シベチャリ川流域チャシ跡群及びアッペツチャシ跡 ─ アイヌ史を語る六つの砦跡
北海道の南部、静内川(シベチャリ川)を見下ろす断崖の上に、土と草に覆われた静かな遺構が今も残されています。シベチャリ川流域チャシ跡群及びアッペツチャシ跡は、寛文9年(1669年)の「シャクシャインの戦い」に深く関わる六つのチャシ(砦)跡をまとめた国指定史跡で、平成9年12月2日に指定されました。アイヌの人々の歴史と社会、そして松前藩との関係を物語る貴重な遺跡として、北海道における中・近世史を理解するうえで欠かすことのできない場所となっています。
「チャシ」とは何か
「チャシ」とは、砦・館・柵・柵囲いなどを意味するアイヌ語です。北海道全体ではこれまでに500か所を超えるチャシ跡が確認されており、特に北海道南東部に密に分布しています。明治期の研究者は「アイヌの城砦」と位置づけましたが、その後の研究によって、戦闘用としては規模の小さなものや、儀礼・談判・見張りなど多様な用途を示すと考えられる事例も明らかになっています。
立地と形態
チャシの多くは、海・川・湖沼などに面した急峻な地形上に築かれ、壕(ごう)と呼ばれる溝や郭(くるわ)と呼ばれる盛土で区画されているのが特徴です。形態は四つに大別され、岬や丘の一端を壕で区切る丘先式、台地の崖側に壕をめぐらす面崖式、丘の頂部に壕をめぐらす丘頂式、湖中や湿地中の島状の地形を利用する孤島式があります。構築・使用の中心となった時期は17世紀中頃で、18世紀には次第に衰え、18世紀末には姿を消していきました。
史跡を構成する六つのチャシ跡
本史跡は、新ひだか町域に所在する五つのチャシ跡と、日高町域に所在する一つのチャシ跡、合わせて六か所から構成されています。これらは静内川(シベチャリ川)流域および厚別(アッペツ)川上流に分布しており、シャクシャインの戦いに関わる重要な遺跡として、ひとまとまりに評価されています。
シャクシャイン方とされるチャシ
シベチャリチャシ跡は史跡群の中核をなし、別名「シャクシャイン城址」とも呼ばれる代表的な遺跡です。静内灯台の近くに位置するホイナシリチャシ跡もまた、シャクシャイン方の拠点と伝えられています。
オニビシ方とされるチャシ
メナチャシ跡、オチリシチャシ跡、そして日高町のアッペツチャシ跡は、シャクシャインの宿敵であった首長オニビシに関わるチャシと考えられています。両者の対立は、戦いの引き金のひとつとして知られています。
ルイオピラチャシ跡
ルイオピラチャシ跡については、戦いとの直接的な関わりを伝える史料は残されていませんが、出土遺物などから同時代のものと推定されており、史跡群を一括して理解するうえで重要な比較資料となっています。
なぜ国の史跡に指定されたのか
北海道には500か所を超えるチャシ跡が知られていますが、特定の事件や人物と確実に結びつけられる事例はごくわずかです。シベチャリ川流域チャシ跡群及びアッペツチャシ跡は、幕府・松前藩・弘前藩などが残した記録に「館」「居所」「城」「ちやうし」「要害」などとして名指しで記録されており、考古学的遺構と文献史料を結びつけることのできる稀有な遺跡群です。
これらが寛文9年のシャクシャインの戦いに直接関係する、あるいは関係すると考えられること、さらに北海道における中・近世史およびアイヌ社会を知るうえで欠かすことのできない歴史的価値を有することから、平成9年(1997年)12月2日付で国の史跡に指定されました。地表面に壕や郭の遺構が良好に残り、当時の立地戦略を体感できる点も高く評価されています。
シャクシャインの戦いとは
17世紀中頃の北海道では、松前藩が和人とアイヌの交易を独占し、鉄製品・漆器・木綿・米などをアイヌの毛皮・干物等と交換する取引が広く行われていました。しかし交換比率は次第にアイヌ側に不利となり、また狩猟・漁撈の場をめぐる対立も激化していきます。
