千光寺の五本スギ ― 霊峰袈裟山に立つ千年の巨木

岐阜県高山市丹生川町、海抜約九〇〇メートルの袈裟山中腹に古刹・千光寺があります。その参道の中腹、傾斜地にひときわ堂々とそびえ立つのが、国指定天然記念物「千光寺の五本スギ」です。地上六メートルほどで一本の幹が五本に分かれ、それぞれが空に向かってまっすぐに伸びる姿は圧巻で、樹高は約四十七メートル、幹周りは約十二メートルに及びます。樹齢は千二百年から千五百年とも伝えられ、千光寺に参詣する人々を、はるか古代から見守り続けてきた生きた文化遺産です。

飛騨高山の中心部からほど近いとはいえ、観光ルートの主流からはわずかに外れたこの場所には、深い静寂と神聖な空気が流れています。海外から飛騨を訪れる旅人にとって、五本スギは単なる「大きな木」ではなく、日本人が古来より自然と神仏を一体のものとして敬ってきた精神文化に触れることのできる、貴重な体験の場となるでしょう。

千年を超える時を刻む生きた記念物

千光寺の五本スギが立つのは、本堂のはるか手前、参道の中間地点ほどに位置する傾斜地です。一つの根元から立ち上がった幹は、約六メートルの高さで五本に分岐し、いずれもが垂直に天を衝くようにそびえています。この稀有な樹形こそが「五本スギ」という名称の由来であり、地元の人々の間では、古くから神聖な木として畏敬の念をもって受け継がれてきました。

樹齢は千二百年から千五百年と推定されており、千光寺が真言密教の寺院として真如親王によって開基されたとされる平安時代前期と、ほぼ重なる時代を生きてきたことになります。武田信玄の飛騨攻めによる兵火にも耐え、戦国の世に堂宇が再建される様も見届けてきたこの巨木は、まさに千光寺の歴史そのものを体現する存在といえます。

国の天然記念物としての指定

千光寺の五本スギは、昭和四年(一九二九年)四月二日に国の天然記念物に指定されました。当時の天然紀念物調査報告(植物之部)第九輯には、「目通幹囲三丈七尺、幹五本ニ分ル、故ニ此ノ名アリ、杉ノ巨樹トシテ有数ノモノナリ」と記され、指定当初から日本を代表する杉の巨樹として高く評価されていました。現在の幹周りは約十二メートル、樹高は約四十七メートルとされ、岐阜県内のみならず、本州中部における杉の巨木としても屈指の規模を誇ります。

五本スギを抱く古刹・飛騨千光寺

五本スギの魅力を語るうえで、それを擁する千光寺の歴史を欠かすことはできません。飛騨千光寺は、高野山金剛峯寺を総本山とする高野山真言宗に属する密教寺院です。寺伝によれば、今から約一千六百年前、仁徳天皇の時代に飛騨の豪族・両面宿儺(りょうめんすくな)が古代信仰の祈りの場として開いたとされ、約千二百年前には弘法大師空海の十大弟子の一人である真如法親王が、真言密教の祈願所として寺院を建立したと伝えられています。山中には十九の伽藍と院坊が立ち並んだといわれ、「飛騨の高野山」と称されるほどの大規模な山岳寺院でした。

戦国時代、永禄七年(一五六四年)には武田信玄の飛騨攻めによって全山が焼失する憂き目に遭いましたが、天正十六年(一五八八年)、高山城主・金森長近によって現在の堂宇が再建されました。幾度の再興を経てもなお、五本スギは焼け残り、千光寺の歩みを変わらず見守り続けてきたのです。

円空仏と袈裟山の祈り

千光寺は「円空仏の寺」としても広く知られています。生涯に十二万体の仏像を彫ったと伝えられる江戸時代の遊行僧・円空は、貞享二年(一六八五年)頃に当寺に滞在し、両面宿儺坐像をはじめとする多くの木彫仏を残しました。円空仏寺宝館には、六十四体の円空仏が展示され、その素朴で力強い造形は、現在も多くの参拝者の心を打ちます。五本スギの傍らに立ち、樹齢千年を超える巨木の静けさに身を浸してから、円空仏の前に立つとき、山の生命と祈りの造形が一つに重なる瞬間を感じることでしょう。

魅力と見どころ

五本スギへ向かう道のりそのものが、すでに参拝の一部となっています。千光寺の参道の途中、山中に整備された駐車場から、坂を下るように小径を進むと、やがて巨木の姿が見えてきます。道沿いには、西国三十三所や四国八十八ヶ所霊場を模した石仏や祠が並び、ささやかな霊場巡りを思わせる雰囲気が、訪れる人の心を静かに整えてくれます。

