参道に立つ一本の巨杉

榛名神社の石畳の参道を本殿へと登る途中、谷が狭まり道が最後の上りにさしかかるあたりに、周囲の杉木立から頭一つ抜けて立つ一本のスギがある。これが矢立スギである。あまりに大きいため、参拝者は気づかぬうちに足を止め、幹を目で追って首を反らすことになる。

目通り、つまり成人の目の高さでの幹周りはおよそ9.4メートル。大人が手をつないで六、七人でようやく囲める太さである。群馬県の巨樹を調べてきた緑化推進委員会は、樹齢を四百年から五百年と見積もっており、それ以上とする記録もある。地上およそ九メートルの高さで、幹は二本の大きな支幹に分かれる。これは文化財としての記録にも記された特徴で、参道から見上げればすぐにそれと分かる。

スギは社寺の境内に多い。長い年月をかけて育てられ、神域を示す生きた標として残されてきた。矢立スギは群馬県内でも有数の大きさを持つスギであり、昭和8年(1933年)4月13日、国の天然記念物に指定された。

矢を立てる、という名

「矢立」という名には由来がある。戦国の世、出陣を控えた武将が社寺に戦勝を祈り、その証として境内の木に矢を射立てる風習があった。その行為がそのまま名に残ったとされる。

この杉について地元に伝わるのは、武田信玄との結びつきである。一説に、信玄は箕輪城の攻略を前に榛名神社へ祈願し、城を落とした後、礼参りに訪れてこの木の下に弓矢を納めたという。そこから「信玄矢立スギ」の名でも呼ばれてきた。

戦国期の言い伝えの常として、細部に確証はない。箕輪城が武田勢の手に落ちたのは永禄9年(1566年)と記録されているが、祈願の年は伝承ごとに食い違いがあり、この一本の木との結びつきも文書ではなく土地の記憶に支えられている。ただ、背景となる事情ははっきりしている。榛名の山内は武田氏や上杉氏、長野氏といった大名がせめぎ合った場であり、これらの家はいずれも山内での乱暴狼藉を禁じる制札を出している。武将がこの地で足を止めて祈ったとしても、時代の空気にはよく合う。

なぜ天然記念物なのか

日本が天然記念物の指定を始めたのは大正期のことで、学術上または文化上重要な地形、地質、動植物を守るための制度である。名木・巨樹の類はその一区分にあたり、名木、巨樹、老樹、社叢などが対象に含まれる。

矢立スギは、その大きさと樹齢だけでも指定に値する。幹の太さは県内のスギの中でも上位に位置し、これほどの巨体は一つの場所で数百年にわたり育ち続けた証である。そうした木は世代を追うごとに少なくなっていく。さらに榛名神社との長い関わりが文化的な意味を加える。この杉は、中世に栄えた神社の盛時も、戦国の衰退も、江戸期の復興も見てきた。

老木に時の重みは免れない。昭和57年(1982年)8月の台風で、この木はかなりの傷を負った。いまの姿には、その嵐と、それ以前の歳月の跡が刻まれている。樹木の専門家による近年の調査では樹高はおよそ33メートルと記録される一方、古い記述や旅行案内には55メートルに近い数値を挙げるものも多い。この差は、台風による樹冠の損失と、急斜面に立つ高木を測ることの難しさの両方を映していると見られる。

矢立スギを見上げる

杉は参道の左手、本殿の少し手前に立つ。そこへ行くには参道そのものを歩くことになり、その道もまた見どころの一つである。

下の駐車場からの道のりは、岩肌と渓流の谷あいをおよそ十分。両側の斜面をスギやヒノキが埋め、道沿いには名のついた奇岩が次々に現れる。瓶子の滝の水音は、滝の姿が見えるより先に耳へ届く。矢立スギの前に立つころには、歩みはすでに静かな集中をまとっており、その心を杉が受け止めてくれる。

