茂原家住宅米蔵とは

茂原家住宅米蔵(しげはらけじゅうたくこめぐら)は、群馬県甘楽郡甘楽町小幡の茂原家住宅にある江戸時代後期(1751年から1829年)の土蔵で、平成15年(2003年)1月31日に登録有形文化財となった。土蔵造で、内部は2階建とし、一部に3階を設けている。建築面積は55平方メートルあり、屋敷に残る3棟の蔵のなかで最も大きい。

主屋の南東に、西を向いて建つ。名前からは米を納めた蔵と考えられるが、何を収めていたかについて文化庁の解説は触れていない。

通りに面して屋敷を区切る蔵

茂原家住宅米蔵の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁は、土蔵として比較的規模が大きいこと、街路に面して敷地を区切っていることを挙げ、江戸時代の農村の景観を今に伝える建物と評価している。

つまり米蔵の背面の壁が、そのまま屋敷と通りの境になっている。塀を別に立てるのではなく、蔵の厚い土壁で敷地の縁を固める構えで、通りを歩く人が最初に目にする茂原家の姿もこの米蔵になる。

敷地側にかけた下屋と作業の場

茂原家住宅米蔵は、敷地の側、つまり正面の西側の全面に下屋をかけている。文化庁の解説は、これによって広い作業空間が生まれたと述べる。屋根の下の土間は、雨の日にも荷の出し入れや手仕事ができる場所になる。

内部は2階建を基本とし、一部だけ床を重ねて3階を設ける。どの部分が3階になっているのか、そこに何を収めたのかは、文化庁の解説には示されていない。

茂原家住宅米蔵の見学

茂原家住宅米蔵は個人の所有で、内部は公開されていない。確認した範囲では、特別公開の案内も見当たらなかった。

街路に面して建つため、外観は通りから見ることができる。下屋のある西側は敷地の内側にあたるので、外からは見えにくい。撮影は公道からにとどめ、通行の妨げにならないよう気を配りたい。

Q&A

Q茂原家住宅米蔵はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは江戸時代後期(1751年から1829年)の建築とされています。平成15年(2003年)1月31日に登録有形文化財となりました。
Q茂原家住宅米蔵はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。土蔵として比較的大きく、街路に面して敷地を区切り、江戸時代の農村の景観を伝えている点が評価されています。
Q茂原家住宅米蔵の大きさはどれくらいですか?
A建築面積は55平方メートルで、茂原家住宅の3棟の蔵のなかで最も大きい建物です。内部は2階建で、一部に3階があります。
Q茂原家住宅米蔵の下屋とは何ですか?
A蔵の本体に接して低くかけた屋根のことです。茂原家住宅米蔵では敷地側の西面の全面にかけられ、その下が広い作業の場になっています。
Q茂原家住宅米蔵は外から見られますか?
A街路に面しているため、外観は通りから見られます。内部は非公開で、敷地に入ることはできません。

基本情報

名称茂原家住宅米蔵
所在地群馬県甘楽郡甘楽町大字小幡1445-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成15年(2003年)1月31日登録
員数1棟
寸法建築面積55平方メートル
所有者個人
公開状況非公開

参考文献

国指定文化財等データベース 茂原家住宅米蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003064
文化遺産オンライン 茂原家住宅米蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/115944
群馬県内の国登録有形文化財一覧(群馬県、PDF)
https://www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/677575.pdf

最終更新日: 2026.10.03