五本スギの前に立ったときに、ぜひ目を留めていただきたい見どころは次のとおりです。

  • 一つの根元から五本に分かれて空へとまっすぐ伸びる、稀有な樹形。木の周囲を歩きながら、角度を変えて眺めると、その雄大さがより一層感じられます。
  • 幹に巻かれた注連縄。神聖な存在として古くから信仰を集めてきた、この木の精神的な役割を示しています。
  • 傍らに建つ「天然記念物 千光寺の五本杉保存施設工事概要」の石碑。昭和三十四年(一九五九年)の伊勢湾台風によって樹勢が衰え、昭和四十六年(一九七一年)に大規模な保存工事が行われたことが記されています。
  • 周囲に立ち並ぶ高い杉並木。五本スギの存在感を一層際立たせる、深い森の風景もまた魅力の一つです。

季節ごとの表情

五本スギは一年を通して訪れることができますが、季節によって異なる趣を見せてくれます。新緑の輝く初夏、参道に山の生命が満ちる秋、そして雪に覆われ深い静寂に包まれる冬。とりわけ、朝霧が袈裟山の斜面に立ちこめる早朝の時間帯は、まさに神域そのものといった神秘的な情景が広がります。冬季は積雪により林道が通行困難となる場合があるため、事前に道路情報を確認のうえ、お出かけください。

周辺の観光情報

五本スギを訪れた後は、ぜひそのまま参道を上り、千光寺の本堂や円空仏寺宝館、両面宿儺を祀る宿儺堂、そして市指定有形文化財である囲炉裏の間などを拝観されるのがおすすめです。境内の一角からは、晴れた日には御嶽山の雄姿を望むことができ、気象条件に恵まれれば「千光寺の霧の海」と呼ばれる雲海の絶景に出会えることもあります。

千光寺のある丹生川町からは、飛騨高山の中心地までは車でおよそ三十分。江戸時代の風情を残す古い町並みや朝市、高山陣屋など、高山観光の定番スポットも気軽に訪れることができます。さらに北へ進めば、平湯温泉や奥飛騨温泉郷、北アルプスの玄関口へと続く広々とした景観が広がっており、自然と歴史を組み合わせた飛騨周遊の旅に、千光寺と五本スギは絶妙な彩りを添えてくれます。

Q&A

Q千光寺の五本スギの樹齢はどのくらいですか。
Aおよそ一千二百年から一千五百年と推定されています。樹木を傷めずに正確な年齢を測ることはできませんが、樹形や幹回りの大きさ、また千光寺の創建伝承との照合から、この範囲が妥当とされています。
Qなぜ「五本スギ」と呼ばれているのですか。
A一つの根元から立ち上がった幹が、地上およそ六メートルの位置で五本に分かれ、それぞれが空に向かってまっすぐに伸びているためです。一見すると五本の杉が並んで立っているように見えることから、この名がつけられました。
Q高山駅からのアクセス方法を教えてください。
AJR高山駅から車またはタクシーで約二十五分です。千光寺への直行バスはなく、参道は山道で道幅が狭い箇所もあるため、レンタカーやタクシーの利用が便利です。
Q五本スギの見学に料金は必要ですか。
A五本スギ自体は参道沿いに立っており、見学に料金はかかりません。ただし、円空仏寺宝館の拝観には別途拝観料が必要で、開館期間は概ね四月から十一月までとなっています。
Q冬でも五本スギを見ることはできますか。
A五本スギ自体は通年見学できますが、冬季は積雪のため林道の通行が困難となる場合があります。訪問前に道路状況を確認し、必要に応じてスタッドレスタイヤなどの冬装備を整えてお出かけください。

基本情報

名称 千光寺の五本スギ(せんこうじのごほんすぎ)
指定区分 国指定天然記念物(昭和四年〈一九二九年〉四月二日指定)
所在地 〒506-2135 岐阜県高山市丹生川町下保一五五三
推定樹齢 約一千二百年から一千五百年
樹高 約四十七メートル
幹周り 約十二メートル
管理団体 高山市
所在寺院 袈裟山 千光寺(高野山真言宗)
アクセス JR高山駅から車で約二十五分
拝観料 五本スギは無料/円空仏寺宝館は別途拝観料

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁)― 千光寺の五本スギ
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/161268
岐阜県公式ホームページ ― 千光寺の五本スギ
https://www.pref.gifu.lg.jp/page/366574.html
飛騨千光寺 公式サイト ― 千光寺について
https://senkouji.com/about/
飛騨千光寺 公式サイト ― 諸堂案内
https://senkouji.com/haikan/
岐阜県観光公式サイト「岐阜の旅ガイド」― 千光寺
https://www.kankou-gifu.jp/spot/detail_1233.html
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/1253

最終更新日: 2026.05.05