敷地でいちばん古い建物

なべしま銘茶土蔵は、岐阜県高山市下一之町12の敷地奥に建つ江戸後期の土蔵で、平成29年(2017年)6月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。国指定文化財等データベースは建設年代を1751年から1830年ごろとする。

この年代には意味がある。同じ敷地の通り側に建つ店舗兼主屋は、明治二十五年(1892年)の大火のあとに建て直されたものである。奥の土蔵はそれより一世紀ほど古い。つまり、火が来たときにはすでにそこに建っていた。

土蔵とはそのための建物である。木の軸組に荒壁を幾層も塗り重ね、表面を漆喰で仕上げる。厚い壁は輻射熱を長時間せき止め、周囲の軽い建物が燃え落ちても中身を守る。火事の多い町の商人が、商品も帳簿も家財も蔵に入れたのは、一晩の火で家業が終わらないようにするためだった。高山のように大火のたびに町並みを建て直してきた町では、敷地でいちばん古い建物が蔵であることが珍しくない。

規模は南北五間、東西四間。二階建で、建築面積は68平方メートルである。

古式を残す土蔵として

登録基準は、通りに面した店舗兼主屋のそれとは異なる。店舗が「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で登録されたのに対し、土蔵は「造形の規範となっているもの」として登録された。登録番号は21-0251。

この評価を支えているのは、明治以降には次第に姿を消していった手法の集まりである。屋根は置屋根形式。壁体とは構造的に切り離し、塗り込めた箱の上に別の小屋組を載せる。火が屋根に回っても、屋根だけを失えばよく、防火の殻そのものは破られない。棟は南北に通り、切妻。入口は平入で、桁行側に開く。

柱はやや内転びに立てられている。垂直から少しだけ内側に傾けて立ち上げる手法で、軸組の変形に対する抵抗が増す。見上げてもその傾きを直接感じ取ることは難しい。感じ取れるのは、壁面が垂直に切り立つのではなく、どこか据わって見えるということのほうである。解説文はこの点を、当地域における土蔵の古式を示すものとして挙げている。

外壁は白漆喰仕上げ。一階に両開扉を持つ入口と窓を設け、二階に窓を二つ開ける。土蔵の開口が少なく、かつ重いのは当然のことで、穴はそのまま熱の弱点になる。近所で火が出れば、両開の扉を閉め、隙間に土を目塗りして塞いだ。

所有者側は、この蔵を国学者田中大秀(安永6年/1777年〜弘化4年/1847年)の父、田中弥兵衛が江戸後期に建てたものと説明している。大秀は高山一之町の薬種商の家に生まれ、本居宣長に入門した人物で、『竹取翁物語解』の著述や荏名神社の再興で飛騨に名を残した。ただし国のデータベースは本件の建設者を記録していない。この由緒は所有者側の伝承として受け止めるのが妥当で、少なくとも年代の上で矛盾はない、という程度に留めておきたい。

どう見るか

土蔵は店舗兼主屋の西側、敷地の奥にある。間口が狭く、奥に長く建物と庭が続くという高山の町家の敷地構成そのままの位置である。観光施設ではなく、独自の公開時間も設けられていない。

したがって現実的な手順は、通りに面した店舗を訪ね、そこで蔵を見られるかどうか尋ねることになる。店舗の営業時間は10時から17時、火曜定休で、年末年始にも休みがある。撮影についても同様に、まず店の人に確認したい。所在地は高山市下一之町12番地、電話0577-32-4086。JR高山駅から徒歩13分ほど、宮川を渡って北へ向かう。

通りからでも、この組み合わせは読み取れる。一つの間口に登録文化財が二棟、その間におよそ百年。奥の白い塊と、道に面した板連子の木の面は、同じ町の建築の連続した習慣が違う世紀に現れた姿である。

土蔵という形式に関心があるなら、高山には見るべきものがまだある。登録有形文化財だけでも、令和6年(2024年)12月に登録された本町四丁目の寿美吉旅館土蔵(旧住質店質蔵)や、旧山岸写真館土蔵などが市内にある。徒歩圏の三町および下二之町大新町の伝統的建造物群保存地区にも、登録はされていないが通りの裏手から見える蔵が数多く残る。

Q&A

Qなべしま銘茶土蔵はいつ建てられたのですか。店舗兼主屋より古いのですか。
A文化庁のデータベースは江戸後期、1751年から1830年ごろとしています。通りに面する店舗兼主屋は明治中期の建物で、明治二十五年の大火後の再建です。土蔵はそれより約一世紀古く、この大火以前に遡ります。
Qなべしま銘茶土蔵は見学できますか。
A営業中の商業施設の敷地奥にあり、独自の公開時間や拝観制度はありません。通りに面した店舗(10時〜17時、火曜定休)を訪ね、見学の可否を尋ねてください。無断で敷地奥に立ち入ることは避けてください。
Qなべしま銘茶土蔵の置屋根形式とはどのようなものですか。
A塗り込めた壁体と屋根を構造的に分け、箱の上に小屋組を載せる形式です。屋根に火が回っても屋根だけを失えばよく、防火の殻は保たれます。本件は切妻で棟を南北に通し、平入としています。
Qなべしま銘茶土蔵はなぜ登録有形文化財になったのですか。
A平成29年6月28日、登録番号21-0251で「造形の規範となっているもの」として登録されました。柱をやや内転びに立てる手法などが、高山地域における土蔵建築の古式を示すものと評価されています。
Qなべしま銘茶土蔵を建てたのは誰ですか。
A国のデータベースに建設者の記録はありません。所有者側は国学者田中大秀の父、田中弥兵衛が江戸後期に建てたと説明していますが、これは一次資料で確認されたものではなく、家に伝わる由緒として受け止めるのが適切です。

基本情報

名称なべしま銘茶土蔵(なべしまめいちゃどぞう)
所在地岐阜県高山市下一之町12(〒506-0843)
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 21-0251/登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成29年(2017年)6月28日登録(第87回)
員数1棟
寸法土蔵造2階建、鉄板葺、建築面積68平方メートル/南北五間、東西四間/江戸後期(1751〜1830年ごろ)
所有者国指定文化財等データベースに所有者名の記載なし。敷地は株式会社なべしま銘茶が使用
公開状況独自の公開なし。敷地前面の店舗(10:00〜17:00、火曜定休、年末年始休業あり)で要確認

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース ― なべしま銘茶土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011698
文化遺産オンライン ― なべしま銘茶土蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/222604
松翁園なべしま銘茶 ― なべしま銘茶とは
https://www.nabeshimameicha.com/about/
岐阜県 ― 田中大秀墓
https://www.pref.gifu.lg.jp/page/7336.html
高山市 文化財保存活用地域計画 資料編(文化財一覧)
https://www.city.takayama.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/018/881/list00.pdf

最終更新日: 2026.08.06