木造で鉄筋コンクリートを装った建物
上下町商工会館(旧上下警察署庁舎)は、広島県府中市上下町上下にある昭和5年(1930年)建築の木造2階建洋風建築で、平成23年(2011年)7月25日に国の登録有形文化財に登録された。
JR上下駅から北東へ200メートルほど。白漆喰の商家と黒瓦の連なる通りに出たところで、突然この建物が現れる。左右対称の二階建正面、中央に張り出した玄関ポーチ、そのポーチの上に軒を突き抜けて立ち上がる角ばった塔屋。壁面には縦長の窓が2連または3連で並ぶ。訪れた人が教会のようだと感想を書き残しているのを見かけるが、もちろんそういう意図で建てられたものではない。
規模は桁行13メートル、梁間7.4メートル。寄棟造の屋根を鉄板で葺き、建築面積は101平方メートル。構造はすべて木である。
そこが肝心なところだ。昭和5年当時、鉄筋コンクリートは官の権威を表す視覚言語だった。銀行、市役所、県警本部。だが備後の山あいの小さな町にコンクリートを建てる予算はない。そこで大工は木で警察署を建て、外側だけを別のものに見せた。板を平滑に張り、軒まわりに強い水平線を通し、開口部の割り付けをコンクリート建築の流儀に寄せる。文化庁のデータベースはこの建物を「鉄筋コンクリート造の外観形式を木造で表現した、もと警察署庁舎」と端的に記述している。
登録の理由と価値
平成23年の登録は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準による。上下にはすでに江戸・明治の商家が連なる保存的な町並みがあり、そこに昭和5年の警察署庁舎がなぜ加わるのかという疑問は当然出てくる。
この建物は、古い商家が記録できない時代を記録している。上下は江戸時代に幕府直轄の天領として代官所が置かれ、石州街道の宿場町、そして金融の町として財を蓄えた。白壁の商家群はその時代の産物である。警察署庁舎はそれに取って代わった時代、つまり近代の県行政が地方の町ごとに出先を構え、それらしく見える建物を必要とした時代のものだ。
この種の建物はかつてありふれていて、今は数が少ない。地方の警察署は実用の資産であり、新庁舎ができれば旧庁舎は取り壊されるのが普通だった。金沢、尾道、和歌山などに同種の登録例があるものの、全国的に見て決して多くはない。
警察署としての現役期間そのものは長くなかった。昭和30年代の県内警察の再編で小規模署の統廃合が進み、上下も派出所へと縮小されたのち、昭和40年代に警察が敷地から完全に退いたとされる。その後まもなく上下町商工会が土地と建物を取得した。昭和57年(1982年)に商工会が隣接地へ新会館を建てた際、構内にあった留置場や武徳殿は取り壊されたが、旧庁舎本体は解体されずに修理された。当時、取り壊し案が出て見送られたという話が地元に伝わる。文化庁の記録も、昭和5年の建築に昭和中期および昭和57年の改修が加わったものとして現在の姿を位置づけている。
現地で見るべきところ
まず正面の向かい側、立面全体が一度に視野に入る距離まで下がる。
玄関ポーチの上の塔屋が、この建物の意匠を成立させている最大の要素だ。機能はない。時計も鐘も入っていない。中央に垂直のアクセントを与えるためだけに立ち上げられている。同時代のコンクリート造の公共建築がとっていた構成そのもので、遠くからでも正面の入口がどこかを示す看板の役割を果たす。
次に窓。2連と3連の組み合わせがポーチを中心に左右対称に配される。この縦長の比例はコンクリートに向いている。壁を自由に穿てるからだ。木造軸組では柱の間隔に縛られるため、大工は割り付けに苦労する。塔屋との位置関係を見ながら窓の並びを追うと、その妥協点がどこに置かれたかが読める。
そして屋根。鉄板葺の寄棟屋根は低く、静かで、壁が石造を装っている建物の上に素直に載っている。変装が終わるのはこの取り合いの部分だ。鉄板は軽く、これだけの壁面装飾を支える木造の小屋組には現実的な選択だった。
建物は現在も上下町商工会の事務所として日常的に使われている。外観は公道からいつでも見学できるが、内部を見るには事前の連絡が必要で、府中市も公開状況をそのように示している。予告なく訪ねて入れる場所ではない。外観の撮影に制限はない。
