東之宮古墳 ― 木曽川を見下ろす山頂に眠る初期古墳の王
昭和48年(1973)3月、犬山市の白山平山の山頂で盗掘事件が起きた。被害確認のため同年8月から9月にかけて緊急の発掘調査が行われ、後方部の竪穴式石槨の中から銅鏡11面、石製品、玉類、鉄製品が次々と姿を現した。石槨内に整然と納められた副葬品は、古墳時代前期のままの状態で1700年以上もの間、地中に保たれていたことになる。これが、愛知県下で最古級の前方後方墳として知られる東之宮古墳である。
古墳は木曽川左岸、標高143メートルの白山平山の西端頂に築かれている。山頂に立つと、足下には犬山の市街と木曽川の流れが広がり、遠くは濃尾平野の北端まで見渡せる。山の地質はチャートと呼ばれる赤い堆積岩で、登山道沿いには褶曲した岩肌が露出している。古墳を築いた人々は、まずこの岩盤を平らに削って基盤をつくり、その上に山麓から運んだ土を盛り上げて墳丘を仕上げた。
前方後方墳という形と、二段築成の墳丘
東之宮古墳の形は前方後方墳である。ヤマト王権が好んだ前方後円墳とは異なり、二つの方形を組み合わせたこの形は、古墳時代前期の中部・東日本にしばしば見られる。後方部に主たる被葬者を埋葬し、前方部は祭祀の場であったとする見方が一般的だが、東之宮古墳の場合は前方部にも埋葬施設が一つ確認されている。
墳丘の規模は全長約72メートル。後方部は長辺49メートル・短辺48メートル、高さは9メートルに達する。前方部は長さ24メートル、幅43メートル、高さ7メートル。後方部西端の前方部は土取りで一部失われているが、北側から見上げると当初の輪郭がよく残っている。築造当時は墳丘全体に葺石が施されていた。葺石は白山平で採れる赤色のチャートを主体とし、丸い川原石も交えている。後者は木曽川の河原から運び上げたものと考えられている。後方部は二段に築かれており、テラスの存在は平成17年(2005)以降の範囲確認調査によってようやく確認された。
主体部は後方部の墳頂に二か所、前方部に一か所、計三か所が知られる。昭和48年に発掘されたのは後方部の竪穴式石槨で、長さ4.8メートル、幅約96センチを測る。側壁には凝灰岩と花崗岩の細長い石材を小口積みで組み上げ、内面は小さな礫を積んで仕上げ、表面はベンガラと呼ばれる赤色顔料で塗られていた。天井は7枚の凝灰岩の板石で覆い、その上を粘土で丁寧に密封している。床面には木棺を据えた粘土床の痕跡が残っていたが、木棺そのものはすでに失われていた。
史跡指定の理由 ― 副葬品の質と量、保存状態の良さ
東之宮古墳は昭和50年(1975)7月19日に国の史跡に指定された。発掘調査からわずか2年後の早い決定である。その後、平成22年(2010)2月22日に周辺地が追加指定された。出土品のうち、石槨内から発見された一括資料は昭和53年(1978)6月15日に「尾張東之宮古墳出土品」として国の重要文化財に指定され、現在は京都国立博物館に収蔵されている。
古墳時代前期の遺跡として東之宮古墳が特別な位置を占める理由は、大きく三つある。第一に副葬品の充実ぶり。一つの石槨から銅鏡が11面まとまって出土する例は、畿内の大型古墳と比べても遜色がない。第二に墳丘の保存状態の良さで、激しい雨や地震を経てきた1700年余りの間、大規模な崩壊を起こしていない。第三に文化交渉の証左としての価値である。三角縁神獣鏡4面はヤマト王権との関係を示し、他方で濃尾平野にしか分布しない人物禽獣文鏡4面の存在は、被葬者がこの地で独自の工人集団を掌握していたことを示唆する。鳥頭表現を持つ最古級の四獣形鏡も含まれる。
築造年代については、副葬品の検討から従来は4世紀とされてきたが、近年の東海地域の土師器編年を踏まえると3世紀後葉まで遡る可能性も指摘されている。犬山市が公表する基本情報では「3世紀後半から4世紀初頭」とされており、愛知県内では最古級に位置づけられる。
現地で見ておきたいもの
墳丘の姿が最もよく分かるのは北側からの眺めである。前方後方墳の形が良好に残るのはこの側で、ゆっくりと外周を歩くと後方部のテラスにあたる段差にも気づく。北側の解説板には出土した11面の鏡が原寸大写真で掲げられており、実物が京都にある以上、ここで全体像をつかむのが現地での要となる。
登り口は成田山側にある。チャートの岩肌が露頭する山道を15分ほど登ると、頂上の平坦地に出る。古墳の手前には東之宮社が鎮座しており、神域に立ち入る際は静かに歩きたい。山頂は標高140メートルほどで、木曽川を挟んで対岸を見渡せ、西を望めば犬山城の天守も確認できる。
もう一つ、訪問日を選べる人にお勧めしたいのが冬至の朝である。一年で最も日が短いこの日、太陽は古墳の中軸線にぴたりと重なる位置から昇る。これが偶然か意図かは確定していないが、設計者の何らかの意識を感じさせる現象で、年に一度だけの光景を見るために早朝の登山を選ぶ人もいる。
古墳周辺は飛騨木曽川国定公園に指定されており、植物の採集・持ち込みは禁じられている。照明はなく、トイレや売店もない。日没前に下山できる計画で訪れたい。
周辺の見どころ
