旧赤城山鋼索鉄道赤城山頂駅駅舎及びプラットホーム — 鳥居峠に残る昭和のケーブルカー終着駅

群馬県赤城山の山上、標高1,390メートルの鳥居峠に、戦後日本の交通遺産のなかでもひときわ印象深い建造物が静かに佇んでいます。旧赤城山鋼索鉄道赤城山頂駅駅舎及びプラットホームは、かつて赤城山の東斜面を急角度で登ってきたケーブルカーの終着駅でした。鉄道としての役目はわずか十年あまりで終わってしまいましたが、堅牢な鉄筋コンクリートの躯体は朽ち果てることなく、現在は国の登録有形文化財として、また展望カフェ兼小さな鉄道資料館として、多くの旅人を迎え続けています。昭和の旅人が降り立った、まさにそのプラットホームの跡に立てる稀有な場所です。

戦後復興期の山岳観光計画

昭和30年代、戦後の復興が一段落しはじめた頃、東武鉄道株式会社は首都圏と上州・赤城山を結ぶ一大観光ルートを構想します。東京・浅草駅から群馬県内の新大間々駅(のちの赤城駅)までを直通急行で結び、桐生駅・赤城駅・水沼駅を経由する路線バスで赤城山の麓・利平茶屋まで運ぶ。そしてもっとも険しい最後の登りを担うのが、東武鉄道の子会社である赤城登山鉄道が運営するケーブルカー、すなわち赤城山鋼索鉄道でした。

ケーブルカー・ロープウェイ・リフトを含む施設一式の建設は昭和31年(1956)に着工され、昭和32年(1957)7月21日、利平茶屋駅と赤城山頂駅を結ぶ鋼索鉄道が開業します。全長わずか約1.1キロ、その間に標高差363メートルを一気に駆け上がるという、関東でも屈指の急勾配路線でした。総工費は約4億円と伝えられます。これによって、朝に浅草を発った旅人が午後には赤城のカルデラに立ち、温泉や大沼の遊覧船、そして赤城神社への参拝を一日のうちに楽しめる時代が、ほんの短いあいだながら実現したのです。

わずか10年あまりで姿を消したケーブルカー

しかし、その繁栄は長くは続きませんでした。昭和30年代後半から自家用車が急速に普及し、前橋市側から山頂へ至る道路も整備・拡幅されると、桐生側からバスとケーブルカーを乗り継ぐ長い道のりは敬遠されるようになります。利用者は急減し、昭和42年(1967)11月5日に全線休止、昭和43年(1968)6月1日に正式に廃止されました。開業からわずか10年あまりという短い生涯でした。線路や鉄橋、プラットホームの上屋などはこのとき撤去され、山中に残ったのは橋脚の一部と、山頂駅・利平茶屋駅の駅舎跡だけとなりました。

しかし、山頂駅の駅舎は容易に取り壊せるような建物ではありませんでした。鉄筋コンクリート造、地下1階・地上2階建てというがっしりとした構造で、厳しい山頂の気象条件にも耐えうる堅牢さを備えていたのです。およそ20年のあいだ駅舎は手つかずのまま残されましたが、昭和58年(1983)、赤城山一帯で観光事業を営む有限会社大沼山荘がこの駅舎を借り受け、「展望レストラン」として新たな歩みを始めました。それから半世紀近い時を経て、平成30年(2018)5月10日、ついに国の登録有形文化財に登録され、その文化財としての価値が公に認められることになります。

なぜ登録有形文化財に指定されたのか

文化庁による解説では、本建造物は「赤城山頂にある東武鉄道路線網を構成したケーブルカーの終着駅」であり、「山頂側を正面に駅舎を建て背面に階段状プラットホームを接続する」構成が特徴とされています。内部は吹抜けの大空間として待合室と改札を兼ね、一部の二階を無線室として利用するという、独特の機能配置を採っていました。

とりわけ高く評価されているのが、この建物が立地する困難な敷地条件です。山頂駅は鳥居峠という細い尾根上にあり、ケーブルカー側は急斜面、反対側はすぐに県道が走るという制約のなかで、乗降客・改札・運転制御・職員の宿直など多様な機能を一つの建物にまとめなければなりませんでした。設計者たちは、コンパクトな鉄筋コンクリート造の躯体のなかに空間と機能を巧みに織り込むことでこれに応えました。高度経済成長期初頭の楽観的な観光建築の良質な遺例として、本建物は確かな価値を持っています。

