日野家住宅表門及び伴部屋

日野家屋敷の改まった顔は表門で、広島県安芸高田市甲田町深瀬の敷地の南正面に建つ。屋根を腕木で受ける腕木門形式で、間口は約3.6メートル、西方に潜り戸を備える。

地元では、この門は吉田藩の陣屋から移したものと伝わる。元治元年(1864年)頃に建てられた邸宅の門で、明治前期に日野家屋敷へ移築されたとされる。

門の西、潜り戸を抜けた先には、平屋建の伴部屋が番所のように接続する。建築面積はわずか約13平方メートルで、正面に出格子窓を付ける。

登録の理由と価値

表門と伴部屋は平成27年(2015年)11月17日、歴史的景観への寄与を理由にあわせて登録有形文化財となった。屋敷に格式ある入口を与え、藩の権威と関わりを持った家の立場を示している。

門の価値は、その伝えられる由来と、木太く端正に仕上げられた確かな造りの双方にある。敷地の古い土蔵が収蔵や生業を語るのに対し、門は応対と格式を示す。

伴部屋はその全体像を補う。番所のような位置と出格子窓は、来訪者をどう見張り、迎えたかを示し、入口全体に改まった落ち着いた性格を与えている。

見どころ

南から近づくと、門と付属する部屋が屋敷の最も儀礼的な正面を見せる。腕木造と潜り戸は、武家風の門が農村の邸宅に取り入れられた様子を示しており、じっくり見る価値がある。

伴部屋の出格子と門の木太い材を合わせて眺めれば、簡素な入口が格式のささやかな表明へと変わる。陣屋からの移築という伝えは、すでに立派なこの建物にもう一つの歴史の層を加える。

屋敷は私有地で立ち入りはできないため、表門は建物群の巻頭として公道から味わうのがよい。近くには公開されている郡山城跡や安芸高田市歴史民俗博物館があり、訪れる価値がある。

よくある質問

Q表門はどこから来たと伝わりますか。
A地元では吉田藩の陣屋の門を移したと伝わり、元治元年(1864年)頃の建立で、明治前期にここへ移されたとされます。
Q伴部屋とは何ですか。
A門に番所のように接続する約13平方メートルの平屋で、正面に出格子窓を備えます。
Q門の形式は何ですか。
A屋根を腕木で受ける腕木門で、間口約3.6メートル、潜り戸を備えます。
Q入れますか。
A私有地のため非公開ですが、道から眺められます。

基本データ

名称日野家住宅表門及び伴部屋(ひのけじゅうたくおもてもんおよびともべや)
所在地広島県安芸高田市甲田町深瀬字久住甲172・乙172合併
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成27年(2015年)11月17日/登録番号 34-0154
構造表門 木造、瓦葺、間口3.6m、西方潜り戸付/伴部屋 木造平屋建、瓦葺、建築面積約13平方メートル
建築年表門 元治元年(1864年)頃、明治前期移築
公開状況私有地のため一般非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) — 日野家住宅表門及び伴部屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010897
安芸高田市 — 日野家住宅
https://www.akitakata.jp/ja/shisei/section/kyouiku/shisekibunkazai/cultural_asset/r899/
文化遺産オンライン — 日野家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/276956

最終更新日: 2026.07.03