こうした状況のなか、日高地方ではメナシウンクル(東の人)の長シャクシャインと、シュムクル(西の人)の長オニビシとの間で、勢力圏をめぐる対立が長く続いていました。やがてこの対立は内部抗争を超え、寛文9年(1669年)にはシャクシャインを中心とした広域的な蜂起へと発展します。蜂起は最終的に鎮圧され、和議の席でシャクシャインは討たれましたが、この戦いは松前藩の支配体制を決定的なものとし、その後のアイヌ史に長く影響を及ぼしました。
見どころ
シベチャリチャシ跡 ─ 史跡群の中核
シベチャリチャシ跡は、静内川左岸の台地の突端、標高83メートル(沖積地との比高差77メートル)に築かれた丘先式チャシです。眼下には静内市街地が広がり、太平洋や日高山脈までも一望できる展望のよさは、この場所が選ばれた理由を雄弁に物語っています。
地表に現れている遺構は、上幅約10メートル、深さ約1.5メートル、長さ約50メートルの壕一条と、面積約1,300平方メートルの郭です。昭和38年・44年・62年、平成15年に行われた発掘調査により、現存する壕がもとは二条であり、シャクシャインの戦い前後に一条に改修されたこと、さらに東側にもう二条の壕状遺構が存在し、もとは三重の壕構造であったことが確認されています。
発掘調査で見つかったもの
シベチャリチャシ跡の発掘調査では、柵列や櫓に用いられたと思われる柱穴、鉄器・漆器・陶磁器・布などを伴う竪穴状の遺構、焼土、骨角器、シカの四肢骨、メカジキの吻、サケ科の脊椎骨など、多彩な遺物が出土しています。これらは、当時ここに集った人々の暮らしや交易、そして緊迫した時代の空気を今に伝える貴重な手がかりです。
真歌公園とアイヌ文化拠点空間
シベチャリチャシ跡は、新ひだか町の都市公園「真歌公園」内に位置しています。園内にはアイヌ民俗資料館、シャクシャイン記念館、シャクシャイン像などが整備されており、新ひだか町ではこの一帯を「新ひだか町アイヌ文化拠点空間」として整備する計画を進めています。令和3年度には、本来の遺構の姿をより明確に伝えるための環境整備が実施されました。
真歌公園展望台
令和元年度にリニューアルされた真歌公園展望台からは、静内の市街地、川、そして遠く太平洋までを一望できます。チャシが築かれた立地の戦略性を、自分の目で確かめることができる絶好のビューポイントです。
ホイナシリチャシ跡ほかの周辺チャシ
静内灯台のそばに位置するホイナシリチャシ跡では、シベチャリチャシ跡以上に明瞭な空堀や土塁を観察できると評する訪問者もいます。また北方開拓碑のそばにあるメナチャシ跡では、空堀・土塁・郭がはっきりと確認できます。これらは整備度が低く自然のなかにある遺構ですので、キタキツネやエゾシカ、稀にヒグマとの遭遇にも備え、安全に配慮して訪れることをおすすめします。
周辺の見どころ
新ひだか町は、史跡だけにとどまらない魅力にあふれています。約7キロメートルにわたって約2,200本の桜が咲き誇る「二十間道路桜並木」は、日本でも屈指の桜の名所として全国にその名を知られています。また当地はサラブレッドの一大産地でもあり、見学を受け入れている牧場もあります。日高の海岸線は太平洋の景観や漁村の風景、温泉地が点在し、内陸を北上すれば日高町のアッペツチャシ跡へと続く山間の道のりも楽しむことができます。
Q&A
- チャシとは何ですか。和人の城とはどう違うのですか。
- チャシはアイヌ語で砦・館・柵・柵囲いなどを意味し、急峻な地形に壕や土塁で区画して築かれた施設です。砦としての機能のほか、見張り場、儀礼・儀式、談判の場、首長の居館などとしても使われたと考えられています。和人の城のような石垣や天守を伴わず、規模も小さく、北海道独自の文化的・建築的伝統を反映しています。
- シャクシャインとはどのような人物ですか。
- 17世紀の日高地方に生きた、メナシウンクル(東の人)アイヌの首長です。寛文9年(1669年)、悪化する交易条件などを背景に、広域のアイヌ集団に呼びかけて松前藩に対する蜂起を主導しました。戦いは鎮圧され、シャクシャイン自身も和議の席で討たれましたが、彼は今日なおアイヌの抵抗と誇りを象徴する歴史的人物として語り継がれています。