頭端式という珍しいプラットホーム

駅舎の背面に接続するプラットホームは「頭端式(とうたんしき)」と呼ばれる、上から見ると櫛形を形成する独特の構造です。平行する2面のホームが櫛の歯のように並び、駅舎側がその根元にあたります。下から登ってきたケーブルカーは2両それぞれがホームの先端に停車し、乗客はどちら側にも降りられました。延長19.36メートル・面積151.98平方メートルの鉄筋コンクリート造のプラットホームは今も現地に残っており、その急角度の傾斜を実際に目にすると、利平茶屋から登ってくる路線がいかに急峻であったかが一目で実感できます。

訪れる人を迎える今の駅舎の見どころ

この駅舎は、静かに眠る廃墟ではありません。鉄筋コンクリートの躯体を丁寧に保存しながらも、山々に向けて大きな窓が開かれた、生きて働く建物です。一歩足を踏み入れると、天井をあえて取り払い屋根の下地をあらわしにした、開放感ある吹抜けの大空間が広がります。天窓から落ちる光のなかで、壁面には鋼索鉄道時代の写真・時刻表・案内板といった貴重な資料が展示されており、来館だけであれば無料で見学することができます。

2階の展望スペースからは、赤城山らしい三つの景観が大きな窓越しに広がります。中央火口丘と大沼を擁する内輪のカルデラ、足元に静かにたたずむ覚満淵、そして晴れた日には桐生方面の関東平野までも見渡せます。建物の側面に回って小さな窓から下を覗き込むと、かつてケーブルカーが下っていった切通しの遺構が森の中に見え隠れし、当時の急勾配を想像せずにはいられません。ちょっとした見どころとして、この建物のなかには前橋市と桐生市の境界線が走っており、コーヒーを片手に「片足は前橋、片足は桐生」という体験もできます。

ほぼ日による新たな章のはじまり

令和6年(2024)秋、駅舎は新たな時代を迎えました。長らく駅舎を守ってこられた大沼山荘から、コピーライターの糸井重里氏が率いる株式会社ほぼ日へと所有者が引き継がれたのです。ほぼ日は「ほぼ日刊イトイ新聞」や「ほぼ日手帳」で知られる東京の創作・出版企業ですが、文化財の保存と通年での活用を掲げ、丁寧なリニューアル工事を実施しました。老朽化した東側の鉄筋コンクリート製の突出部分を撤去し、その跡地には景色を楽しめるテラスを設置。外装の塗り直しと、洋風の駅舎を想起させる内装の再構成を経て、令和7年(2025)から営業が再開されています。冬期にも閉鎖されない、四季を通じて楽しめる山頂の文化施設として、新たな歩みを始めたところです。

かつてのケーブルカー跡をたどる山歩き

時間と歩く靴がある旅人には、山頂駅と利平茶屋駅を結んでいた線路跡の一部がトレッキングコースとして開放されています。ブナや白樺の森を下りながら歩いていくと、消えた橋の橋脚、中間点でケーブルカー同士がすれ違っていた交差部の跡、そして最後に利平茶屋駅の遺構が次々とあらわれます。利平茶屋駅周辺は桐生市営の利平茶屋森林公園として整備されており、駅舎跡には東屋が立ち、ホーム跡の輪郭が今もうっすらと残っています。

鳥居峠周辺の見どころ

山頂駅は、東日本でもっともアクセスしやすい火山景観の一つである赤城カルデラを巡る、絶好の起点でもあります。赤城山は黒檜山を主峰とし、駒ヶ岳・地蔵岳・荒山・鍋割山・鈴ヶ岳・長七郎山などからなる複成火山で、日本百名山・関東百名山・上毛三山に数えられる名峰です。

  • 大沼(おの) — 鳥居峠のすぐ下に広がるカルデラ湖。夏は釣りやボート、冬はワカサギの穴釣りで賑わいます
  • 覚満淵(かくまんぶち) — 駅舎の真下に広がる小さな湿原。高山植物の宝庫で、木道の周回路を気軽に散策できます
  • 赤城神社 — 大沼に浮かぶ小島に建つ朱塗りの社。赤城山信仰の中心地として古くから親しまれています
  • 黒檜山(くろびさん) — 標高1,828メートルの赤城山の最高峰。大沼湖畔から登山道が伸びています
  • 駒ヶ岳・地蔵岳 — 日帰り登山に人気の山々。山頂からはカルデラ全体を見渡す絶景が広がります
  • 利平茶屋森林公園 — かつての山麓駅跡を活かしたキャンプ場・ピクニックエリア

鳥居峠は、車好きの方々のあいだでは漫画・アニメ『頭文字D』の舞台のひとつとしても親しまれており、週末には登山客・家族連れ・走り屋・ご当地ステッカーを求めて訪れる方々が、思い思いに山の道を行き来する微笑ましい光景が見られます。

