旧日本郵船株式会社小樽支店:明治期北海道を代表する近世ヨーロッパ復興様式の石造建築

小樽市の北運河沿いに佇む旧日本郵船株式会社小樽支店は、明治39年(1906年)に竣工した近世ヨーロッパ復興様式の石造2階建建築です。昭和44年(1969年)に国の重要文化財に指定され、明治後期の日本における洋風建築の到達点を示す貴重な遺構として高く評価されています。平成30年(2018年)から約5年にわたる大規模な保存修理・耐震補強工事を経て、令和7年(2025年)4月25日に一般公開が再開されました。

かつて「北のウォール街」と称され、北海道開拓の経済拠点として繁栄を極めた小樽。この建物は、その黄金時代を象徴する存在です。重厚な石造りの外観、金唐革紙(きんからかわかみ)に彩られた豪華な貴賓室、漆喰彫刻の天井中心飾り、そしてシャンデリアが照らす大会議室——訪れる者を明治の息吹あふれる空間へと誘います。

歴史的背景

明治後半の小樽は、国を挙げた北海道開拓事業の拠点都市として急速に発展していました。対欧州を含む商業港湾機能の拡充に伴い、船舶・海運・倉庫業者が競って船入澗を設置し、石造倉庫を建設しました。同時に、一流の建築家たちが当時の最先端技術を駆使して代表的な作品を次々と残し、小樽の建築水準を飛躍的に高めていきました。

日本郵船株式会社は、日本三大海運会社のひとつであり、三菱グループの中核企業として海外でも広く知られる存在です。同社は北海道での事業拡大に対応するため、欧州航路を含む貨物・旅客取扱業務の拠点として、この小樽支店の新築を決定しました。明治37年(1904年)に着工し、同39年(1906年)10月に竣工。工費は当時の金額で約6万円でした。

竣工からわずか1カ月後の明治39年11月、2階の大会議室において歴史的な出来事が起こります。日露戦争後のポーツマス条約(1905年)を受け、樺太(サハリン)の日露国境を北緯50度に画定するための「樺太国境画定会議」が開催されたのです。日本の繁栄ぶりをロシア側に示す意図もあったとされ、この壮麗な建物が外交の舞台として選ばれました。

その後、昭和29年(1954年)まで日本郵船小樽支店として営業を続け、昭和30年に小樽市が建物を譲り受けました。翌年からは小樽市博物館として一般公開が始まり、昭和44年3月に国の重要文化財に指定されました。昭和59年から62年にかけての全面修復工事で建築当時の姿に復元され、さらに平成30年から令和7年にかけての保存修理工事では、耐震補強に加え、劣化した金唐革紙の復元や屋根の葺き替えなどが行われました。

重要文化財に指定された理由

旧日本郵船株式会社小樽支店が国の重要文化財に指定された背景には、複数の重要な要素があります。

第一に、明治後期における代表的な石造建築としての価値です。近世ヨーロッパ復興様式を忠実に取り入れた本建物は、日本における西洋建築技術と意匠の発展を知る上で極めて重要な作品です。重要文化財の中でも、地元産の石材(小樽天狗山産の軟石を主体とし、厚さ約75cm)のみで構築された純石造建築は珍しく、その構造的価値は際立っています。

第二に、内部の保存状態が極めて良好である点です。照明器具、暖炉、建具など竣工当時のものが数多く残されており、明治期の室内意匠を今日に伝える貴重な資料となっています。

第三に、明治39年の樺太国境画定会議が開催された歴史的遺構としての価値です。建築的価値と外交史上の重要性を兼ね備えた稀有な存在です。

さらに、本建物は日本遺産「北海道の『心臓』と呼ばれたまち・小樽」の主要な構成文化財のひとつにも位置づけられています。

建物の見どころ

外観の意匠

近世ヨーロッパ復興様式を採用した外観は、正面にポーチ付き玄関を配し、左右対称に構成されています。上下階ともに両端を前面に張り出させた堂々たるファサードが特徴です。マンサード屋根にドーマー窓、歯飾りやアーチといった装飾は控えめながらも、重厚感と格式の高さを感じさせます。外壁には主に2種類の石材が用いられ、色の違いが建物に立体感を与えています。

1階:営業室

正面玄関から入ると、欧州航路を含む貨物や旅客の取扱業務が行われていた営業室が広がります。格子状の高い天井を支える木製の柱には、飴色に輝く精緻な柱頭飾り(キャピタル)が施され、日本屈指の船会社としての威厳が感じられます。高いカウンターで客溜まりと執務空間が仕切られ、その上部には花型のブラケットライトが設置されています。一般客・貴賓客・従業員の三者が交錯しないよう、それぞれ専用の入口と動線が設けられた機能的なゾーニングも注目すべき設計です。

