昭和新山 ― 戦時下の麦畑から生まれた、奇跡の特別天然記念物

地球が今まさに山を生み出していく姿を、間近で観察できる場所は世界でも数えるほどしかありません。北海道有珠郡壮瞥町にそびえる昭和新山は、その貴重な一例です。標高398メートルの赤褐色の溶岩ドームは、1943年(昭和18年)以前には存在していませんでした。わずか2年足らずの間に、のどかな麦畑が地震と噴火を伴って隆起し、地球上でも最も若い山のひとつが誕生したのです。国の特別天然記念物に指定された昭和新山は、地質学的な驚異であると同時に、戦時下にひっそりとその成長を記録し続けた一人の郵便局長の物語でもあります。

昭和新山とは

昭和新山は、北海道南西部、洞爺湖の南岸に位置する活火山の溶岩ドームです。支笏洞爺国立公園内にあり、有珠山の側火山(寄生火山)として形成されました。「昭和新山」という名称は、その誕生が昭和時代に起こったことに由来しています。

多くの火山が溶岩流や火山灰の堆積によって徐々に円錐形を築いていくのに対して、昭和新山は粘り気の強いデイサイト質の溶岩が地下から押し上げられ、麦畑や森林、川底までもが丸ごと持ち上げられて形成されました。このような成り立ちの火山は「ベロニーテ型(隆起型・潜在ドーム型)」と呼ばれ、世界でも極めて珍しい貴重な事例です。岩肌の表面温度はいまも最高約300度に達する場所があり、赤褐色の山肌からは現在も白い噴煙が立ちのぼり続けています。

戦時下に生まれた山

昭和新山誕生の物語は、1943年(昭和18年)12月28日、有珠山周辺で多発し始めた群発地震から始まりました。地震は冬から春にかけて続き、1944年(昭和19年)に入ると有珠山東麓の麦畑が目に見えて隆起し始めます。同年6月23日には、ふくれ上がった大地が水蒸気爆発を起こし、大量の火山灰を空高く噴き上げました。爆発活動は夏から秋にかけて繰り返されました。

1944年11月には噴火活動が収まり、隆起した「屋根山」と呼ばれる丘の中央に、粘性の高い溶岩がゆっくりと押し上げられ始めます。この溶岩塔は驚くべき速さで成長し、日によっては1日に1メートル以上隆起することもありました。やがて活動は1945年(昭和20年)9月、ちょうど第二次世界大戦終結の頃に静まりました。新しい山の標高は約407メートルに達しましたが、その後の冷却と侵食によって現在の約398メートルに落ち着いています。

これらの出来事は、太平洋戦争の最中に進行しました。当時の日本政府は、戦時下に突如として現れた火山が「不吉な兆候」と受け取られることを恐れ、その存在を秘匿しようとしました。航空写真の撮影は禁じられ、報道も控えられたといいます。一人の地元住民の献身的な努力がなければ、この稀有な現象を世界が記録として残す機会は失われていたかもしれません。

三松正夫と「ミマツダイヤグラム」

その人物こそ、壮瞥郵便局長だった三松正夫(1888–1977)でした。地質学の専門教育を受けてはいなかった三松氏は、誕生しつつある山の姿を後世に残すために独学で観測を始めます。郵便局の窓に二本の柱を立て、そこに釣り糸を水平に張って格子状の基準線とし、その向こうに見える山の輪郭を毎日紙に写し取ったのです。日付ごとに重ねて描かれた線は、山が日々せり上がっていく様子をひと目で示す貴重な記録となりました。

こうして生まれた図は、火山誕生の過程を一枚で表す「ミマツダイヤグラム」として知られるようになります。1948年にオスロで開かれた万国火山会議で発表されると、その正確さと明快さは世界中の火山学者を驚かせました。三松氏はその後、私財を投じて昭和新山の土地を買い取り、保全に努めました。今日に至るまで、昭和新山は私有地のまま守られています。これは特別天然記念物としては世界的にも極めて珍しい事例です。土地は現在も三松氏の子孫によって大切に管理されています。

特別天然記念物に指定された理由

昭和新山は、その活動が落ち着いてからわずか6年後の1951年(昭和26年)6月9日に天然記念物に指定され、1957年(昭和32年)には特別天然記念物へと格上げされました。これは、日本の文化財保護法において自然物に与えられる最高位の保護指定です。背景には、いくつもの傑出した価値があります。

第一に、昭和新山は誕生の全過程がリアルタイムで観察・記録された極めて稀な火山です。ミマツダイヤグラムをはじめとする一次記録は、現在も世界中の地質学者・火山学者・教育関係者によって溶岩ドーム形成の研究に活用されています。第二に、昭和新山は隆起型溶岩ドームの代表例であり、より一般的な成層火山とは対照的な貴重な学術資料となっています。第三に、有珠山、洞爺湖、隆起によって変形した河床や森林を含む周辺地域全体が、近現代の火山活動を物語る世界有数のエリアを形成しています。2009年には、洞爺湖有珠山ジオパークとして日本初のユネスコ世界ジオパークに認定されました。

