中国地方に唯一残る戦前の木造劇場

翁座(おきなざ)は、広島県府中市上下町上下字岩崎にある大正14年(1925年)上棟の木造芝居小屋で、令和2年(2020年)8月17日に国の登録有形文化財に登録された。

府中市は翁座を、中国地方で唯一現存する戦前の木造劇場建築と説明している。この評価は重い。かつて日本には地方の芝居小屋が数千棟あった。火災、戦災、テレビの普及、そして単純な採算が、そのほとんどを消していった。生き残った香川の金丸座、愛媛の内子座、熊本の八千代座は、いずれも一棟ごとに名の知れた存在になっている。翁座はその系列に属し、そして訪れる人の数はずっと少ない。

建築面積418平方メートル。木造2階建、切妻造桟瓦葺。昭和21年(1946年)に増築、平成6年(1994年)に改修が加えられている。着工は大正12年(1923年)、上棟が大正14年(1925年)で、文化庁が記録するのはこの年代だ。興行の始まりは昭和2年(1927年)の開場である。

洋式小屋組の下の歌舞伎空間

翁座で最も興味深いのは、外からは見えない矛盾である。

屋根を支えているのはキングポストトラス、つまり洋式の小屋組だ。明治期に移入され、新設の技術教育機関で教えられた構法で、日本の伝統的な和小屋が不得手としたことを可能にする。途中に柱を落とさずに大きな空間を渡すことだ。和小屋なら室内に柱が降りてくる。歌舞伎の客席にとって柱は邪魔者でしかない。

その工学的な屋根の下は、すべて旧来の芝居小屋である。客席は吹抜けで、視線を遮る支柱がない。畳敷の平場は舞台に向かってゆるやかに勾配をとる。二階にはコの字形に桟敷席が三方を巡り、その縁を擬宝珠高欄が締める。寺社の橋の親柱に載る、あの玉ねぎ形の飾りをもつ手すりだ。頭上は折り上げ格天井。周囲を斜めに立ち上げて中央の平天井へ導く、格式ある部屋にのみ用いられる仕上げである。

つまり建て主と棟梁は、当時最新の構造技術を使って、きわめて古い形式の部屋をより良く実現した。大正期はその組み合わせが成立しうる、ちょうどその時期だった。

舞台機構も残った。これは建物本体が残ること以上に稀である。回り舞台があり、その下には奈落が掘られている。人力で機構を回すために人が入り込み、枠を押して場面転換を進める空間だ。舞台の構造は奈落の内側から石垣によって支えられている。花道が客席を貫いて後方まで延び、そこにはすっぽんが仕込まれる。妖術使いや亡霊が現れるための小さな迫りだ。舞台の背後には楽屋が控える。

芝居小屋から映画館へ、そして再び

翁座は歌舞伎と旅回りの劇団のために建てられた。昭和22年(1947年)11月には農地解放を祝う神楽が興行された。この建物が周辺の地域にとって何であったかが、その一事からうかがえる。

やがて映画館になった。二階に映写室が設けられ、昭和29年(1954年)の全国映画館総覧には木造・定員400・松竹作品の上映館として記載されている。終戦直後には高田浩吉、鶴田浩二、大友柳太朗といった俳優が舞台に立った。昭和35年(1960年)頃に閉館する。

その後は、この種の建物にありふれた経過をたどる。工場などに転用され、手が加えられ、やがて使われなくなった。平成6年(1994年)の改修が転機になる。平成26年(2014年)には広島県の「ひろしまたてものがたり」100セレクションに選ばれ、そのなかの上位選定にも入った。平成30年(2018年)に所有者から府中市へ寄贈され、令和2年(2020年)、県内274件目の登録有形文化財となった。

改修について一点だけ断っておきたい。梁や柱が濃い焦げ茶に塗られており、そのせいで新しく見えるという感想を残している見学者がいる。指摘としては的を射ている。手の入っていない建物の煤けた古色を期待して行くと違和感が残る。ここにあるのは、立ち続け、使い続けられるように手当てされた建物だ。