見学の目安は30分ほど。町全体と組み合わせるとよい。白壁の主要街道筋は南西にすぐ、特徴的な塔をもつ上下キリスト教会も近い。大正期の木造芝居小屋である翁座は、駅から見て北東へ800メートルほどの位置にある。上下は半日あれば歩いて回れる規模の町だ。
Q&A
- 上下町商工会館(旧上下警察署庁舎)の内部は見学できますか。
- 外観は常時公開されており、公道からいつでも見学できます。内部は上下町商工会の事務所として使われているため、府中市は内部見学には連絡が必要としています。問い合わせは府中市教育委員会の文化財室が窓口です。
- 上下町商工会館(旧上下警察署庁舎)へのアクセスと最寄り駅からの所要時間は。
- JR福塩線上下駅から北東へ約200メートル、徒歩3分ほどです。車の場合は尾道自動車道の世羅インターチェンジから約15分。見学者専用の駐車場はないため、町内の公共駐車場を利用してください。
- 上下町商工会館(旧上下警察署庁舎)はなぜ木造なのにコンクリート造に見えるのですか。
- 昭和初期、鉄筋コンクリートは官庁建築の権威を示す形式でしたが、地方の町にはその予算がありませんでした。そこで大工は板張りの壁面、強い軒の水平線、縦長の連続窓によって、コンクリート造の官庁舎の外観を木造で再現しました。文化庁の解説文もこの点を明記しています。
- 上下町商工会館(旧上下警察署庁舎)の撮影は可能ですか。
- 公道からの外観撮影に制限はありません。玄関のある正面に光が回るのは午前中で、塔屋と窓の割り付けを撮るならこの時間帯が適しています。内部の撮影については見学を申し込む際に確認してください。
- 上下町商工会館(旧上下警察署庁舎)と一緒に回れる見どころはありますか。
- 石州街道沿いの白壁の町並みが町の中心を通っています。同じく登録有形文化財である大正14年建築の木造芝居小屋・翁座は、駅から北東へ約800メートル。旧銀行を転用した上下歴史文化資料館も主要街道筋にあり、いずれも徒歩圏内です。
基本データ
| 名称 | 上下町商工会館(旧上下警察署庁舎)/じょうげちょうしょうこうかいかん(きゅうじょうげけいさつしょちょうしゃ) |
|---|---|
| 所在地 | 広島県府中市上下町上下字下沖883-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 34-0115 |
| 指定年 | 平成23年(2011年)7月25日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行13メートル、梁間7.4メートル。木造2階建、寄棟造鉄板葺、建築面積101平方メートル |
| 所有者 | 上下町商工会 |
| 公開状況 | 外観は常時公開。内部見学は事前連絡が必要 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — 上下町商工会館(旧上下警察署庁舎)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008774
- 文化遺産オンライン — 上下町商工会館(旧上下警察署庁舎)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195115
- 広島県府中市 — 上下町商工会館(旧上下警察署庁舎)(国の登録文化財)
- https://www.city.fuchu.hiroshima.jp/soshiki/kyoiku_iinkai/kyoikuseisakuka/bingokokufu/shinobunkazai/kunitouroku_bunkazai/930.html
- 府中市立図書館 府中市歴史資料 — 府中市の指定文化財・国の登録有形文化財
- https://adeac.jp/fuchu-hiroshima-lib/texthtml/d100040/mp000040-100040/ht000420
- 上下天領ツーリズム — 上下町商工会館(旧上下警察署庁舎)
- https://jogetenryo.com/meguru/sight/building/439/
最終更新日: 2026.08.08