魅力と見どころ

昭和新山そのもの

昭和新山は私有地であり、また現在も活火山であるため、登山はできません。それでも山麓からの眺めは圧巻です。深い緑の森と剥き出しの赤褐色の山肌のコントラストは強烈で、岩肌からは絶え間なく噴煙が立ち上ります。風に乗って漂うかすかな硫黄の匂いは、この山が今も「生きている」ことを思い起こさせます。山の表情は季節とともに大きく変わります。秋には紅葉と山肌の対比が鮮やかで、冬には白銀の世界に赤茶色のシルエットが浮かび上がる様子が印象的です。

有珠山ロープウェイ

山麓の駐車場から徒歩すぐの有珠山ロープウェイは、隣接する有珠山の山頂まで約6分で結びます。山頂駅とその先の展望台からは、昭和新山を上から見下ろす迫力ある景観に加え、洞爺湖、太平洋、そして遠く羊蹄山までを一望できます。通年運行しています。

三松正夫記念館

山のふもと近くにある小ぶりながら充実した展示館です。郵便局長として昭和新山の誕生を記録し続けた三松氏の人生と業績を、当時のスケッチやミマツダイヤグラムの原資料、写真、観測道具などを通して紹介しています。記念館の近くには、測量機器を覗き込みながら昭和新山を見つめる三松氏の銅像も建てられています。

昭和新山熊牧場

観光エリアに隣接する熊牧場では、北海道の固有種であるエゾヒグマを間近で観察することができます。長年にわたりこの地域の代表的な施設として親しまれてきました。

新山沼

1944年の隆起によって壮瞥川の一部がせき止められて生まれたのが新山沼です。短い遊歩道と展望地点が整備されており、噴火が水系そのものを変えてしまった様子を実感することができます。

周辺の見どころ

昭和新山は、北海道でも有数の観光エリアの中心に位置しています。数キロ先には、円形のカルデラ湖として知られる洞爺湖が広がり、透明度の高い湖水、遊覧船クルーズ、夏季の毎晩開催される花火大会などで多くの人を惹きつけます。湖畔の洞爺湖温泉は北海道屈指の温泉地で、足湯や多彩な宿泊施設が揃っています。2000年噴火の傷跡を保存した「1977年火山遺構公園」では、有珠山の近年の活動が及ぼした影響を実感できます。さらに足を延ばせば、地獄谷で知られる登別温泉、歴史ある港町・函館、白老町のアイヌ文化複合施設「ウポポイ」なども日帰り、または1泊の旅で訪れることができます。

Q&A

Q昭和新山に登ることはできますか?
A登ることはできません。昭和新山は私有地であり、活火山であり、特別天然記念物にも指定されているため、立ち入りが禁じられています。山麓からの眺望、または有珠山ロープウェイ山頂駅周辺の展望台からの眺めをお楽しみください。
Q訪れるのに最適な季節はいつですか?
Aどの季節にもそれぞれの魅力があります。気候が穏やかで施設が一通り稼働している春の終わりから秋にかけてが訪れやすい時期です。10月から11月初旬の紅葉シーズンは、赤褐色の山肌と紅葉のコントラストが特に美しく、写真愛好家にもおすすめです。冬季も訪問は可能ですが、ロープウェイやバスの便数が変わる場合があります。
Q主要都市からのアクセスは?
A札幌からはJR特急で洞爺駅まで約1時間50分、その後、道南バスで洞爺湖温泉まで約20分、さらに昭和新山行きのバスで約15分です。冬季は洞爺湖温泉発のバスが運休となるため、タクシーやレンタカーでのアクセスが便利です。
Q入場料はかかりますか?
A山を眺めること自体や、駐車場・遊歩道の利用に料金はかかりません。有珠山ロープウェイ、三松正夫記念館、昭和新山熊牧場はそれぞれ別途入場料が必要です。
Q活火山ですが、訪れても安全でしょうか?
Aはい、安全です。有珠山と昭和新山は気象庁によって常時観測されており、観光エリアは安全な距離を保って整備されています。火山活動が高まった場合には事前に立入規制が行われます。掲示板の案内に従い、整備された遊歩道や展望地点をご利用ください。

基本情報

名称 昭和新山(しょうわしんざん)
所在地 北海道有珠郡壮瞥町
指定区分 国指定特別天然記念物(1951年6月9日に天然記念物指定、1957年に特別天然記念物に格上げ)
種類 活火山・溶岩ドーム(ベロニーテ型/隆起型)
標高 約398メートル(最高時は約407メートル)
形成期間 1943年(昭和18年)12月28日 ~ 1945年(昭和20年)9月
所属 支笏洞爺国立公園内/洞爺湖有珠山ユネスコ世界ジオパークの一部
管理団体 壮瞥町(1959年9月28日指定)
アクセス 洞爺湖温泉からバスまたは車で約15分/JR洞爺駅からバスで約35分

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁) ― 昭和新山
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/137524
そうべつ観光協会 ― 昭和新山
https://sobetsu-kanko.com/spot/showashinzan
Wikipedia ― 昭和新山
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E6%96%B0%E5%B1%B1
北海道公式観光サイト HOKKAIDO LOVE! ― 昭和新山
https://www.visit-hokkaido.jp/en/spot/detail_10049.html
北海道Style ― 昭和新山
https://hokkaido-travel.com/spot/visiting/ho0197/
るるぶ&more. ― 昭和新山
https://rurubu.jp/andmore/spot/80001694

最終更新日: 2026.05.06