敷地の南東隅に建つ3連の鋸屋根工場

森秀織物工場は、群馬県桐生市東4丁目の森秀織物の敷地南東隅に建つ、大正13年(1924年)頃の木造平屋建の織物工場で、平成18年(2006年)8月3日に登録有形文化財に登録された。

屋根は鋸屋根を3つ連ねた形式で、鉄板で葺いている。文化庁の記録では桁行9メートル、梁行25メートル、建築面積208平方メートル。南北に細長い敷地の南の端、森島家住宅の庭の東側にあたり、創業時に建てられた工場群の起点となる建物である。

登録番号は10-0172で、森秀織物の15件の登録番号の先頭を占める。登録名に「旧」が付かないのは、15件のうち森秀織物工場と森島家住宅の5件だけである。

森秀織物工場が登録された理由

森秀織物工場の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、鋸屋根を残して桐生の織物工場の景観を形成している点を評価している。

鋸屋根は、のこぎりの歯のように傾斜の違う屋根を並べ、急な側に明かり取りの窓を設ける工場の屋根である。織物の工場では北向きに窓を開き、時刻による変化の少ない光を機台に落とすのが一般的で、色や織りむらを見分ける作業に向いていた。桐生には今もこの屋根をもつ工場が多く残り、町の景観の目印になっている。

小屋組は木造のトラスで、外壁は南側に建設当初のモルタル塗が残り、ほかの面は鉄板張りに改められている。令和5年(2023年)には、桐生市が森島家住宅と森秀織物工場を一体のものとして歴史的風致形成建造物とした。

森秀織物工場の見どころ

目を向けたいのは屋根の輪郭である。3つの山が同じ勾配で並び、その急な面に窓が連なる。旧工場の鋸屋根より一世代古く、森秀織物が分家独立して工場を構えた大正末期の姿を伝えている。

外壁にも注意したい。南面に残るモルタル塗は大正期の仕上げで、鉄板張りの他の面と比べると、建物が使われながら手を入れられてきた跡が読める。

森秀織物は桐生のお召を専門とする機屋で、昭和37年(1962年)には従業員137人のうち100人ほどが織り手だったと伝わる。森秀織物工場は、その織機が並んだ現場のひとつである。

森秀織物工場の見学

森秀織物工場は、織物参考館“紫”として公開されている建物には含まれていない。内部の見学ができるかは確認できていないため、訪れる際は織物参考館“紫”に問い合わせたい。

織物参考館“紫”の入口は敷地の北側にあり、そこから南へ延びる通路の両側に工場の建物が並ぶ。敷地の南端は旧道に面し、森島家住宅の門と塀が立つ。撮影は公開されている範囲にとどめること。

Q&A

Q森秀織物工場はいつ建てられ、いつ登録されましたか?
A大正13年(1924年)頃の建築で、平成18年(2006年)8月3日に登録有形文化財に登録されました。登録番号は10-0172です。
Q森秀織物工場の鋸屋根とはどんな屋根ですか?
A傾斜の違う屋根をのこぎりの歯のように連ね、急な側に明かり取りの窓を設けた屋根です。この工場では3つの山を連ね、鉄板で葺いています。
Q森秀織物工場の大きさはどのくらいですか?
A文化庁の記録では桁行9メートル、梁行25メートル、建築面積208平方メートルの木造平屋建です。
Q森秀織物工場の中は見学できますか?
A織物参考館“紫”の展示施設には含まれておらず、内部の公開は確認できていません。見学を希望する場合は織物参考館“紫”に問い合わせてください。
Q森秀織物工場は森秀織物の敷地のどこにありますか?
A南北に細長い敷地の南東隅で、森島家住宅の庭の東側にあたります。北隣には旧現場事務所(経糸整経場)が続きます。

基本情報

名称森秀織物工場(もりひでおりものこうじょう)
所在地群馬県桐生市東4-2-24
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)登録
員数1棟
寸法木造平屋建、鉄板葺、建築面積208㎡、桁行9m・梁行25m
所有者森秀織物株式会社
公開状況内部の公開は確認できない(織物参考館“紫”の展示施設に含まれない)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)森秀織物工場
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005566
桐生市 森秀織物工場
https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/bunkazai/1010700/kunitouroku/1002000.html
桐生市 歴史的風致形成建造物 指定第14号 森島家住宅及び森秀織物工場(PDF)
https://www.city.kiryu.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/018/437/14gou.pdf

最終更新日: 2026.10.06