- チャシ跡は実際に歩いて見学できますか。
- 真歌公園内のシベチャリチャシ跡は一般に開放されており、遊歩道に沿って壕や郭を見学することができます。新ひだか町では遺構の保護と公開・活用を両立させるため、環境整備を継続的に進めています。一方、群を構成する他のチャシ跡は自然のなかにあり、案内施設も限られていますので、事前に情報を確認し、安全に配慮してお出かけください。
- 入場料は必要ですか。
- 真歌公園の入園およびシベチャリチャシ跡の見学は無料です。園内のアイヌ民俗資料館やシャクシャイン記念館などの施設は、別途入館料がかかる場合があります。最新の情報は、新ひだか町教育委員会へ事前にお問い合わせください。
- 訪れるのに最適な季節はいつですか。
- 気候が穏やかで散策しやすい5月から10月頃がおすすめです。特に5月初旬には近隣の二十間道路桜並木が見頃を迎え、史跡見学とあわせて素晴らしい景観を楽しむことができます。冬季の見学も可能ですが、防寒対策と足元への注意が必要です。
基本情報
| 名称 | シベチャリ川流域チャシ跡群及びアッペツチャシ跡 |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定史跡(平成9年〔1997年〕12月2日指定) |
| 構成資産 | シベチャリチャシ跡、ホイナシリチャシ跡、メナチャシ跡、オチリシチャシ跡、ルイオピラチャシ跡(新ひだか町)/アッペツチャシ跡(日高町) |
| 時代 | 17世紀(シャクシャインの戦い〔1669年〕に関連) |
| 文化的位置づけ | アイヌのチャシ(砦・館等)跡 |
| 所在地(代表地) | 北海道日高郡新ひだか町静内真歌7番地の1(シベチャリチャシ跡/真歌公園内) |
| その他所在地 | 北海道沙流郡日高町(アッペツチャシ跡) |
| 管理団体 | 新ひだか町(平成23年4月11日指定) |
| アクセス | 札幌から車で約2時間30分/新千歳空港から車で約1時間50分/旧静内駅から車で約10分 |
| 料金 | 真歌公園・チャシ跡の見学は無料(園内の各施設は別途料金がかかる場合あり) |
| お問い合わせ | 新ひだか町教育委員会教育部 文化振興課 博物館・アイヌ政策係 電話:0146-42-0394 |
参考文献
- 史跡シベチャリ川流域チャシ跡群及びアッペツチャシ跡とは | 北海道新ひだか町
- https://www.shinhidaka-hokkaido.jp/hotnews/detail/00005090.html
- シベチャリチャシ跡とは | 北海道新ひだか町
- https://www.shinhidaka-hokkaido.jp/hotnews/detail/00005091.html
- シベチャリチャシ跡のご案内 | 北海道新ひだか町
- https://www.shinhidaka-hokkaido.jp/hotnews/detail/00005092.html
- チャシとは | 北海道新ひだか町
- https://www.shinhidaka-hokkaido.jp/hotnews/detail/00005124.html
- シベチャリ川流域チャシ跡群及びアッペツチャシ跡 | 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/203366
- 史跡シベチャリ川流域チャシ跡群及びアッペツチャシ跡(国指定)| 日高振興局
- https://www.hidaka.pref.hokkaido.lg.jp/hk/kks/ainuculture/shinhidaka/single_ainu_shinhidaka_shibecharigawa.html
最終更新日: 2026.04.27