屋敷で最も古い文化2年の隠居

矢橋家住宅隠居(竹雪廬)は、岐阜県大垣市赤坂町の旧中山道沿いにある文化2年(1805年)建築の隠居屋で、平成9年(1997年)7月15日に国の登録有形文化財に登録された。竹雪廬は「ちくせつろ」と読む。

隠居は、家督を譲った先代が移り住むための建物である。矢橋家住宅隠居(竹雪廬)は屋敷の西端にあり、主屋から表門を挟んだ位置で街道に面して建つ。木造平屋建、瓦葺、建築面積は78平方メートル。主屋より28年早く、文化庁は屋敷内で最も古い建物としている。

つまりこの屋敷の建物のなかで、赤坂宿が江戸と京を結ぶ往来でにぎわっていた時代を最も長く見てきたのが、この小さな隠居ということになる。「竹雪廬」の3字はそれぞれ竹・雪・庵を意味するが、命名の経緯を記した公開資料は見当たらない。

平屋に二重の屋根、町家の顔

矢橋家住宅隠居(竹雪廬)は「再現することが容易でないもの」という基準で登録された。文化庁は、各部に用いられた材料や仕上げの質の高さを挙げている。同じ基準で登録されたのは、ほかに書院(紅於亭)だけである。

外観にはひと工夫がある。平屋建てでありながら屋根を二重にかけ、道路側には千本格子を入れて、通りから見ると2階建ての町家と並んでも見劣りしない顔をつくっている。街道の家並みの高さを崩さないための配慮とみることができる。

内部は細かく部屋を仕切っていると記録されている。広い座敷を一続きにとる書院とは対照的で、隠居として暮らすための小さな部屋を重ねた間取りと考えられる。

通りから見たいところ

矢橋家住宅隠居(竹雪廬)は、主屋・表門と並んで街道から姿が見える3棟の一つである。まず屋根に目を向けたい。下の屋根と上の屋根が段になって重なり、平屋の上にもう一層あるかのような輪郭をつくっている。

次に道路側の千本格子。主屋の格子と見比べると、隠居の側が町家風の外観をまとうことで、屋敷の正面が1本の街並みとしてつながって見えるように整えられているのが分かる。西端にあたるので、表門越しに主屋まで視線を流すと、屋敷の間口全体の長さもつかめる。

見学方法

矢橋家住宅隠居(竹雪廬)は非公開で、内部の見学はできない。外観は旧中山道の路上から見られる。

撮影は公道からにとどめ、格子の内側をのぞき込まないようにしたい。見学料や予約の仕組みはない。

Q&A

Q矢橋家住宅隠居(竹雪廬)は見学できますか?
A内部は非公開で見学できません。街道に面して建っているため、外観は旧中山道の路上から見ることができます。
Q矢橋家住宅隠居(竹雪廬)はいつの建物ですか?
A文化庁の記録では文化2年(1805年)の建築で、矢橋家住宅8棟のうち最も古い建物です。平成9年(1997年)7月15日に登録有形文化財に登録されました。
Q矢橋家住宅隠居(竹雪廬)の外観の特徴は何ですか?
A平屋建てながら屋根を二重にかけ、道路側に千本格子を入れて町家風の外観にしている点です。材料や仕上げの質の高さから、「再現することが容易でないもの」として登録されています。
Q矢橋家住宅隠居(竹雪廬)の登録番号と登録基準は何ですか?
A登録番号は21-0003で、登録基準は「再現することが容易でないもの」です。矢橋家住宅でこの基準が適用されたのは、隠居と書院(紅於亭)の2棟だけです。
Q矢橋家住宅隠居の別名「竹雪廬」は何と読みますか?
A「ちくせつろ」と読みます。竹・雪・庵を表す3字からなる名ですが、命名の経緯を記した公開資料は見当たりません。

基本情報

名称矢橋家住宅隠居(竹雪廬)
所在地岐阜県大垣市赤坂町226
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成9年(1997年)7月15日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積78平方メートル
所有者文化庁データベースに記載なし
公開状況非公開(外観は旧中山道から見学可)

参考文献

矢橋家住宅隠居(竹雪廬)(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000242
[62] 矢橋家住宅(大垣市公式ホームページ)
https://www.city.ogaki.lg.jp/0000019629.html
登録有形文化財(建造物)(岐阜県公式ホームページ)
https://www.pref.gifu.lg.jp/page/12417.html

最終更新日: 2026.09.24