海と崖のあいだに建つニシン漁の家
北海道南部の上ノ国町、日本海に面した海岸と背後の急な斜面にはさまれた細長い土地に、石を並べて押さえた板葺き屋根の低い木造家屋が建っている。ニシン漁で財をなした笹浪家の住まいで、現在の主屋は19世紀前期の建築とされ、北海道に残る民家のなかでも最も古い部類に入る。
敷地は上ノ国八幡宮の参道を挟んで東西に分かれ、東側に主屋、西側に蔵が並ぶ。建物の裏手はすぐに斜面が立ち上がり、正面には一家の生計を支えた海が広がる。立地そのものが、ここでの暮らし方を語りかけてくる。
能登の村から北の漁場へ
笹浪家の起こりは、能登国の笹波村、現在の石川県珠洲市にさかのぼる。享保年間(1716〜1736年)に初代が松前福山へ渡り、のちに上ノ国へ移り住んだ。代々が久右衛門を名乗り、ニシン場の網元として漁と人を束ねた。
いま残る家を建てたのは五代目久右衛門である。笹浪家に伝わる「家督普請控」には、安政4年(1857年)に家の土台を替え、翌年に屋根を葺き替えたと記されており、これが当初の建築を19世紀前半とみる根拠になっている。明治26年ごろ、前面の道路を広げる際に建物の前を半間(約90センチ)ほど縮めたが、それ以外は古い姿をよくとどめている。
なぜ守られているのか
築後およそ150年を経た平成2年(1990年)、住宅は笹浪家から上ノ国町へ寄贈された。その2年後の平成4年(1992年)、主屋と附属の土蔵が国の重要文化財に指定される。理由は明快で、北海道に現存する漁家の住まいとしては最も古く、ニシン漁がこの海岸の暮らしをどう形づくったかを示す建物が、ここに残っているからである。
その影響はこの家一代にとどまらない。笹浪家住宅の形は、のちに北海道の日本海沿岸へ広がり、今もところどころに残るニシン番屋の原型とされている。
二度目の指定は平成30年(2018年)12月で、敷地内の米蔵と文庫蔵が加えられた。嘉永元年(1848年)の建築であるこの二棟は、平成3年にいったん解体して格納され、平成14年に復旧された。土蔵造の二階建てで、切妻造の桟瓦葺き。北側が文庫蔵、南側が米蔵に分かれ、屋根の下地には北海道らしい樺葺きが用いられている。
見どころ
屋根をよく見てほしい。瓦でも茅でもなく、主屋は地元に育つヒバの割柾を葺き、その上に石を置いて海風から守っている。建物の内部にも多くヒバが使われ、部屋にはいまもその木の香りが残る。
土間に足を踏み入れると、雇われた漁夫たちが集まった場所に行き着く。家族の居間と背中合わせのこの作業空間は、一棟の建物が住まいと漁の拠点を兼ねていたことを示している。手前の部屋がミセ、奥がザシキである。
建物のなかには、家そのものを越えて広がる収蔵品が並ぶ。諸国を巡って仏像を彫った円空の作、古銭、漁家が使った道具のたぐい。蔵の展示はさらに先へと話を進める。アイヌの祭祀具イクパスイ、弓、鉾の形をした祈祷の具、そして北海道で唯一文字を読み取れたという木の荷札。二百余年前に道南を歩いた菅江真澄の足跡を追う映像コーナーもある。
アクセスと周辺
上ノ国町は函館から車でおよそ1時間40分、北海道では数少ない中世の遺跡が残る海沿いの町である。住宅の公開は春から秋まで。令和8年(2026年)は4月11日から11月8日まで、午前10時から午後4時まで開き、月曜は休みとなる。入館料は大人300円、小中高生100円。
周辺には立ち寄りたい場所がいくつもある。住宅のすぐ隣には上ノ国八幡宮があり、その本殿は北海道指定の文化財。近くの上國寺本堂も国の重要文化財である。少し足をのばせば、中世の国指定史跡である勝山館跡があり、ガイダンス施設も整う。町を見おろす夷王山はツツジの名所で、花の咲く6月には祭りが開かれる。
Q&A
- なぜ「北海道最古の民家」と呼ばれるのですか。
- 北海道に現存する民家のなかで、笹浪家主屋は19世紀前半に建てられた最も早い部類にあたります。道内の古い建物の多くは火災や風雪、建て替えで失われており、この時代の漁家がそのまま残っている例は珍しいのです。
- ニシン番屋とは何ですか。
- ニシン番屋は、漁の最盛期に網元の家族と季節労働者が寝起きした大きな建物です。住まいと漁夫の作業場を一つにした笹浪家住宅の間取りは、こうした後の建物の早い手本とされています。
- 中に入れますか。
- 入れます。主屋と蔵は公開期間中に見学でき、内部は地域の歴史を紹介する展示施設を兼ねています。公開の開始日は年によって変わるため、訪問前に最新の日程を確かめてください。
- 屋根に石が載っているのはなぜですか。
- 屋根は釘で留めた瓦ではなく、ヒバを割った板で葺かれています。その板を、日本海から吹きつける強い風で飛ばされないよう石で押さえているのです。かつてこの沿岸で広く見られた方法です。
- 蔵では何が見られますか。
- 米蔵と文庫蔵はいま、上ノ国の歴史をたどるガイダンス施設になっています。アイヌの祭祀具、周辺で見つかった出土品、文字を読み取れた木の荷札などを展示し、道南を旅した菅江真澄の映像も見られます。
基本データ
| 名称 | 旧笹浪家住宅(主屋・附属土蔵・米蔵・文庫蔵) |
|---|---|
| 所在地 | 北海道檜山郡上ノ国町字上ノ国236番地 |
| 指定区分 | 重要文化財(主屋・附属土蔵は平成4年〔1992年〕、米蔵・文庫蔵は平成30年〔2018年〕12月25日に追加指定) |
| 年代 | 主屋=19世紀前期/米蔵・文庫蔵=嘉永元年(1848年) |
| 所有者 | 上ノ国町 |
| 公開 | 季節公開(おおむね4月〜11月初旬)、午前10時〜午後4時、月曜休館(最新日程は要確認) |
| 入館料 | 大人300円、小中高生100円 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00005180
- 文化遺産オンライン(主屋)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/154575
- 文化遺産オンライン(米蔵・文庫蔵)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/449370
- 上ノ国町公式サイト
- https://www.town.kaminokuni.lg.jp/hotnews/detail/00000385.html
- 上ノ国町観光協会
- https://www.kaminokuni.jp/?page_id=128
最終更新日: 2026.06.04