西条栄光教会牧師館——戦後愛媛に咲いた木造モダニズムと民芸の調べ

愛媛県西条市、旧西条藩陣屋跡の静かなお堀に囲まれた一角に、白漆喰と杉板の優しい外観をもつ二階建ての小さな建物が佇んでいます。西条栄光教会牧師館——昭和26年(1951年)の竣工で、2021年(令和3年)2月26日に礼拝堂・幼稚園園舎とともに国の登録有形文化財に登録された、戦後を代表する建築家・浦辺鎮太郎の初期傑作のひとつです。倉敷の街並みづくりで知られる浦辺の若き日の感性が、四国の城下町にこれほど純度高く結晶した例は他にありません。建築や近代史、宗教文化に関心のある方にとって、この一棟は思いがけぬ深い物語を語ってくれる場所です。

建物の歩み

西条栄光教会のはじまりは、終戦直後の混乱期にさかのぼります。倉敷レイヨン(現クラレ)の西条工場が規模を拡大し、各地から多くの若い工員を受け入れていく中で、寮の宿泊室で聖書研究を望む声が高まりました。1948年(昭和23年)9月、寮の一室で聖書研究会が始まり、翌1949年(昭和24年)6月26日には倉レ択善寮(東町)にて初めての主日礼拝が献げられます。その年の8月、教会は日本基督教団に正式に加盟しました。

アメリカの教団本部からの千ドルの献金をきっかけに、1950年(昭和25年)3月の役員会で会堂建設が決議されます。倉敷レイヨンの援助、信徒の献金、そして地元からの寄付が積み重なり、1951年(昭和26年)11月、現在の地に礼拝堂が完成。同じ敷地に建てられた牧師館と幼稚園園舎も同年に竣工し、ひとりの建築家の手で構想された建物群が姿を現しました。

建築家・浦辺鎮太郎

礼拝堂・牧師館・幼稚園園舎の設計を担当したのは、当時倉敷レイヨンの営繕技師であった浦辺鎮太郎(1909〜1991年)です。岡山県児島郡粒江村(現・倉敷市粒江)に生まれ、1934年に京都帝国大学工学部建築学科を卒業して同社に入社しました。学生時代に、オランダの地方都市ヒルフェルスムを生涯かけて設計したウィレム・マリヌス・デュドックの仕事に感銘を受けた浦辺は、「倉敷のデュドックになりたい」という志を胸に、地域に根ざす建築家としての道を歩み始めます。

その後、実業家・大原總一郎との出会いを得て、倉敷美観地区の景観形成に深く関わっていきます。倉敷アイビースクエア、倉敷国際ホテル、倉敷市庁舎、大原美術館分館など、戦後日本の地域主義建築を代表する数々の名作を生み出した浦辺ですが、西条栄光教会の仕事は、そのキャリアの中でも極めて初期にあたり、後年の浦辺調を理解するうえで欠かせない原点として今日高く評価されています。

登録の理由——なぜ文化財に指定されたのか

2021年2月26日、牧師館は礼拝堂・幼稚園園舎とともに国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録に際しては、戦後の復興期に一人の建築家が一貫した思想で構想した木造モダニズムの教会建築群として、ひとまとまりの状態で残っている希少性が評価されています。

とりわけ牧師館は、白漆喰の壁と杉板張り、現しの木部、格子や障子といった和の意匠を、機能的なゾーニングと巧みに融合させた民芸風のデザインに特色があります。これは民芸運動の指導者・柳宗悦と親交のあった民芸家であり牧師でもあった外村吉之助からの助言によるものと伝えられ、戦後の宗教建築に民芸思想がどのように受容されたかを物語る、貴重な実例ともなっています。

見どころ

静かに語りかける外観

牧師館は木造二階建て、瓦葺、建築面積約79平方メートル。下部は杉板張、上部は真壁造で漆喰壁に木部を現し、切妻造の桟瓦屋根が穏やかに架かります。ダークな木、白い漆喰、グレーの瓦——三つの素材が織りなす淡い対比は、伝統の語彙とモダニズムの感覚をしなやかに結びつけ、見る者に落ち着いた印象を与えます。

玄関を兼ねる吹抜の階段室

玄関を入ると、二階分を貫く吹抜の階段室が訪問者を迎えます。柔らかな自然光が降り注ぐ中央のこの空間を中心に、一階には食堂や居間、二階には集会室や寝室が配されています。内外ともに漆喰に木部を現し、格子や障子を用いて統一された和の意匠は、単なる住まいを超えて、洗練された日本建築の一隅をなしています。

礼拝堂と響きあう佇まい

牧師館は南側で礼拝堂と渡廊下によってつながれています。素材・プロポーション・色調が両棟で穏やかに連続し、敷地全体が小さな白い集落のようにまとまっている様子は、浦辺鎮太郎の「街並みを育てる建築」という思想を、コンパクトな形で先取りしているように見えるはずです。

