もう一度は建てられない木造四階建

横手館本館西棟は、群馬県渋川市伊香保町の伊香保温泉に建つ木造四階建の旅館建築で、大正10年(1921年)頃の建築、平成28年(2016年)8月1日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

最初から四階建だったわけではない。渋川市の解説によれば、西棟が建ったのは東棟の翌年にあたる大正10年で、三階と四階は昭和初年の増築である。文化庁のデータベースも昭和前期(1926〜1945年)と昭和後期(1966〜1989年)の二度にわたる改修を記録しており、この記述と符合する。斜面の上へ、商いの伸びに合わせて段階的に積み上げられた建物ということになる。

建築面積は369平方メートルで東棟より小さく、屋根は鉄板葺。客室は14室を数える。横手館では本館を総檜造りと説明している。

登録基準は「再現することが容易でないもの」

登録有形文化財は三つの基準のいずれかで登録される。隣の東棟が「国土の歴史的景観に寄与しているもの」であるのに対し、西棟は「再現することが容易でないもの」で登録された。登録番号は10-0330、第84回登録である。

この判断の背後には二つの理由がある。ひとつは構造。密集した旅館街で木造四階建の客室棟を建てることは、現行の建築・防火の規定のもとでは容易でない。ここで用いられているのは「せがい」で、下階の梁を外へ持ち出して上階の外壁と庇を受ける工法である。これを四層積み上げると、立面は上へ行くほどわずかに前へせり出す。各階にはガラス窓と化粧垂木付きの水平庇が連なり、外観の扱いは東棟と共通する。石段から見ると二棟がひと続きの建物として目に入るのは、このためである。

もうひとつの理由は内部にある。文化庁の解説は、客室が当初の状況をよく残していること、様々な銘木が用いられていること、造形に趣向が凝らされていること、障子や欄間の細工が精緻であることを挙げる。同じ型を繰り返さずに大工が一室ずつ仕上げた仕事であり、その手間はいま容易には調達できない。

14室、ひとつとして同じ造りがない

西棟の客室14室は、ひとつとして同じ造りではないと横手館は説明している。いずれも書院造りを基本に置きながら、そこから少しずつ外れていく。襖で仕切られた二間つづきの和室で、本間は8帖から14帖ほど、これに副室と床広縁が付く。

建築当時の姿を維持保存したタイプであるため、客室に浴室もトイレもない。トイレと洗面は廊下の共用となる。エアコンは備わる。エレベーターは東棟部分にあって3階までしか上がらないので、4階の客室へは階段を使う。

取引はわかりやすい。水回りの専用を手放す代わりに、大正10年に建てられて以来、内部を抜き取られていない部屋に泊まることになる。

部屋に入ったら上を見てほしい。鴨居の上の欄間、障子の組子の割り付け、柱に選ばれた木肌が、部屋ごとに違う。その違いこそがこの棟の内容である。客室には明治から昭和中期にかけての掛軸が掛けられている。

書と小説と、黄金の湯

本館の看板を書いたのは、明治23年(1890年)に「国民新聞」を創刊した徳富蘇峰である。その実弟の徳冨蘆花が明治31年(1898年)から同紙に連載した小説「不如帰」によって、伊香保の名は全国に知られることになった。館内には後藤新平の書、竹内栖鳳の画も配され、鉄筋造の別館常盤苑の看板は岸信介の筆による。いずれも収蔵庫ではなく、客の目に触れる場所に掛けられている。

風呂は本館全体で共用する。横手館が引くのは伊香保の「黄金の湯」で、鉄分を含む硫酸塩泉が空気に触れて酸化し茶褐色に変わる。加温はするが加水はせず、循環もさせない掛け流しである。大浴場「月光の湯」「折鶴の湯」は男女入れ替え制。貸切家族風呂は一階に三か所あり宿泊客は無料(事前予約制)、ほかに有料の貸切風呂が二か所ある。全ての浴槽は毎日10時から15時まで湯の入れ替えのため使えない。日帰り入浴の受付は平日のみである。

宿の周辺に駐車場はないため、車の場合は専用駐車場に停めて送迎車で入る形になる。鉄道ならJR上越線渋川駅から関越交通バスで約25分、バス停「伊香保温泉」下車、徒歩3分。外観は公道の石段からいつでも見られる。石段は365段を数えて伊香保神社に至り、その道すがらに昭和4年(1929年)建築で平成10年(1998年)登録の伊香保観光ホテルなど、ほかの近代建築も並ぶ。

Q&A

Q横手館本館西棟には宿泊できますか。事前に知っておくことはありますか?
A14室すべてが客室として使われています。客室内にトイレ・洗面はなく、いずれも廊下の共用です。エアコンは備わりますが、エレベーターは3階までのため4階の部屋は階段を使います。
Q横手館本館西棟はなぜ文化財に登録されたのですか?
A平成28年(2016年)8月1日に「再現することが容易でないもの」という基準で登録されました。せがいで持ち出した木造四階建の客室棟であること、内部に当初の銘木・障子・欄間の細工がよく残ることが、現在では再現の難しい内容と評価されています。
Q横手館本館西棟はいつ建てられ、最初から四階建だったのですか?
A建築は大正10年(1921年)頃で、大火で焼失した翌年に東棟が、さらにその翌年に西棟が建てられました。渋川市の解説では三階と四階は昭和初年の増築とされており、現在の高さになるまでには段階があります。
Q横手館本館西棟の客室は本当にすべて造りが違うのですか?
A横手館は14室にひとつとして同じ造りはないと説明しています。いずれも書院造りを基本としつつ、欄間、障子の組子、使われている木が部屋ごとに異なります。広さは本間8帖から14帖ほどで、副室と床広縁が付きます。
Q横手館本館西棟は宿泊せずに見学できますか?
A外観は公道の石段に面しており、自由に見学・撮影できます。夜間はライトアップもされます。内部に入れるのは宿泊客と、平日に予約した日帰り入浴の利用者に限られます。

基本情報

名称横手館本館西棟(よこてかんほんかんにしとう)
所在地群馬県渋川市伊香保町伊香保字香湯12-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号10-0330 登録基準「再現することが容易でないもの」
指定年平成28年(2016年)8月1日登録(第84回登録)
員数1棟
寸法木造4階建、鉄板葺、建築面積369平方メートル。大正10年頃建築、昭和前期・昭和後期改修
所有者株式会社横手館
公開状況営業中の旅館。客室14室、水回りは共用。内部は宿泊客および平日の日帰り入浴利用者のみ。外観は石段街から常時見学可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) — 横手館本館西棟
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011061
文化遺産オンライン — 横手館本館西棟
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/239948
渋川市 — 旧伊香保町地区の指定文化財
https://www.city.shibukawa.lg.jp/kankou/000373/000375/p000287.html
横手館公式サイト — お部屋
https://www.yokotekan.com/rooms
横手館公式サイト — 当館について
https://www.yokotekan.com/about/
横手館公式サイト — 温泉
https://www.yokotekan.com/onsen
横手館公式サイト — アクセス
https://www.yokotekan.com/access
渋川市観光情報 — 石段街
https://www.city.shibukawa.lg.jp/kankou-site/kankou/000357/000360/p000206.html

最終更新日: 2026.08.08