まず根元を見たい。樹皮は厚く、縦に深い畝をなしている。幹を目で追って分岐点まで上がると、二本の支幹がそれぞれ一本の木のように伸びていくのが分かる。根の周りには低い柵が巡らされ、足元の土が踏み固められるのを防いでいる。杉そのものに拝観の門も時刻の定めもなく、境内が開いている間はいつでも見ることができる。

榛名神社とその周辺

矢立スギは、ゆっくり歩いてこそ味わえる道筋の一つの点にすぎない。榛名神社そのものが古い。その名は延長5年(927年)に成った神社の記録に見え、創建はさらにさかのぼると伝わる。権現造の本殿をはじめ、複数の社殿が国の重要文化財に指定されており、それらは劇的な岩壁を背に立つため、建築と岩とが一つの景として目に映る。

参道には矢立スギのほかにも大きな木がある。本殿前のスギ、近くのケヤキは、いずれも樹齢六百年ほどと見られているが、これらは個別の指定を受けていない。

神社を出れば、門前の社家町に旧宿坊の家並みが残る。国の登録有形文化財となっている建物もあり、かつて榛名講の人々が泊まり、いまも宿坊として使われるものがある。石段で知られる温泉地・伊香保へは車でおよそ二十分。一泊の旅なら自然な組み合わせになる。榛名山の火口湖を含む一帯も、四季を通じて訪れる人が多い。

Q&A

Q矢立スギはどこにありますか。
A群馬県高崎市の榛名神社の境内、石畳の参道の左手、本殿の少し手前に立っています。最寄りの駐車場からは徒歩でおよそ十分です。
Q自由に見られますか。
Aはい。矢立スギは開かれた参道沿いにあり、杉そのものへの拝観料や時刻の定めはありません。境内に入れる時間であればいつでも見られます。根の周りには低い柵が設けられています。
Q樹齢と大きさはどのくらいですか。
A樹木の専門家は樹齢を四百年から五百年と見積もっており、それ以上とする記録もあります。幹周りは目通りでおよそ9.4メートル、地上およそ九メートルの高さで二本の支幹に分かれます。
Qなぜ「矢立」スギと呼ばれるのですか。
A「矢立」は、戦勝を祈る際に社寺の木へ矢を射立てた古い風習を指します。地元には、武将・武田信玄がこの神社に祈願し、後にこの木へ弓矢を納めたという言い伝えがあります。
Q武田信玄の伝説は事実として確かめられていますか。
A確証のある事実というより、言い伝えとして受け取るのが適切です。伝承ごとに年代も異なり、出来事をこの木と結びつけて裏づける記録は残っていません。ただ、武将がこの神社に祈願したという当時の習わし自体は、よく知られています。

基本データ

名称榛名神社の矢立スギ(はるなじんじゃのやたてすぎ)
所在地群馬県高崎市榛名山町849 榛名神社境内
指定区分国指定天然記念物
指定年月日昭和8年(1933年)4月13日
指定基準名木、巨樹、老樹、畸形木、栽培植物の原木、並木、社叢
樹種スギ(スギ科スギ属)
推定樹齢約400〜500年
幹周り目通り約9.4メートル
樹高近年の調査で約33メートル(古い記述では約55メートルとも)
アクセス榛名神社下の駐車場から徒歩約10分。参道沿い、本殿の手前に立つ
公開状況境内開放時間内は自由に見学可。杉そのものへの拝観料なし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/539
文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/137904
高崎市公式ホームページ 高崎市文化財情報
https://www.city.takasaki.gunma.jp/site/cultural-assets/4631.html
群馬県の巨樹古木(公益社団法人 群馬県緑化推進委員会)
https://www.g-sinrin.jp/kyozyukoboku/榛名神社の矢立杉/
心にググっと観光ぐんま(群馬県観光物産国際協会)
https://gunma-kanko.jp/spots/673

最終更新日: 2026.05.22