屋根を二重に葺いた脱衣場

大穴の洞窟温泉、その入口のすぐ南に、高いコンクリート基礎の上へ小さな平屋が建つ。下の湯に付属した脱衣場である。建築面積はおよそ25平方メートルと小ぶりだが、表面のつくりはどこも尋常でない。切妻の屋根は杉皮で葺いた上に、さらに杉皮を重ねて二重に葺く。外壁もまた杉皮張仕上。少し離れて見ると、コンクリートの基礎から生え出した赤褐色の毛むくじゃらな塊のように映る。

中へ入ると、構造がそのまま説明になっている。内部は二室に分かれ、頭上にはキングポスト・トラスがそっくり露出し、その部材があの重い二重屋根を受けとめる。材は地元、みなかみの山の杉である。惜しみなく使い、隠さずに見せる。この建物の正式名称は「廣池千九郎大穴記念館脱衣場」。湯と同じく昭和12年(1937年)に建てられ、平成15年(2003年)に改修された。

生涯が閉じられた場所

この脱衣場が登録されたのは、大工仕事の妙だけによるのではない。大穴の地は、廣池千九郎が世を去った場所である。昭和13年(1938年)6月4日、利根川上流のほとりの質素な小屋で、家族や側近に見守られながら、午前の遅い時刻に息を引き取ったと財団の記録は伝える。療養のためこの温泉に入った晩年、その最後の日々を囲んだ建物群のひとつが、この脱衣場だ。単なる実用施設ではなく「記念碑的な施設」と説明されるのは、そのためである。

令和7年(2025年)3月13日の登録有形文化財登録にあたり挙げられた基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」だった。この建物が重んじられるのは、それが立つ場所と、それが背負う来歴による、という含みがある。杉皮に覆われた屋根と壁、露わなトラス、湿った地面から建物を持ち上げる高い基礎。それらはひとつの土地とひとつの来歴に属しており、登録はそれらをまとめて残すに値すると見なした。

訪れて見るべきところ

まず屋根を見上げたい。杉皮葺は一重でも珍しいが、その上にもう一重を重ねるとなると、一度指摘されれば二度と見過ごせない選択になる。次に内部でキングポスト・トラスを見上げる。山間の湯屋がこうして構造をあらわに見せることは少ない。その飾らなさは、実質を重んじたと伝わるこの地の主にふさわしい。

脱衣場、洞窟の湯、そして保存された臨終の間は、いずれも数歩の距離に並んでいる。だから見学は個々の点を回るのではなく、ひと続きの流れとして三者を受けとめることになる。谷川・大穴の両記念館は入館無料、開館はおおむね7時から16時で、休館日は不定。建物は小さく、辺りは静かなので、写真を一枚撮って去るより、ゆっくり眺めるのに向いた場所である。

Q&A

Qなぜ脱衣場が文化財なのですか。
A二つの理由があります。杉皮を二重に葺いた屋根と露出したキングポスト・トラスという独特の造り、そして昭和13年(1938年)にこの地で亡くなった廣池千九郎ゆかりの大穴の建物群の一つである点です。
Qキングポスト・トラスとは何ですか。
A水平の梁から中央に立てた束(キングポスト)を棟へ伸ばす三角形の小屋組です。ここでは天井裏に隠さず、室内に見えるかたちで用いています。
Qなぜ瓦や板でなく杉皮なのですか。
Aみなかみの山に杉が豊富だったためで、杉皮張りが建物群に素朴で統一された表情を与えています。地元材を用いた点も登録の理由の一つです。
Q内部を見学できますか。
A大穴記念館の一部として公開されています。小規模な建物で保存管理されているため、見学方法は現地に確認してください。
Qいつ建てられましたか。
A付属する洞窟温泉と同じ昭和12年(1937年)で、平成15年(2003年)に改修されています。登録は令和7年(2025年)3月です。

基本情報

名称廣池千九郎大穴記念館脱衣場
所在地群馬県利根郡みなかみ町大穴字髙平735-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/令和7年(2025年)3月13日登録
登録番号10-0362
年代・改修昭和12年(1937年)/平成15年(2003年)改修
構造・員数木造平屋建、杉皮葺、建築面積25㎡/1棟
所有者公益財団法人モラロジー道徳教育財団
公開状況入館無料/開館おおむね7:00〜16:00、休館日不定

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) — 廣池千九郎大穴記念館脱衣場
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015288
文化遺産オンライン — 廣池千九郎大穴記念館脱衣場
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/596732
モラロジー道徳教育財団 — 登録の官報掲載について
https://www.moralogy.jp/post-44265/
モラロジー道徳教育財団 — 登録有形文化財への答申について
https://www.moralogy.jp/post-43868/

最終更新日: 2026.07.04