訪問のご案内

西条栄光教会は現在も活発に活動を続ける教会であり、牧師館は日々の生活の場として使われています。主日礼拝(毎週日曜日 午前10時15分から)はどなたでも参加でき、聖書研究祈祷会は毎週水曜日 午後1時半および午後7時半から開かれています。礼拝以外の時間帯に建物を訪ねる場合は、事前に教会へご連絡いただくと安心です。

最寄り駅はJR予讃線の伊予西条駅で、教会まで徒歩約15分。駅から続く明屋敷の街は、旧西条藩陣屋の広いお堀を中心に整備されており、教会への道のりそのものが東予地域でも屈指の歴史散策コースとなっています。

周辺の見どころ

西条市は四国でもとりわけ旅情豊かな小都市のひとつです。市内随所に湧き出す自噴水「うちぬき」は環境省の名水百選にも選ばれており、その清らかな水が地酒や豆腐の風味を支えています。1920年創業の石鎚酒造では、伝統的な酒蔵の見学や試飲も可能です。

10月には「西条まつり」が開催され、絢爛な太鼓台やだんじりが街を練り歩き、加茂川を渡るクライマックスは特に有名です。西日本最高峰で日本七霊山のひとつに数えられる石鎚山は西条市の南に聳え、登山口へのアクセスも市内からが便利です。また、西条栄光教会を生んだ倉敷レイヨンの工場をはじめ、近代産業遺産にも富んでいます。

教会から徒歩圏内には、西条市立郷土博物館、旧西条北高等学校校舎、お堀沿いの柳並木が美しい明屋敷公園など、歴史を感じる名所が点在しています。

Q&A

Q牧師館の中を見学することはできますか。
A牧師館は活動中の教会の私的な居住空間でもあるため、通常は一般に公開されておりません。多くの方は門の外から外観を眺めて鑑賞しておられます。建築に深い関心をお持ちの方は、事前に教会にお問い合わせください。日曜日の礼拝に参加されると、敷地全体の建物を最も自然な形で体験することができます。
Q倉敷の有名な建築群とどのような関係があるのですか。
A設計者が同じ建築家・浦辺鎮太郎です。倉敷レイヨンの営繕技師時代の1951年に牧師館を手がけた浦辺は、その後、倉敷アイビースクエアや倉敷国際ホテルなど、倉敷美観地区を象徴する数多くの名作を残しました。西条栄光教会の建築群は、浦辺鎮太郎の最も初期の重要作のひとつとして位置づけられています。
Q「民芸風」とは具体的にどのような特徴ですか。
A民芸とは、無名の職人による日用品の素朴な美しさを尊ぶ美意識です。牧師館では、素材を率直に用いる姿勢、現しの木部、格子や障子、そして周囲に対して控えめに佇む建ち方などにその精神が表れています。柳宗悦と親交のあった外村吉之助の助言が反映されたと伝わっています。
Q東京や大阪からのアクセスは。
A東京からは飛行機で松山空港へ向かい、JR予讃線の特急で伊予西条駅まで約90分が一般的です。大阪からは新幹線で岡山まで進み、瀬戸大橋線で高松、さらに予讃線を西に進む経路となります。伊予西条駅から教会までは徒歩約15分です。
Q写真撮影はできますか。
A公道からの外観撮影は概ね問題ありません。住居としての使用や礼拝への配慮から、窓越しの撮影や敷地内への無断立ち入りはご遠慮ください。内部の撮影をご希望の場合は、教会の方に必ず一言お声がけください。

基本情報

名称 西条栄光教会牧師館(さいじょうえいこうきょうかいぼくしかん)
指定区分 登録有形文化財(建造物) 2021年(令和3年)2月26日登録
所在地 愛媛県西条市明屋敷字旧陣屋内236-3
竣工 1951年(昭和26年)
設計 浦辺鎮太郎
構造 木造2階建、瓦葺
建築面積 約79平方メートル
所有 日本基督教団 西条栄光教会
最寄駅 JR予讃線 伊予西条駅から徒歩約15分

参考文献

文化遺産オンライン「西条栄光教会牧師館」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/550945
文化遺産オンライン「西条栄光教会礼拝堂」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/584243
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013762
愛媛県の登録有形文化財「西条栄光教会礼拝堂・牧師館・幼稚園園舎」
https://ehime-c.esnet.ed.jp/bunkazai/kennobunkazai/tourokubunkazai/touroku-kohyo/saijyou-eikou-reihaido,bokushi,ensha.htm
えひめ近代建築 詳細情報(生涯学習情報提供システム)
https://www.i-manabi.jp/system/landmarks/landmarks/show/44
Wikipedia「浦辺鎮太郎」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%A6%E8%BE%BA%E9%8E%AE%E5%A4%AA%E9%83%8E

最終更新日: 2026.04.30