湯畑──草津温泉の中心で湧き続ける名勝の源泉地

長さ約40メートルの木の樋が7本、石の柵に囲まれた広場の中央に並んでいる。そこを毎分およそ4,040リットル、温度約52度の温泉が滑り落ちていく。樋の終端にたどり着いた湯はわずかに冷め、岩肌を伝って湯滝となって落ち、その先で旅館や共同浴場へと配湯されていく。これが、草津温泉の心臓部にあたる「湯畑」である。

石柵の内側だけで1,112平方メートル。広場からは年中湯けむりが立ち、冬には濃く、夏には淡く揺れる。温泉街の路地はどれもこの広場へと向かい、夜になればライトアップされた湯滝が異なる表情を見せる。

草津温泉は、有馬・下呂と並んで「日本三名泉」の一つに数えられてきた。pH2.0前後という強い酸性と、自然湧出量日本一とされる豊富な湯量で知られるが、そのなかでも湯畑は、町の名がもっとも端的にあらわれた源泉地と言える。

「大池」から「湯畑」へ

この場所からは少なくとも千年以上にわたって温泉が湧き出してきたとされる。江戸時代には「大池」、あるいは沈殿する硫黄成分にちなんで「湯の花の池」と呼ばれていた。当時の囲いは木の柵で、地元の人や湯治客はそこから湯を汲んで風呂に使った。

現在のような湯樋を整える形が初めて取られたのは、明治20年(1887年)ごろのこととされる。「湯の花を採るための畑」という呼び方が定着したのもこの時期で、それ以前の絵図には「大池」と書かれているものも残る。湯の花の採取そのものはさらに古く、寛政年間(18世紀末)には始まっていたと伝わる。今日でも年に3、4回、湯樋に沈んだ硫黄分を職人の手で掻き取り、1か月ほど自然乾燥させてから容器に詰めて販売している。

江戸幕府の歴代将軍もここの湯を求めた。享保11年(1726年)と寛保3年(1743年)、八代将軍徳川吉宗の命でこの広場の中心から温泉が汲み上げられ、樽詰めにして江戸城まで運ばれたという記録が残る。広場の中央付近に今も残る四角い木枠は「将軍御汲み上げの湯枠」と呼ばれ、その時期の物と伝わっている。

国の名勝に──平成29年指定

平成29年(2017年)10月13日、文部科学大臣により湯畑は国の文化財「名勝」に指定された。指定の理由として示されたのは、「草津温泉の中心に位置する他に類例を見ない源泉地の風致景観」という一文である。

指定範囲は湯の湧き出る池そのものに限らない。ひょうたん型の石柵、7本の湯樋、御汲み上げの湯枠、湯滝とその周囲の岩盤までを含む。観光のための展望地ではなく、温泉を冷まし湯の花を採るという機能を今も果たし続ける「働く景観」が、そのまま文化財として位置づけられた点にこの指定の特色がある。

これに先立つ平成14年(2002年)には、環境省の「かおり風景100選」にも選ばれている。硫黄の匂いが路地まで漂ってくることを、草津では隠すべきものではなく、土地の個性として受け入れてきた。

岡本太郎が手がけたひょうたん型

現在の特徴的なひょうたん型と、それを取り囲む幅広い石畳の遊歩道は、芸術家・岡本太郎を代表とする現代芸術研究所が手がけたもので、昭和50年(1975年)に完成した。スキーと温泉を愛して草津に通っていた岡本太郎は、当時の町長から「車道の通る湯畑を、人が立ち止まれる場所にしたい」と依頼を受けてこの仕事を引き受けたという。

江戸時代の絵図に見られる長方形の湯畑は、これを境に大きく姿を変えた。湯滝のあった南側にはかつて「滝の湯」という共同浴場があり、昭和35年(1960年)頃に取り壊されたが、その配置の記憶は岡本太郎の設計のなかにも残されている。

石柵には「草津に歩みし百人」として、町制施行100周年を記念して平成12年(2000年)に選出された100名の偉人・著名人の名が刻まれている。日本武尊、行基、源頼朝、前田利家といった古代から戦国の人物に始まり、文学者の志賀直哉や井上靖、俳優の石原裕次郎、渥美清、そして岡本太郎本人まで、草津と縁のある人物の名前が並ぶ。平成26年(2014年)には映画『テルマエ・ロマエII』の登場人物ルキウス・モデストゥスが101人目として加わったのも、この湯畑らしい逸話である。

湯畑をめぐる──注目したい点

ゆっくり一周してみると、湯の色が場所によって変わっていくのに気づく。御汲み上げの湯枠の付近で湧き出るときは透明に近いが、湯樋の終わりに近づくにつれて、空気と反応した硫黄成分のために淡い乳青色を帯びてくる。池の底が白く見えるのは、この反応で沈殿した湯の花が積もっているからである。