犬山市は東之宮古墳と並んで、愛知県下二位の規模を誇る前方後円墳・青塚古墳を有する。古墳ガイダンス施設には東之宮古墳出土の銅鏡のレプリカが展示されており、副葬品をじっくり眺めたい人にはこちらを合わせて訪ねるとよい。市内にはほかに妙感寺古墳もあり、犬山という地が古墳時代から木曽川水系の要衝であったことが景観からも実感できる。
木曽川を見下ろす崖上には犬山城がある。現存する天守としては国内最古級で国宝に指定されている。城下町には江戸期の町家が残り、串もの食べ歩きで人気の通りが続く。茶の湯に関心があれば、織田有楽斎ゆかりの茶室「如庵」(国宝)を有する有楽苑も近い。成田山名古屋別院は東之宮古墳の登り口とほぼ同じ尾根上にあり、こちらからは木曽川と犬山城を一望できる。
犬山遊園駅から木曽川の河原に降りれば、温暖期には日本ライン下りの船が発着する。夏の夕方には鵜飼の実演も催され、古墳時代の権力者が見下ろしたであろう同じ川面が、別の表情を見せてくれる。
Q&A
- 石槨や副葬品を現地で見ることはできますか
- 石槨は平成24年(2012)に保存のための再調査が行われた後、ふたたび埋め戻されており、現在は地中にあります。出土した銅鏡や石製品などは京都国立博物館に収蔵されています。墳丘の北側に設置された解説板で銅鏡の原寸大写真を見られるほか、青塚古墳史跡公園のガイダンス施設には銅鏡のレプリカが展示されています。
- 古墳までの登り道はどの程度の難易度ですか
- 成田山側入口から山頂までは徒歩で15分ほど。標高差は約100メートルで、整備された道ですが急な箇所もあります。手すりはほとんどなく、雨上がりはチャートの岩盤が滑りやすいので、歩きやすい靴でお越しください。山頂は陽射しを遮るものが少ないため、夏の昼下がりは特に水分の確保を。
- いつ訪れるのがよいでしょうか
- 空気の澄む春先と晩秋は、山頂からの眺望が特によい時期です。冬至の朝、太陽が古墳の中軸線から昇る現象は他では味わえない体験です。雨天時の登山道は滑りやすく、夜間は照明がないため日中の訪問が前提となります。
- 被葬者はだれだったと考えられていますか
- 名は伝わっていません。墳丘の規模と副葬品の質量から、3世紀後半から4世紀初頭ごろ、濃尾平野北部を治めた有力な首長と推定されます。三角縁神獣鏡をもつ点でヤマト王権との結びつきが、人物禽獣文鏡をもつ点で地元の工人集団を掌握していたことがうかがえます。
- 入場料や開園時間はありますか
- 神社地と公有地のため、見学は無料で時間制限もありません。ただし照明設備はなく、足元の悪い箇所もあるため、明るい時間帯の見学をお勧めします。駐車場は成田山側入口付近に2台分のみのため、公共交通機関での来訪が望ましいでしょう。
基本情報
| 名称 | 東之宮古墳(ひがしのみやこふん) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県犬山市大字犬山字北白山平7番地 |
| 指定区分 | 国指定史跡(昭和50年7月19日指定、平成22年2月22日追加指定)/出土品は重要文化財「尾張東之宮古墳出土品」(昭和53年6月15日指定、京都国立博物館蔵) |
| 時代 | 古墳時代前期(3世紀後半~4世紀初頭) |
| 形状 | 前方後方墳、後方部は二段築成、葺石あり |
| 規模 | 全長約72m/後方部 48×49m・高さ9m/前方部 長さ24m・幅43m・高さ7m |
| 埋葬施設 | 竪穴式石槨(長さ4.8m、幅約96cm)、凝灰岩・花崗岩の小口積、内面にベンガラ塗布、天井石7枚 |
| 副葬品 | 銅鏡11面、石製品7点、玉類141点、鉄製品58点(京都国立博物館蔵) |
| アクセス | 名鉄犬山遊園駅から徒歩約15分/名鉄犬山駅から徒歩約25分 |
| 料金・開園 | 無料、終日開放(夜間は照明なし) |
| 問い合わせ | 犬山市教育部 歴史まちづくり課 埋文・記念物担当 電話 0568-44-0354 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)― 東之宮古墳
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1459
- 文化遺産オンライン ― 東之宮古墳
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/138544
- 文化遺産オンライン ― 尾張東之宮古墳出土品
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/135094
- 犬山市公式サイト ― 史跡 東之宮古墳
- https://www.city.inuyama.aichi.jp/kurashi/bunka/1003488/1003981/1003511.html
- 犬山観光ナビ ― 東之宮古墳
- https://inuyama.gr.jp/experience/detail/22/
- 愛知エースネット(愛知県教育委員会)― 東の宮古墳
- https://apec.aichi-c.ed.jp/kyouka/shakai/kyouzai/2018/syakai/owari/owa0052.htm
最終更新日: 2026.05.18