砂防施設が庭園になった川

昭和20年(1945年)9月17日の夜、終戦からわずか二日後に、枕崎台風が広島県を襲った。厳島神社の背後にそびえる弥山(標高529.8メートル)では、激しい雨で山腹が崩れ、土石流が紅葉谷川を駆け下りた。当時の記録には、弥山の七合目あたりから山津波が起きたとある。流れ下った土砂は神社の四方裏手に押し寄せ、社殿の一部を流し、床下にはおよそ1万8千立方メートルもの土砂が堆積したという。

この災害からつくられたものは、専門家が新しい言葉を用意しなければならないほど風変わりだった。昭和25年(1950年)に竣工した紅葉谷川庭園砂防施設は、日本庭園のように見える、現役の治水施設である。事業のために生まれた「庭園砂防」という語は、その性格をそのまま言い表している。堰堤、床固工、石張りの流路が下流の神社を守りながら、川沿いを歩く人の目には、巨石と淵と小さな滝で構成された景観として映る。

復旧工事が庭になるまで

この復旧は、ふつうの土木工事としては進められなかった。厳島が史跡かつ名勝という二重の指定を受けていたため、宮島の住民はその格にふさわしい復旧を強く望み、県の防災担当者と文部省もこれに同調した。昭和23年(1948年)、「史蹟名勝厳島災害復旧工事委員会」が組織される。文部省・県・町の職員、厳島神社の関係者、国会議員や県会議員、学識経験者が顔をそろえた。

委員会がまとめた「岩石公園築造趣意書」には、標準的な工事仕様書には見られない方針が並んだ。大小の巨石は決して傷つけず、割らず、野面のまま使うこと。樹木はできるだけ伐らないこと。強度のために必要なコンクリートは、目に触れないよう野面石で包むこと。実際の施工は地元広島の日本庭園の庭師が担い、県の技術者が構造を確認し、造園の学識者が石組の構成を助言しながら、石を一つずつ現地で配していった。

この方針のもとでの石の据え付けは、根気のいる作業だった。最も大きな巨石は、地元で「かぐらさん」と呼ばれた人力の運搬装置を使い、欠いたり割ったりしないよう少しずつ動かしている。工事は三か年に及んだ。最初の二年で紅葉谷川を、最後の一年で隣の白糸川を仕上げ、事業は昭和25年に完成をみた。

なぜ重要文化財に指定されたのか

長いあいだ、この施設の価値を知るのは砂防技術者や造園の専門家が中心で、その完成度は海外の関係者からも評価されてきた。土石流を防ぐ構造物が、これほど周囲に溶け込んでしまう例はめずらしい。令和2年(2020年)12月23日、文化庁はこの施設を、指定基準のうち「歴史的価値の高いもの」として重要文化財に指定した。

この指定は、二つの点で前例のないものだった。一つは、戦後につくられた土木施設として全国で初めての重要文化財だったこと。長崎県の西海橋と並んで指定された。もう一つは、意匠だけでなく、つくられた経緯が評価されたことである。終戦直後の混乱のなか、国と地方政府が連合国最高司令官総司令部(GHQ)と連携して文化財の災害復旧を実現した、という協働そのものが貴重とされた。指定の対象はおよそ688メートルにわたる石造の施設で、関係資料86点が附(つけたり)として併せて指定されている。

歩きながら見たいところ

指定区間は、200種類を超えるカエデが植えられ、谷の名の由来ともなった紅葉谷公園のなかを川沿いに延びている。朱塗りの紅葉橋からおよそ20分歩けば、その一連をたどることができる。谷をのぼるように第一号から第五号までの堰堤が段をなし、いずれもコンクリートの芯を野面石で覆っているため、下流側のものはひと目では堰堤と気づきにくい。堰堤のあいだには低い石の床固が連なり、急な落差で河床が削られないよう、流れを小さな段差に分けている。

石組をよく見ると、庭づくりの作法が見えてくる。淵や小さな滝は偶然ではなく意図して配されており、第二号堰堤には日本庭園の「鯉魚石」を思わせる立石が据えられている。最上流部は岩石公園として開け、台風が流し下した巨石が、この事業の名のもととなった石組へと組み上げられている。

谷全体が厳島神社の世界文化遺産の登録範囲に含まれることもあり、秋が深まると紅葉を目当てに多くの人が訪れる。葉が色づき、清らかな水が石の上を流れる季節である。この道は宮島ロープウエー駅へ向かう人の通り道でもあるため、島での一日の行程に無理なく組み込める。

谷のまわり

紅葉谷公園は、海に立つ大鳥居で知られる厳島神社から少し内陸に入ったところにある。庭園砂防施設の下流側には、江戸時代末期創業の老舗旅館「岩惣」が建ち、その離れは川を見下ろすように配されている。谷の上手からは宮島ロープウエーが弥山の山頂散策路へとのぼり、南の斜面には大聖院が控える。島へは、広島市街から電車で出た宮島口から、フェリーで約10分で渡れる。

Q&A

Q砂防施設を実際に見学できますか。
Aできます。指定区間は紅葉谷公園のなかにあり、公園は無料で開放されています。堰堤や流路に沿った川辺の道をいつでも歩くことができます。
Qいつ訪れるのがよいですか。
A11月下旬が紅葉の名高い季節で、公園の200本を超えるカエデが赤く色づきます。春や初夏は人が少なく、石組や流れをゆっくり観察するのに向いています。
Q厳島神社からの行き方を教えてください。
A神社から内陸へ徒歩で10〜15分ほどです。紅葉谷公園または宮島ロープウエーの案内に従って進むと、その道沿いに施設が続いています。
Qコンクリートの堰堤がなぜ文化財なのですか。
A戦後につくられた土木施設として全国で初めて重要文化財に指定されたためです。庭園の設計を治水と一体化させた手法と、復旧を実現した戦後の協働が評価されました。
Q世界遺産の一部なのですか。
A谷は厳島神社の世界文化遺産の登録範囲に含まれます。ただし世界遺産の登録と重要文化財の指定は別の制度です。

基本情報

名称紅葉谷川庭園砂防施設(もみじだにがわていえんさぼうしせつ)
所在地広島県廿日市市宮島町
指定区分重要文化財(令和2年〔2020年〕12月23日指定)
指定基準歴史的価値の高いもの
時代昭和/昭和25年(1950年)頃竣工
構造石造及びコンクリート造、延長約688.2メートル
員数1所(附 関係資料86点)
所有者広島県・廿日市市
アクセス紅葉谷公園内。厳島神社から徒歩約10〜15分。見学無料

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00005288
文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/579736
重要文化財 紅葉谷川庭園砂防施設(広島県砂防課)
https://www.sabo.pref.hiroshima.lg.jp/portal/sonota/momijidani/exmtl.html
紅葉谷公園と紅葉谷川庭園砂防施設(廿日市市)
https://www.city.hatsukaichi.hiroshima.jp/soshiki/26/52152.html
広島大学デジタル博物館
https://www.digital-museum.hiroshima-u.ac.jp/~main/index.php/紅葉谷川庭園砂防施設

最終更新日: 2026.06.03