7本の湯樋は装飾ではなく、加水せずに湯温を下げるための装置である。源泉のままでは50度を超える熱湯を、空気にさらして冷ますことで、ミネラル分を薄めずに入浴可能な温度まで持ち込む。同じ目的を別の角度から達成しているのが、湯畑の正面に立つ「熱乃湯」で連日行われている「湯もみと踊りショー」である。長さ約180センチの板を湯のなかで動かして温度を下げる伝統技法を、草津節の歌声とともに見学できる。

夜のライトアップは深夜25時頃まで続き、土産物店が閉まった後の広場は、日中の賑わいから一変して静かな空間になる。湯けむりだけが滲むように立ちのぼる時間帯は、撮影目的の旅人にも、宿の浴衣で散歩する宿泊客にも好まれている。

湯畑周辺の見どころ

湯畑から徒歩1分圏内に、観光客も利用できる無料の共同浴場が3つある。源頼朝発見の伝説をもつ「白旗の湯」、「千代の湯」、眼病に効くと伝わる「地蔵の湯」で、それぞれ違う源泉を引いている。タオルは持参で、入浴前にしっかり身体を洗うという地元のマナーは守りたい。広場の縁に置かれた足湯「湯けむり亭」は、江戸時代の共同浴場「松乃湯」を再現した檜造りの東屋で、こちらも無料で利用できる。

北側の石段を上ると、草津山光泉寺がある。「草津」という地名の由来の一つともされる古刹で、本堂前から見下ろす湯畑の眺めは、町を代表する構図のひとつである。西へ徒歩10分ほどで、随所から湯が湧き、川そのものが温泉となって流れる西の河原公園に出る。湯畑の東に建つ「御座之湯」では、江戸期の湯小屋の意匠を再現した建物で実際に入浴できる。

Q&A

Q湯畑そのものに入浴することはできますか?
A湯畑は源泉地・冷却施設であり、入浴することはできません。湯畑から引かれた湯は、隣接する「白旗の湯」や「御座之湯」など複数の共同浴場・湯処で入浴できます。
Q見学に適した時間帯は?
A早朝は人が少なく、湯けむりが最も濃く立ち上ります。日没直後から夜にかけては照明が灯り、空に薄暮の青が残るマジックアワーが撮影に好まれます。冬期は気温との温度差で湯けむりがいっそう厚みを増します。
Q硫黄の匂いが気になりますが、健康への影響は?
A通常の気象条件下では、湯畑周辺の硫黄濃度は屋外で滞在する分には人体に害はありません。ただし、重い呼吸器疾患をお持ちの方は長時間の滞在を避け、宿の方や案内所の指示に従ってください。
Q湯の花は購入できますか?
A湯樋から年に数回採取された湯の花は、約1か月の自然乾燥を経て、湯畑周辺の土産物店で円筒形の容器入りで販売されています。家庭の浴槽に少量入れることで、草津の温泉成分の一部を再現できる入浴剤として親しまれています。
Q東京方面からのアクセスは?
A東京駅・新宿駅から草津温泉バスターミナルへJRバスが直通しており、所要約4時間です。鉄道利用の場合はJR上越新幹線・高崎駅でJR吾妻線に乗り換え、長野原草津口駅からJRバスで約25分。バスターミナルから湯畑までは徒歩約5分です。

基本情報

名称湯畑(ゆばたけ)
所在地群馬県吾妻郡草津町大字草津
指定区分国指定文化財 名勝
指定年月日平成29年(2017年)10月13日 文部科学大臣告示
選定かおり風景100選(環境省、平成14年/2002年)
面積石柵内 約1,112平方メートル
湧出量・湯温毎分約4,040リットル/約52度
泉質の特徴強い酸性(pH約2.0)
湯樋7本/全長 約40メートル
石柵デザイン昭和50年(1975年)岡本太郎 主宰・現代芸術研究所による設計
所有・管理草津町
公共交通JR吾妻線 長野原草津口駅からJRバス約25分「草津温泉バスターミナル」下車、徒歩約5分
高速バス東京駅・新宿駅から草津温泉バスターミナルまで約4時間
見学24時間自由/夜間は概ね25時までライトアップ
料金無料

参考文献

湯畑|草津町
https://www.town.kusatsu.gunma.jp/www/contents/1485303527539/index.html
草津温泉の文化財について|草津町
https://www.town.kusatsu.gunma.jp/www/contents/1765842541149/index.html
草津温泉について|草津町
https://www.town.kusatsu.gunma.jp/www/contents/1485254967207/index.html
源泉|湯Love草津(草津温泉観光協会)
https://www.kusatsu-onsen.ne.jp/onsen/source.php
名勝「湯畑」|草津温泉 泉質主義
https://www.yumomi.net/senshitsusyugi/gensen
湯畑|全国観光資源台帳(公益財団法人日本交通公社)
https://tabi.jtb.or.jp/res/100144-
『草津に歩みし百人』の碑|草津町
https://www.town.kusatsu.gunma.jp/www/contents/1485310952779/

最終更新日: 2026.05.17