倉員家住宅離れとは

倉員家住宅離れは、福岡県八女市上陽町北川内にある明治42年(1909年)建築の平屋の離れで、平成30年(2018年)に国の登録有形文化財に登録された。読みは「くらかずけじゅうたくはなれ」。

倉員家住宅離れは敷地の北の奥にあり、主屋と同じく南を向いて建つ。建築面積は97㎡。倉員家住宅の4棟のうち最後に建てられた建物で、主屋から24年後にあたる。昭和63年(1988年)に改修を受けている。

倉員家住宅離れが登録有形文化財になった理由

倉員家住宅離れは「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録有形文化財に登録された。登録番号は40-0156で、登録年月日は平成30年(2018年)11月2日である。

文化庁の解説は、倉員家住宅離れを上層農家の暮らしの一端を伝える附属建物と評している。倉員家は明治の末に、座敷を備えた平屋の別棟を主屋の背後に建て増したことになる。

倉員家住宅離れの見どころ

倉員家住宅離れでいちばん目を引くのは床下の造りである。敷地の背面には石垣が築かれており、離れの床組はその石垣の上から外へ張り出している。床を支える骨組みを石垣の縁より先へ伸ばすことで、建物の下に広い床下の空間をつくり出している。敷地の縁いっぱいまで建物を寄せるための工夫と読める。

屋根は入母屋造の桟瓦葺。正面の西半分には角屋が付き、これが主屋とのつなぎになっている。離れと呼ばれてはいても独立した棟ではなく、主屋と棟続きになっている。

内部は3室を一列に並べ、東の端を座敷とする。文化庁の解説は倉員家住宅離れを「土蔵造平屋建」と記す一方、データベースの構造欄は「木造平屋建」としている。土蔵造は木の軸組を土壁で厚く塗り込める工法なので両者は矛盾しないが、どこまでが土蔵造かは公表資料からは分からない。

倉員家住宅離れの見学

倉員家住宅離れは個人の住宅の敷地内にあり、内部は公開されていない。敷地の北の奥、主屋の背後に建つため、道からどこまで見えるかは確認できていない。敷地に入らず、外から眺めるにとどめたい。行き方は倉員家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q倉員家住宅離れはいつ建てられましたか?
A明治42年(1909年)です。倉員家住宅の4棟のなかでもっとも新しく、昭和63年(1988年)に改修されています。
Q倉員家住宅離れの大きさと構造は?
A平屋建、瓦葺で、建築面積は97㎡です。屋根は入母屋造の桟瓦葺です。
Q倉員家住宅離れと主屋はつながっていますか?
Aはい。正面の西半分に付けた角屋で主屋と接続しています。
Q倉員家住宅離れの床下にはどんな特徴がありますか?
A敷地背面の石垣の上から床組を張り出し、建物の下に広い床下空間を確保しています。
Q倉員家住宅離れの中を見学できますか?
A個人の住宅の敷地内にあるため、内部は公開されていません。

基本情報

名称倉員家住宅離れ
所在地福岡県八女市上陽町北川内字坂口山1016
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成30年(2018年)登録
員数1棟
寸法建築面積97㎡
所有者個人
公開状況非公開(個人住宅)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)倉員家住宅離れ
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012659
文化遺産オンライン 倉員家住宅離れ
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/446873
八女市 指定文化財等一覧(令和3年4月1日現在)
https://www.city.yame.fukuoka.jp/material/files/group/32/siteiitiran.pdf

最終更新日: 2026.10.01