2階:貴賓室

本建物で最も豪華な内装が施された空間です。壁面は「金地菊花模様」の金唐革紙(きんからかわかみ)に覆われています。金唐革紙とは、和紙に金属箔を貼り、彫刻を施した版木に打ち込んで立体的な文様を浮き立たせた日本独自の装飾紙です。寄木細工の床、空色漆喰の天井と中心飾り、純白大理石に彫刻を施した暖炉、セードシャンデリア、そして英国製絨毯——贅を尽くした調度品が華やかな空間を演出しています。暖炉の上と飾り棚の鏡が向かい合わせに配置され、窓からの光が金唐革紙の壁に反射して、一層きらびやかな空間を創り出しています。

2階:会議室

約160平方メートルを超える大会議室は、柱のない吊り天井構造で、天井には大胆な弧を描く蛇腹の装飾彫刻と精緻な中心飾りが施されています。壁面はアカンサス模様の金唐革紙で覆われ、シャンデリアの光が反射する荘厳な空間です。大テーブルと36脚の椅子が整然と並ぶこの部屋で、明治39年に樺太国境画定会議が開催されました。カーテン、シャンデリア、絨毯などは竣工時の写真をもとに昭和62年の工事で復元されたものです。

その他の見どころ

厚い防火壁と波型鉄板の天井を持つ金庫室には、「樺太線小樽及び各地輸出目録」と記された張り紙が棚に残り、当時の樺太航路の活況を偲ばせます。また、本舎と渡り廊下で結ばれた瓦葺きの付属舎には、球戯室(ビリヤード室)、倶楽部、看貫場(計量室)などが正確に復元されており、明治期の商業建築の特徴的な仕様を今に伝えています。

設計者:佐立七次郎

設計者の佐立七次郎(さたちしちじろう、1856年〜1922年)は、安政3年に讃岐藩士の家に生まれました。日本で最初の建築家養成機関である工部大学校造家学科(現・東京大学工学部建築学科)の第一期卒業生4人のうちのひとりです。同期には、日本銀行旧小樽支店や東京駅を設計した辰野金吾、迎賓館赤坂離宮を設計した片山東熊、旧三井銀行小樽支店を設計した曾禰達蔵がいます。

英国の建築家ジョサイア・コンドル(1852年〜1920年)に師事し、恩師の教えである近世ヨーロッパ復興様式を誠実に継承しました。卒業後は工部省、海軍省、逓信省を経て、明治30年頃より日本郵船の建築顧問となり、各地の支店建築を手がけました。現存するもうひとつの代表作である日本水準原点標庫(東京・憲政記念館庭園内)も重要文化財に指定されています。

施工は地元の大工棟梁・山口岩吉と石工・山田藤次郎が担当しました。

来館案内

平成30年(2018年)から約5年にわたる保存修理・耐震補強工事を経て、令和7年(2025年)4月25日に一般公開が再開されました。令和7年4月からは、株式会社日比谷花壇が指定管理者として管理運営を行っています。

建物は小樽北運河の北端、運河公園に隣接しています。復元された金唐革紙に触れて鑑賞できるコーナーや、樺太国境画定会議に関する資料展示、保存修理工事の記録展示などが設けられています。

周辺の見どころ

旧日本郵船株式会社小樽支店は、小樽でも特に歴史的な雰囲気に満ちたエリアに位置しており、徒歩圏内にさまざまな観光スポットがあります。

  • 小樽運河・北運河:大正12年に完成した小樽のシンボル。北運河エリアは往時の姿を色濃く残し、石造倉庫群が運河沿いに立ち並びます。
  • 運河公園(うんがこうえん):建物に隣接する石畳の公園。中央に噴水があり、市民や観光客の憩いの場となっています。
  • 日本銀行旧小樽支店(金融資料館):佐立七次郎の同期生・辰野金吾の設計による重厚な石造建築。現在は金融や小樽の歴史に関する資料館として公開されています。
  • 鱗友朝市:運河公園の近くにある朝市。新鮮な海産物や地元の食材が並び、朝の散策にぴったりです。
  • 旧手宮線跡地:北海道初の鉄道として知られる旧手宮線の跡地が散策路として整備されており、市内中心部を歩いて巡ることができます。
  • 小樽堺町通り:歴史的建造物が建ち並ぶ商店街。ガラス工房やオルゴール館、菓子店など、小樽ならではの買い物が楽しめます。

