群馬県の登録有形文化財
群馬県 · 登録有形文化財
荻野家住宅新蔵は下仁田町の荻野家住宅で敷地の西端に南北棟で建つ昭和前期の土蔵造2階建。屋敷の蔵で唯一の寄棟造で、小屋はトラス組とし、西堀を挟んで旧道に面する敷地背後の景観を整える。2009年に登録有形文化財。
荻野家住宅防火壁は下仁田町の荻野家住宅で主屋の北に接して築かれた大正13年(1924年)ごろの煉瓦造の防火壁。高さ7.3メートルで、主屋前寄りの一部を高くして卯建風に見せる。2009年に登録有形文化財となった。
荻野家住宅店蔵は下仁田町中町の旧脇往還に東面する明治後期の土蔵造2階建の店舗で、主屋と並んで通りに面する。白漆喰の壁にモルタル洗い出しの腰、正面の庇と凝った大棟が特徴で、2009年に登録有形文化財となった。
荻野家住宅南蔵は下仁田町の荻野家住宅で北蔵の南に並ぶ明治24年(1891年)の土蔵造2階建。登録7件で最も古く、切妻造妻入で東面に掛子塗の両開戸を吊り、大梁上の束で棟木を支える。2009年に登録有形文化財。
荻野家住宅物置蔵及び長屋は下仁田町の荻野家住宅の南辺に建つ明治後期の木造の物置蔵と長屋。南側の殿小路に腰をモルタル洗い出しとした白漆喰の壁を連ね、重厚な屋敷構えをつくる。2009年に登録有形文化財となった。
群馬県太田市新田溜池町、旧溜池村名主の片山家の屋敷で、長屋門から主屋土間へ向かう通路の東に建つ大正初期の井戸屋。藪塚石の基壇に切妻造桟瓦葺の覆屋を架け、井戸側は藪塚石を円筒に積み、上部に花崗石の井桁を組む。
群馬県太田市新田溜池町、旧溜池村名主の片山家の屋敷北西隅に建つ明治18年(1885年)頃の道具蔵。土蔵造2階建で、切妻造桟瓦葺の置屋根を載せ、南面に土庇の蔵前をとり、戸口と窓に漆喰塗の観音扉を建て込む。
群馬県太田市新田溜池町、旧溜池村名主の片山家の屋敷で、主屋の東に建つ大正初期の屋外便所。藪塚石を基礎とした切妻造桟瓦葺の細長い平屋で、半畳規模の室を4つ並べ中央2室を大便所とする。上層農家の屋敷構えの一要素。
群馬県太田市新田溜池町、旧溜池村名主の片山家の母屋。明治6年(1873年)頃の切妻造2階建で、三方に下屋を廻し、正面に式台玄関、屋根に養蚕のためのケブダシを上げる。上層養蚕農家の好例として登録された。
群馬県太田市新田溜池町、旧溜池村名主の片山家の屋敷正面に建つ明治6年(1873年)頃の長屋門。桁行10間の切妻造で、2つの門口のあいだに蚕を飼うカイコヤを配し、主屋玄関に対応した門口の構成に特色がある。
群馬県太田市新田溜池町、旧溜池村名主の片山家の屋敷で、主屋の西北に南北棟で建つ明治18年(1885年)頃の衣裳蔵。土蔵造2階建の置屋根で、東面に下屋、南妻面2階に窓を開け、北の蔵とともに主屋の裏庭を構成する。
群馬県桐生市本町の金善ビル。大正10年(1921年)ごろに金善織物の金居常八郎が建てた鉄筋コンクリート造の4階建で、1階を石積み風、上階を白タイル張りとしセセッション風装飾を付ける。地方の初期RC造ビルの好例。
群馬県高崎市倉渕町の烏川最上流に昭和26年(1951年)に築かれた砂防堰堤。堤長67メートル、堤高18メートルの重力式コンクリート造で、表面を間知石の谷積みとし、越流する水が渓谷に雄大な水景を生み出す。
群馬県藤岡市の川端家主屋の西側、湯殿の背面に連続して建つ昭和10年の井戸屋形。切妻造・桟瓦葺の四方吹放しの建物で、中央に井戸を据え、四周に玉石をめぐらせて段差をつくる。大規模な屋敷の水まわりを担った施設である。
群馬県藤岡市の川端家の屋敷地西南隅に祀られた明治中期頃の屋敷神の社殿。切石積基壇に建つ総欅造の一間社流造で、向拝の三斗組、身舎の絵様肘木、二軒繁垂木、擬宝珠高欄付きの縁と浜床を備える正統的なつくりである。
群馬県藤岡市の川端家の屋敷の東面に開く正門。袖塀を備えた1間1戸の薬医門で、総欅造、二軒の繁垂木をもち、外側を鏡天井、内側を格天井とする。明治中期頃の建築とみられ、平成13年に国の登録有形文化財となった。
群馬県藤岡市の川端家の屋敷南西隅に建つ明治中期頃の2階建の土蔵。切妻造・桟瓦葺で、主屋側の東面に蔵前の庇と観音扉の入口を設け、両妻に観音扉の2階窓を開け、軒先に蛇腹をめぐらすなど、全体に丁寧なつくりをもつ。
群馬県藤岡市の川端家の屋敷西面、質蔵の北に建つ明治中期頃の木小屋。屋敷内で間伐した樹木を保管するための南北に細長い平屋で、東面を吹放し、他を土壁とする。豪農の屋敷の構成要素として欠かせない建物である。
群馬県藤岡市の川端家の屋敷西側で奥蔵の背後に並ぶ明治中期頃の2階建の土蔵。両妻に観音扉の窓を上下に設け、東面の庇の南端を出入り口、残りを畳敷の前座敷とするなど、質蔵としての性格がつくりによく表れている。
群馬県藤岡市立石新田の豪農川端家の主屋。江戸後期の民家を骨組みに、街道側の土間部を明治前期頃に2階建へ改造した建築面積218㎡の建物で、この地域の民家の変遷をよく伝える。平成13年に登録有形文化財に登録された。