茗荷屋の梅田家住宅主屋とは

梅田家住宅主屋は、岐阜県各務原市鵜沼西町の旧中山道鵜沼宿にある江戸時代後期(1751〜1829年)の、旅籠茗荷屋を営んだ梅田家の町家で、平成18年(2006年)3月27日に国の登録有形文化財(建造物)となった(文化庁)。読みは「うめだけじゅうたくしゅおく」。

文化庁の記録では、構造は木造平屋建、瓦葺、建築面積は166平方メートルとされる。登録番号は21-0082である。

街道に向けた表構え

梅田家住宅主屋は旧中山道に北面して建つ。桁行6間、梁間5間の切妻造、平入の町家で、正面は1階のほぼ東半分に出格子を設け、2階には袖卯建をあげて、縦格子を入れた窓を左右対称に配する(文化庁)。柱や長押を外に見せた外観である。

旧中山道に面した茗荷屋の梅田家住宅主屋の正面
旧中山道に面した茗荷屋の梅田家住宅主屋の正面Suikotei / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

各務原市の解説では、正面の西側に大戸を構え、外壁は黒漆喰で仕上げる。隣の建物と軒をそろえ、街道沿いに連なる家並みの一部をなしている。

階数については資料の記述が分かれる。文化庁の登録データは構造を木造平屋建とするが、同じ解説文は2階の袖卯建と窓に触れ、各務原市は木造2階建としている。

登録有形文化財としての価値

文化庁は梅田家住宅主屋を、旧鵜沼宿で唯一近世にさかのぼる町家建築として貴重とし、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録した。

各務原市によると、明治24年(1891年)の濃尾震災のとき、この辺りで倒壊を免れたのは梅田家だけだった。市は旅籠の様子を今に伝える建物として、平成20年(2008年)に景観重要建造物とした。

見どころ

梅田家住宅主屋の前に立ったら、まず2階の両端を見たい。左右に張り出した袖卯建が、格子窓の並ぶ2階の正面を額縁のように区切っている。

1階は東寄りの出格子と西寄りの大戸で、左右の表情が異なる。黒漆喰の壁と、外に見せた柱・長押との対比は、通りの向かい側から眺めるとよく分かる。

見学について

梅田家住宅主屋は個人の住まいで、各務原市によれば内部は公開されていない。見学は旧中山道からの外観に限られる。主屋の東には同じ梅田家の離れが接続しており、街道から2棟を続けて眺めることができる。

Q&A

Q茗荷屋の梅田家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A江戸時代後期で、文化庁は1751〜1829年の建築としています。
Q梅田家住宅主屋(茗荷屋)は何が貴重なのですか?
A文化庁によれば、旧鵜沼宿で唯一近世にさかのぼる町家建築です。各務原市は、明治24年(1891年)の濃尾震災でも倒壊しなかったとしています。
Q梅田家住宅主屋(茗荷屋)の中は見学できますか?
A各務原市によれば内部は非公開です。旧中山道から外観を見ることができます。
Q梅田家住宅主屋(茗荷屋)は何階建てですか?
A文化庁の登録データは木造平屋建としていますが、解説文は2階の袖卯建に触れ、各務原市は木造2階建としています。
Q梅田家住宅主屋が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成18年(2006年)3月27日です(文化庁)。

基本情報

名称梅田家住宅主屋(うめだけじゅうたくしゅおく)
所在地岐阜県各務原市鵜沼西町1-530
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)3月27日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積166㎡(文化庁の登録データ)
所有者文化庁データベースに記載なし(個人の住まい)
公開状況外観のみ(内部非公開)

参考文献

梅田家住宅主屋(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005454
梅田家住宅主屋(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/170762
景観重要建造物(各務原市)
https://www.city.kakamigahara.lg.jp/shisei/shisaku/1008207/1008297/1008315.html
古い家並み(各務原市 中山道鵜沼宿)
https://www.city.kakamigahara.lg.jp/kankobunka/1010039/unuma/1004978/1005001.html

最終更新日: 2026.11.02