奥州街道に西面する明治の蚕物商
栗花家住宅店蔵は、福島県伊達郡桑折町字北町にある明治41年(1908年)建築の土蔵造二階建の店舗兼倉庫で、令和6年(2024年)3月6日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
桑折は道の分かれる町だった。江戸から陸奥を北上する奥州街道が町なかを貫き、ここで羽州街道が西へ折れる。小坂峠を越え、七ヶ宿、山形、秋田を経て油川(現在の青森市)まで届く道である。人と荷と情報が双方向に流れ、街道沿いに厚みを増した町並みが桑折宿と呼ばれた。栗花家の店蔵は、その中心部に建っている。
西側の壁が、そのまま街道に向いた顔になる。この建物が抱えていたのは、いまでは見えにくくなった商売である。栗花家は蚕物商だった。繭、蚕種、養蚕農家が使う道具類を扱う商いで、桑畑の広がる福島県北一帯では、村の暮らしの根幹に直結する業種だった。店蔵が建った明治41年という年は、日本の生糸が海外へ大量に出ていた時期にあたる。翌年ごろには日本が中国を抜いて世界最大の生糸輸出国になったとされる。桑折の街道筋で繭を扱う商人は、その巨大な流れの集荷点に座っていたことになる。
登録の理由と、建物の造り
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。国の登録制度が挙げる基準のなかでは範囲の限られたもので、この建物にはそれが正確に当てはまる。突出した彫刻や希少な構造形式が評価されたのではない。街路に対して建物が何をしているか、が評価された。
文化庁の記録では、構造は土蔵造2階建、鉄板葺、建築面積52平方メートル。屋根は切妻造で、出入口は軒側にある平入の形式をとる。つまり軒の線が街道と平行に走る。街道を歩いて近づいても、三角形の妻壁が正面に立ちはだかることはない。かわりに長い水平の壁が現れる。同じ規模の在来軸組の店舗より、印象はずっと重く、閉じている。
その重さは意図されたものだ。外壁は軒まで塗込められ、内部の木組みは厚い土と漆喰の皮膚に包まれている。防火のための技術で、町を周期的に襲った火災で在庫を失うわけにいかない商人が、蔵に対して用いてきた手法である。それを店の機能を持つ建物に適用したものが店蔵という類型で、半分は売場、半分は金庫という性格を帯びる。
台帳には平成23年(2011年)改修とも記されている。栗花家では、登録に至るまでに複数回の地震で受けた被害を修繕したと報じられており、いま街道に面して建つ姿は、その工事を経たあとのものである。
街道から何が見えるか
まず一階を見たい。内部の前面は土間で、ここが「ミセ」、売場にあたる。そして摺上戸が残る。板戸を溝に沿って上へ摺り上げて開ける建具で、横に引くのでも、手前に開くのでもない。商いの都合に応じて段階的に開け、夜には隙間なく閉ざすことができる。古い商家が改装されるとき真っ先に姿を消すのがこの種の建具で、現位置に残っている例は多くない。この店蔵が注目された具体的な理由のひとつがそこにある。
次に見上げる。二階は間仕切りのない一室で、南北の妻に窓が各1箇所開くほかは壁が閉じている。この部屋が繭の保管場だった。繭には安定した通風と暗さが要る。細長い空間の両端に向かい合う開口を設ければ、光をあまり入れずに空気だけを通すことができる。二階の平面は、住空間の設計というより、貯蔵のための実務的な工夫として読むのが正しい。
東隣、同じ敷地に接して建つのが平屋建の主屋で、店蔵と同じ日に登録された。街道から二棟を並べて眺めると、日本の商家町でくり返された配置が見えてくる。背の高い、閉じた、火に強い箱が前面で街道と商売をし、その背後で低い瓦屋根の住居が生活を受けもつ、という分担である。
ここで実用上もっとも大切な点をひとつ。栗花家住宅は個人の住宅であり、一般公開されていない。拝観時間も入場料も設定されておらず、内部を見学することはできない。訪問者にできるのは、公道から外観を眺めることだけである。もっとも、この建物はもともと街道から見られることを前提に造られている。公道からの撮影は常識の範囲で差し支えないが、敷地内に立ち入ったり、私生活の領域へレンズを向けたりすることは避けたい。JR東北本線の桑折駅から南へおよそ1キロ、徒歩12分ほど。町は小さく静かで、旧街道筋は歩きやすい。
Q&A
- 栗花家住宅店蔵は内部を見学できますか。公開時間や入場料はありますか。
- 見学できません。栗花家住宅は個人所有の住宅で、現在も生活の場として使われています。公開時間、入場料、内部見学のいずれも設定されていません。登録有形文化財への登録は、所有者に公開を義務づける制度ではないためです。外観は西正面が接する公道から眺めることができます。
- 栗花家住宅店蔵はどこにあり、桑折駅からどう行けばよいですか。
- 所在地は福島県伊達郡桑折町字北町76で、町の中心部を通る旧奥州街道の道筋に面しています。JR東北本線桑折駅から南へ約1キロ、徒歩12分ほどです。車の場合は東北中央自動車道の伊達桑折インターチェンジから数分ですが、旧街道沿いは道幅が狭く、駐車場所は限られます。
- 栗花家住宅店蔵の「店蔵」とは何ですか。栗花家はどんな商売をしていたのですか。
- 店蔵は、蔵の造りをそのまま店舗に用いた建物です。外壁を塗込めて防火性を高めた土蔵造でありながら、街道に面して売場をもちます。栗花家は蚕物商で、繭や蚕種、養蚕に用いる道具類を扱っていました。桑畑が広がり養蚕が農家の主たる収入源だった伊達地方において、地域経済の要にあたる業種です。
- 栗花家住宅店蔵はいつ登録され、登録有形文化財とはどのような区分ですか。
- 令和6年(2024年)3月6日に、登録番号07-0281として第106回の登録で主屋とともに登録されました。登録有形文化財は、指定を受ける重要文化財より緩やかな保護の枠組みで、建物を使い続けながら保存を促すことを目的としています。今回適用された基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。
- 栗花家住宅店蔵の周辺には、ほかにどんな見どころがありますか。
- 徒歩圏に、明治16年(1883年)建築の擬洋風庁舎である国指定重要文化財の旧伊達郡役所があります。ただし地震被害の修理により内部の見学状況が変わっているため、訪問前に桑折町へ確認するのが確実です。同じ令和6年3月に登録された無能寺山門、奥州街道から羽州街道が分かれる追分も近くにあります。
基本情報
| 名称 | 栗花家住宅店蔵(くりはなけじゅうたくみせぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 福島県伊達郡桑折町字北町76 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 07-0281/登録基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 指定年 | 令和6年(2024年)3月6日登録(第106回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造2階建、鉄板葺、建築面積52平方メートル。明治41年(1908年)建築、平成23年(2011年)改修 |
| 所有者 | 個人所有(国指定文化財等データベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 非公開。公道からの外観のみ。内部見学、入場料、公開時間の設定はありません |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「栗花家住宅店蔵」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014730
- 文化遺産オンライン「栗花家住宅店蔵」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/553768
- 文化庁 文化審議会答申(令和5年11月24日)登録有形文化財(建造物)の登録
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/94080301_02.pdf
- 桑折町「羽州街道、古の小径」
- https://www.town.koori.fukushima.jp/site/kanko/1037.html
最終更新日: 2026.08.25