門のように築かれた坑の口 天龍坑人車斜坑坑口

坑の入口のなかには、補強された穴にすぎないものもある。これは見られることを意図して築かれた。天龍坑の人車斜坑坑口は幅十一メートルに広がり、中央の煉瓦アーチの左右に翼部が張り出し、全体がピラスターとコーニスで整えられている。アーチの頂部には、錐形に盛り上げた石材が要石として据えられ、ほかは落ち着いた煉瓦の面に意図的な見せ場を加えている。その姿は、門の風格を備えた働く坑の口である。

アーチそのものはスパン二・五メートルの半円で、煉瓦を四枚厚に積んで築かれている。ここを人車、すなわち坑夫を斜坑づたいに天龍坑へと運ぶ車が通った。これは資材用の坑口とは別の、坑への人の入口であり、その堂々とした手当ては、毎日ここをくぐる坑夫たちに対して炭鉱が見せた表の顔にふさわしいものだった。

最も生産性の高かった鉱区を代表する遺構

この坑口は平成十八年(二〇〇六年)十月十八日、登録番号01-0071として登録有形文化財に登録された。相方の資材斜坑坑口やズリ捨線の諸施設と同じ回の登録である。文化庁は天龍坑の二つの坑口を合わせて、炭鉱の第二鉱区を代表する遺構の一つと記している。第二鉱区は、北炭の夕張における操業で最大級の出炭量を誇った区域だった。登録区分は「その他工作物」で、保護の根拠は構造物の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」とされる。

この門の奥にある坑は、二十世紀の変わり目に第三斜坑として開かれた。坑口は明治三十三年(一九〇〇年)にさかのぼり、夕張炭田でも古い煉瓦構造物に属する。夕張市によれば、この地の坑は火災を遠ざけたいという願いと結びついて河川名にちなんで名づけられ、第三斜坑は大正七年(一九一八年)に天龍坑となった。市はまた、昭和十三年(一九三八年)に百六十一名の命を奪った災害を記録しており、その後に坑口は閉鎖された。整った煉瓦の面は、深部採炭の誇りと代償の双方を抱えた場の前面に立っている。

門で見ておきたい点

まず全体の構成をとらえたい。左右に張り出す翼部が坑口に幅と左右対称を与え、実用というより建築として読ませる。錐形の石の要石が視線をアーチの中心へと導く。次に煉瓦積みを見たい。四枚厚に積まれ、ピラスターとコーニスが機能的な開口を格式あるものへと引き上げている。スパン二・五メートルのアーチ自体は控えめだが、それを取り囲む額縁が、入口を重厚に感じさせる役目を果たしている。

坑口は傾いた高松跨線橋から北へ約六十五メートルの位置にあり、両者は同じ短い散策のうちに見られる。坑の口と炭鉱町の日常のインフラとが結びつく。より広い遺構の一帯は夕張市石炭博物館を中心としており、二〇二五年に再開した博物館の模擬坑道は天龍坑そのものの炭層に取り組んでいる。屋外の鉱業遺構は季節や安全状況によって変わるため、頼りになる出発点は博物館とし、この門は博物館が息を吹き込む坑への品位ある入口として読むとよい。

Q&A

Q「人車」とは何ですか。
A人車は坑夫を斜坑づたいに坑内へ上下させる車です。この坑口は彼らがくぐった入口で、設備用の資材斜坑坑口とは別のものでした。
Qなぜこの坑口は相方よりずっと幅が広いのですか。
A中央のアーチの左右に翼部が張り出すため幅十一メートルになっています。翼部、ピラスター、コーニス、錐形の石の要石が、門のような格式を与えています。
Qどれくらい古く、当初は何と呼ばれたのですか。
A明治三十三年(一九〇〇年)にさかのぼり、当初は第三斜坑と呼ばれた坑に属します。夕張市によれば、第三斜坑は大正七年(一九一八年)に天龍坑と改名されました。
Q天龍坑はその後どうなったのですか。
A夕張市によれば、昭和十三年(一九三八年)の災害で百六十一名の犠牲者を出し、その後に坑口は閉鎖されました。煉瓦の坑口は坑の表の顔として残っています。
Q周辺には何がありますか。
A南へ約六十五メートルに傾いた高松跨線橋があり、二〇二五年に再開した模擬坑道を持つ夕張市石炭博物館が、より広い遺構の一帯の拠点になっています。

基本情報

名称旧北炭夕張炭鉱天龍坑人車斜坑坑口
所在地北海道夕張市高松
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録年月日 平成十八年十月十八日 登録番号 01-0071
年代明治三十三年(一九〇〇年)
構造煉瓦造 幅十一メートル 煉瓦四枚厚、スパン二・五メートルの半円アーチ 錐形の石材を要石に用い、ピラスター・コーニス・左右の翼部を付す
員数一基
公開状況高松の博物館周辺の遺構一帯にあり、跨線橋の北約六十五メートル。現地の最新情報を確認のこと

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005704
文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/171012
日本遺産ポータルサイト「炭鉄港」(文化庁)
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4076/

最終更新日: 2026.06.25