大火の年に建った三階建
横手館本館東棟は、群馬県渋川市伊香保町の伊香保温泉石段街に建つ木造三階建の旅館建築で、大正9年(1920年)頃の建築、平成28年(2016年)8月1日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
渋川市の文化財解説は、この建物の来歴をかなり細かく記している。横手館は旅館業に転じる前、明治中期まで石段街の上段でたばこ店を営んでおり、明治44年(1911年)に現在地へ移った。その9年後、旅館街を大火が襲って建物は焼失する。東棟は焼けたその年のうちに建てられ、翌大正10年(1921年)に西棟が続いた。
建築年がここまで絞り込める旅館は多くない。木造三階建、入母屋造の鉄板葺、建築面積519平方メートル。街区がまとめて建て直された時期の産物である。
敷地の中央に建ち、玄関を入ってすぐの棟がこれにあたる。西棟は東棟の西に続く。
登録理由は「外から見た姿」にある
東棟の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」ひとつである。登録有形文化財は三つの基準のいずれかで登録されるが、この基準は建物の内部の希少性ではなく、周囲に対して果たしている役割を指している。
石段の下から見上げると、その意味がわかる。外周部はガラス窓と各階の庇が途切れずに水平に連なり、壁面は一枚の高い面ではなく三段に重なった帯として目に映る。大屋根にも庇にも化粧垂木を付けてあるため、坂下に立つ人からは軒裏がそのまま見える。
その水平の反復を、要所で断ち切るものがある。庇を貫いて立ち上がる化粧丸太の附柱である。数は多くない。多くないことに意味がある。
伊香保は北向きの急斜面に開けた温泉町で、通行人の目線に入るのは正面の玄関よりも屋根と軒である。軒まわりの扱いが、そのまま町並みの印象を決める。登録の理由はここにある。登録番号は10-0329、第84回登録にあたる。所有は株式会社横手館で、現在も営業中の旅館である。
外から見られるもの、泊まらないと見られないもの
東棟は展示施設ではなく、現役の客室棟である。内部は平成22年(2010年)に手を入れているが、その手の入れ方は全面的なものではない。大正9年当時の柱、天井、障子、欄間を残したうえで、現代の設備をその内側に納めている。結果として客室は8室。うち7室がリビングスペースと和室の二間からなる和洋室、1室がリビングスペースと寝室の洋室である。各室にトイレと洗面を備える点が、西棟との実際的な違いになる。エレベーターは東棟部分を通って3階まで上がる。
外観のほうは予約も何も要らない。建物は公道である石段に直接面しており、宿の下手にあたる石段の一帯は伊香保でもよく知られた撮影位置になっている。夜間はライトアップされる。
湯を目当てに訪れる人が最も多い。横手館が引くのは伊香保の「黄金の湯」で、鉄分を含む硫酸塩泉が空気に触れて酸化し、茶褐色に変わる。加温はするが加水はせず、循環もさせない掛け流しである。大浴場は「月光の湯」と「折鶴の湯」の二つで、男女入れ替え制のため滞在中に両方に入れる。貸切家族風呂は本館一階に三か所あり、宿泊客は追加料金なく利用できるが事前予約制である。全ての浴槽は清掃と入れ替えのため毎日10時から15時まで使えない。日帰り入浴を受け付けるのは平日のみで、貸切風呂の日帰り予約は夕方の限られた時間帯に限られる。
到着には少し段取りが要る。宿の周辺に駐車場はなく、車の場合は数百メートル離れた専用駐車場に停め、送迎車で宿まで運ばれる形になる。鉄道ならJR上越線渋川駅から関越交通バスで約25分、バス停「伊香保温泉」下車、そこから徒歩3分。冬季は標高と北斜面という条件が重なり、関東平野が乾いていても路面が凍ることがある。
石段の上と下
石段そのものが、この町の目玉である。現在の御影石の石段は昭和55年(1980年)から5年をかけて改修されたもので、平成22年(2010年)に北側へ延伸して365段になった。1年365日の賑わいを願った段数だという。段の中央には温泉水を流す湯滝が設けられ、登りつめた先に伊香保神社が鎮座する。
歩いて行ける範囲に、ほかの文化財もある。伊香保観光ホテルは昭和4年(1929年)に外国人向けホテルとして建てられた木造三階建で、建物上部が五重塔風になっており、平成10年(1998年)に登録有形文化財となった。明治期に伊香保へ集まった外国人向けホテルのうち、当時の姿をとどめるのはこの一棟だけである。ハワイ王国公使ロバート・ウォーカー・アルウィンの別邸も市指定史跡として残る。伊香保の名を全国に広めた徳冨蘆花の小説「不如帰」にちなむ記念文学館も近い。
Q&A
- 横手館本館東棟は宿泊しなくても見学できますか?
- 登録の主眼である外観は公道の石段に面しており、いつでも自由に見て撮影できます。内部に入れるのは宿泊客と、平日に予約した日帰り入浴の利用者に限られます。
- 横手館本館東棟の建築年はなぜここまで特定できるのですか?
- 大正9年(1920年)に伊香保の旅館街を大火が襲い、当時の建物が焼失したためです。渋川市の解説によれば東棟はその年のうちに建て直されており、この年代の旅館建築としては珍しく年が絞れます。
- 横手館本館東棟と西棟はどう違いますか?
- 東棟は木造三階建で建築面積519平方メートル、客室は平成22年に改装されて各室に水回りを備えます。西棟は木造四階建で建築面積369平方メートル、建築当時の客室の姿を保ち、トイレと洗面は廊下の共用です。登録基準も両者で異なります。
- 横手館本館東棟にエレベーターや客室内のトイレはありますか?
- あります。エレベーターは東棟を通って3階まで、全8室にトイレ・洗面とエアコンが付きます。入浴は大浴場と貸切風呂を使う形です。なお玄関には上がり框の段差があり、客室によっては出入口に段差が残ります。
- 横手館本館東棟へは公共交通機関でどう行きますか?
- JR上越線渋川駅から関越交通バス「伊香保温泉行き」で約25分、バス停「伊香保温泉」下車、徒歩3分です。東京方面からの高速バスも温泉街に停まりますが、停留所からの道のりは長く坂も急になります。
基本情報
| 名称 | 横手館本館東棟(よこてかんほんかんひがしとう) |
|---|---|
| 所在地 | 群馬県渋川市伊香保町伊香保字香湯12-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号10-0329 登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」 |
| 指定年 | 平成28年(2016年)8月1日登録(第84回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造3階建、鉄板葺、建築面積519平方メートル。大正9年頃建築、昭和後期および平成22年改修 |
| 所有者 | 株式会社横手館 |
| 公開状況 | 営業中の旅館。内部は宿泊客および平日の日帰り入浴利用者のみ。外観は石段街から常時見学可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — 横手館本館東棟
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011060
- 文化遺産オンライン — 横手館本館東棟
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/217257
- 渋川市 — 旧伊香保町地区の指定文化財
- https://www.city.shibukawa.lg.jp/kankou/000373/000375/p000287.html
- 横手館公式サイト — 当館について
- https://www.yokotekan.com/about/
- 横手館公式サイト — お部屋
- https://www.yokotekan.com/rooms
- 横手館公式サイト — 温泉
- https://www.yokotekan.com/onsen
- 横手館公式サイト — アクセス
- https://www.yokotekan.com/access
- 渋川伊香保温泉観光協会 — 伊香保の石段
- https://www.ikaho-kankou.com/aboutikaho/ishidan/
最終更新日: 2026.08.08