Q&A

Q金唐革紙(きんからかわかみ)とは何ですか?
A金唐革紙は、ルネサンス期のヨーロッパで発明された革製装飾品「金唐革」を手本に、和紙を用いて日本独自に発展させた装飾壁紙です。和紙に金属箔を貼り、彫刻を施した版木に打ち込んで立体的な文様を浮き出させて制作します。江戸時代には小物入れなどに使われていましたが、明治初期から大蔵省印刷局で壁紙として製造され、ウィーン万博で高い評価を得て欧米にも輸出されるようになりました。本建物では、貴賓室に菊花模様、会議室にアカンサス模様の金唐革紙が使用されています。
Q樺太国境画定会議とはどのようなものでしたか?
A明治38年(1905年)のポーツマス条約により、樺太(サハリン)の南半分が日本領となりました。翌明治39年11月、この建物の竣工からわずか1カ月後に、日本とロシアの代表団が2階の大会議室に集まり、北緯50度に国境線を画定する会議が開催されました。日本側の近代化と経済力を示す目的もあったとされ、贅を尽くした貴賓室や会議室が外交の舞台として使われたのです。
Qアクセス方法を教えてください。
AJR小樽駅から徒歩約20分です。バスの場合は、中央バス「小樽駅前」から2・3系統(手宮・高島3丁目方面)に乗車し、「錦町」バス停で下車、徒歩約3分です。お車の場合は、札樽自動車道小樽ICから高島岬方面に約4km。無料駐車場(10台分)が敷地内にあります。
Q入館料や開館時間はどうなっていますか?
A入館料は一般300円、高校生・市内在住の70歳以上の方は150円、中学生以下は無料です。20名以上の団体は2割引となります。身体障害者手帳等をお持ちの方とその介護者の方は無料です。開館時間は午前9時30分から午後5時まで。休館日は火曜日(祝日の場合は翌平日)と年末年始(12月29日〜1月3日)です。小樽市総合博物館との共通入館券もあります。
Qなぜ長期間休館していたのですか?
A平成30年(2018年)から令和7年(2025年)にかけて、大規模な保存修理・耐震補強工事が行われていました。建物全体の耐震性向上、屋根の葺き替え、劣化した金唐革紙の復元、外壁・内装の補修など、文化財としての価値を損なわないよう慎重に工事が進められました。約5年の工期を経て、創建当時の美しさを保ちながら次世代に引き継ぐための安全性が確保され、令和7年4月25日に一般公開が再開されました。

基本情報

名称 旧日本郵船株式会社小樽支店
指定 国指定重要文化財(昭和44年3月指定)
設計者 佐立七次郎(さたちしちじろう、1856年〜1922年)
施工 大工棟梁・山口岩吉、石工・山田藤次郎
着工・竣工 明治37年(1904年)着工、明治39年(1906年)10月竣工
構造 石造2階建、近世ヨーロッパ復興様式
所在地 〒047-0031 北海道小樽市色内三丁目7番8号
所有者 小樽市
指定管理者 株式会社日比谷花壇(令和7年4月より)
開館時間 午前9時30分〜午後5時
休館日 火曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12月29日〜1月3日)
入館料 一般300円 / 高校生・市内在住の70歳以上150円 / 中学生以下無料
駐車場 10台(無料)
電話番号 0134-22-3316
公式サイト https://kyu-nippon-yusen-otaru.jp/

参考文献

旧日本郵船株式会社小樽支店について(公式サイト)
https://kyu-nippon-yusen-otaru.jp/about
旧日本郵船株式会社小樽支店 — 小樽市
https://www.city.otaru.lg.jp/docs/2022011900078/
重要文化財旧日本郵船株式会社小樽支店の保存修理工事について — 小樽市
https://www.city.otaru.lg.jp/docs/2020101500023/
旧日本郵船株式会社小樽支店 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/173262
旧日本郵船株式会社小樽支店及附属倉庫群 — 日本遺産ポータルサイト
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/7062/
旧日本郵船株式会社小樽支店 — 小樽観光協会公式サイト「おたるぽーたる」
https://otaru.gr.jp/shop/nipponyusen_otaru
重要文化財 旧日本郵船(株)小樽支店 — ぐうたび北海道
https://www.gutabi.jp/spot/detail/65

最終更新日: 2026.04.03