川之江駅からは路線バスの利用も可能です。古今荘そのものは外観のみのご見学となるため、近隣の公開されている文化財や名所と組み合わせて巡ることをおすすめします。

周辺の見どころ

四国中央市とその周辺には、訪れる価値のある文化遺産や自然の名所が数多くあります。上分町から車で少し走った金生町山田井の山あいには、国指定重要文化財「真鍋家住宅(まなべけじゅうたく)」があります。江戸時代中期、十七世紀中ごろに建てられた愛媛県でも屈指の古民家で、茅葺きの寄棟造に厚い土壁という素朴で力強い佇まいは、近代の上質な意匠で建てられた古今荘とは対照的な、古い民家建築の祖型を今に伝えています。

また、国指定史跡「宇摩向山古墳」は、四国でも最大級の規模を誇る古墳時代終末期の横穴式石室墳で、地域の古代史を体感できる貴重な場所です。下柏町には国指定天然記念物「下柏の大柏」が立ち、長い歳月を刻んだ巨樹の姿に圧倒されます。さらに、四国八十八ヶ所霊場のお遍路道に連なる寺社や、和紙づくりで知られる「紙のまち」ならではの製紙産業に触れられる施設なども点在しており、古今荘の見学に合わせて地域の多層的な文化を楽しむことができます。

Q&A

Q古今荘は見学できますか?
A古今荘は個人所有の建物であり、定期的な一般公開は行われていません。内部の見学は原則としてできませんので、ご来訪の際は所有者と周辺住民の生活にご配慮ください。特別な公開の機会等については、四国中央市教育委員会 文化・スポーツ振興課にお問い合わせください。
Q古今荘はいつ頃建てられた建物ですか?
A明治末期、すなわち二十世紀のごく初頭に、旧川之江村(現・四国中央市川之江町)の旧家の別邸として建てられたとされています。
Qなぜ別の場所に移築されたのですか?
A古今荘は昭和30年代に現在地である上分町へ移築されました。戦後の高度成長期には、都市化や産業発展により街並みが大きく変化し、由緒ある建物が解体ではなく移築という形で守られる事例が各地で見られました。
Q「ぶどう棚」とはどのような意匠ですか?
A「ぶどう棚」とは、葡萄を仕立てる棚に形が似ていることから名付けられた、格子状の装飾的な天井意匠です。日本の伝統建築では、上質な住宅や茶室など格式の高い空間に用いられ、空間に繊細な陰影とリズムをもたらします。
Q「登録有形文化財」と「指定文化財」の違いは何ですか?
Aいずれも法律に基づく保護制度ですが、「指定」は重要文化財や国宝のように厳しい現状変更規制と手厚い補助を伴うのに対し、「登録」は緩やかな規制のもとで、所有者が建物を使い続けながら保存することを促す柔軟な仕組みです。古今荘は後者の「登録」制度のもとに保護されています。

基本情報

名称 古今荘(ここんそう)
指定区分 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成17年(2005年)11月10日
建築年代 明治末期(二十世紀初頭)
移築 昭和30年代に現在地へ移築
当初用途 旧川之江村(現・四国中央市川之江町)の旧家の別邸
主な特徴 表座・中座・奥座の3室が約二間半(約4.5メートル)の間隔で一列に並ぶ平面構成、廊下上部の「ぶどう棚」装飾天井
所在地 愛媛県四国中央市上分町601-2
所有者 丸住エンジニアリング株式会社
公開の有無 個人所有、原則として一般非公開
問い合わせ 四国中央市教育委員会 文化・スポーツ振興課

参考文献

四国中央市の文化財「古今荘」
http://bunka.shikokuchuo.or.jp/bnkz/CH/5-11-011/5-11-011.htm
四国中央市の文化財「指定・登録文化財一覧」
http://bunka.shikokuchuo.or.jp/bnkz/CH/CH.htm
四国中央市公式サイト「四国中央市内の指定文化財・登録文化財」
https://www.city.shikokuchuo.ehime.jp/soshiki/35/1988.html
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/
Wikipedia「登録有形文化財」
https://ja.wikipedia.org/wiki/登録有形文化財
Wikipedia「上分町」
https://ja.wikipedia.org/wiki/上分町

最終更新日: 2026.04.30