Q&A

Q文化財に指定された駅舎の内部を見学することはできますか?
Aはい、見学できます。現在は展望カフェと資料展示スペースとして開放されており、入館料は不要です。壁面に展示された鋼索鉄道時代の貴重な資料を眺めたり、大きな窓辺の席で景色を楽しんだりすることができます。ゆっくり滞在される際には、ぜひメニューからの注文もご検討ください。
Q公共交通機関で鳥居峠まで行くにはどうすればよいですか?
A最も確実なのは、前橋駅から関越交通バスで赤城山頂方面に向かう経路です。所要時間はおよそ70分前後で、大沼バス停付近から鳥居峠までは徒歩20〜30分ほどです。便数は新緑・紅葉シーズンとそれ以外で大きく変わりますので、事前に時刻表をご確認のうえお出かけください。
Q訪問におすすめの季節はいつですか?
A春から秋がもっともアクセスしやすく、楽しみも豊富です。新緑が美しいのは5〜6月、夏は涼を求める方々で賑わい、10月中旬から下旬の大沼周辺の紅葉は特に見事です。冬は厳しい冷え込みと雲海の絶景が魅力ですが、道路状況によりアクセスに制限がある場合もありますので、最新情報を必ずご確認ください。
Qケーブルカー自体は今もどこかで運行されているのでしょうか?
Aいいえ、運行は終了しています。昭和42年(1967)に休止、翌年に正式廃止となり、線路・鉄橋・プラットホーム上屋などの大半は撤去されました。現在残っているのは、山頂駅の駅舎本体と背後のプラットホーム躯体、線路跡に点在する橋脚、そして利平茶屋駅跡のわずかな遺構などです。
Qなぜ鉄道会社ではなくクリエイティブ企業がこの建物を所有しているのですか?
A廃線後、駅舎は複数の民間事業者の手を経て、長らく有限会社大沼山荘がレストランとして運営してきました。令和6年(2024)に、文化財の保存と通年活用を願う譲渡を経て、東京の創作・出版企業である株式会社ほぼ日へと所有が移りました。山の暮らしと文化財を次の世代へ受け継いでいく取り組みの一環として、丁寧な保存と活用が進められています。

基本情報

名称 旧赤城山鋼索鉄道赤城山頂駅駅舎及びプラットホーム
指定区分 登録有形文化財(建造物) 平成30年(2018)5月10日登録
所在地 群馬県桐生市黒保根町下田沢字赤面国有林413イ林小班(鳥居峠上、標高1,390m)
建設年 昭和31年(1956)建設、昭和32年(1957)7月21日開業
運営(廃止時) 赤城登山鉄道(東武鉄道の子会社)
営業期間 昭和32年(1957)7月21日 〜 昭和42年(1967)11月5日休止、昭和43年(1968)6月1日廃止
路線距離 約1.1km、標高差363m
駅舎 鉄筋コンクリート造、地下1階・地上2階建、屋根鉄骨造金属板葺(一部鉄筋コンクリート造陸屋根)、建築面積175.66㎡(当初201.46㎡)
プラットホーム 鉄筋コンクリート造、頭端式2面、延長19.36m、建築面積151.98㎡
現在の用途 「赤城山頂駅記念館 サントリービア・ハイランドホール」として展望カフェ・資料展示室・展望室を運営
所有者 株式会社ほぼ日

参考文献

文化遺産オンライン|旧赤城山鋼索鉄道赤城山頂駅駅舎及びプラットホーム
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/543707
桐生市|旧赤城山鋼索鉄道赤城山頂駅駅舎及びプラットホーム
https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/bunkazai/1010700/kunitouroku/1013412.html
文化庁|国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012293
前橋観光コンベンション協会|旧赤城山頂記念館 サントリービア・ハイランドホール 工事のお知らせ
https://www.maebashi-cvb.com/news/2190
ほぼ日|あかぎのまど。
https://www.1101.com/pl/akaginomado/statuses/454201
mebuku|糸井さん、赤城山で何する? 鳥居峠の旧山頂駅舎を取得
https://mebuku.city/news/interview/41404/
心にググっと観光ぐんま|夢を乗せ走った赤城山鋼索鉄道、登山道を辿りその遺構を偲ぶ
https://gunma-kanko.jp/features/112
ニッポン旅マガジン|旧赤城山鋼索鉄道赤城山頂駅駅舎・プラットホーム
https://tabi-mag.jp/gu0556/

最終更新日: 2026.05.15