訪問の計画を立てる

翁座はJR福塩線上下駅から北東へ約800メートル、徒歩8分から10分の距離にある。車なら尾道自動車道の世羅インターチェンジから約15分。建物自体に駐車場はなく、近隣の宿泊施設が6台分の駐車場を案内している。

内部の見学については事前確認が必要で、情報源によって記述が食い違う。府中市の文化財ページは外観を常時公開とするのみで、内部の公開には触れていない。地元の観光団体は土曜・日曜・祝日の10時から15時、入館料200円と案内する一方、同じサイト内では通常非公開で町歩きガイドのコースに組み込まれているとも記している。広島県の「ひろしまたてものがたり」は見学を要問合せとし、上下ひなまつり期間中の土日は開放されるとする。撮影は可とされている。

実務的な答えは、まず電話することだ。問い合わせは府中市上下歴史文化資料館が窓口となり、府中市教育委員会の文化財室でも案内が受けられる。内部に入れることを前提に旅程を組むなら、出発前に確認しておきたい。

それが叶わない場合には、府中市観光協会が公開している3D映像がある。通常は見られない奈落や舞台下まで、館内を歩くように閲覧できる。

町と合わせて回るのがよい。上下は幕府直轄の天領として代官所が置かれ、石州街道の宿場町として栄えた地で、白漆喰の主要街道筋が南西方向にすぐ残っている。春の上下ひなまつりは町が最もにぎわう時期であり、翁座が開いている可能性も最も高い。

Q&A

Q翁座の内部は見学できますか。開館時間と入館料を教えてください。
A情報源により記述が異なるため、事前の電話確認をおすすめします。地元の観光団体は土曜・日曜・祝日の10時から15時、入館料200円と案内していますが、府中市の公式ページは外観の常時公開のみを記載しています。問い合わせは府中市上下歴史文化資料館へ。
Q翁座へは上下駅からどう行けばよいですか。
AJR福塩線上下駅から北東へ約800メートル、徒歩8分から10分です。車なら尾道自動車道の世羅インターチェンジから約15分。建物専用の駐車場はないため、町中心部の駐車場を利用してください。
Q翁座の建築的な価値はどこにありますか。
A視線を遮らずに客席を渡す洋式のキングポストトラスと、伝統的な芝居小屋の内部空間が同居している点です。勾配のある畳席、二階をコの字形に巡る擬宝珠高欄付きの桟敷、折り上げ格天井を備えます。府中市は戦前の木造劇場として中国地方唯一の現存例と位置づけています。
Q翁座には当時の舞台機構が残っていますか。
A残っています。回り舞台、その下で人力によって機構を回した奈落、客席を貫く花道、花道に仕込まれたすっぽんが揃います。舞台の背後には楽屋も残ります。
Q翁座で写真撮影はできますか。
A広島県の「ひろしまたてものがたり」は撮影可としています。館内は暗いため、明るいレンズか高感度設定が役に立ちます。三脚の使用については現地で係の方に確認してください。

基本データ

名称翁座(おきなざ)
所在地広島県府中市上下町上下字岩崎2077
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 34-0283
指定年令和2年(2020年)8月17日登録
員数1棟
寸法木造2階建、切妻造桟瓦葺、小屋組はキングポストトラス。建築面積418平方メートル
所有者府中市
公開状況外観は常時公開。内部の公開日時は情報源により異なるため事前確認が必要

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) — 翁座
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013450
文化遺産オンライン — 翁座
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/414155
広島県府中市 — 翁座(国の登録文化財)
https://www.city.fuchu.hiroshima.jp/soshiki/kyoiku_iinkai/kyoikuseisakuka/bingokokufu/shinobunkazai/kunitouroku_bunkazai/9271.html
広島県 ひろしまたてものがたり — たてもの情報(11)翁座
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/tatemonogatari/tatemonojouhou11.html
上下天領ツーリズム — 翁座
https://jogetenryo.com/meguru/sight/walking/6/
府中市観光協会 — 翁座
https://fuchu-kanko.jp/recommended/recommended-816/

最終更新日: 2026.08.08