はじめに

北海道虻田郡留寿都村、雄大な尻別岳の山麓に佇む「ヒノキ新薬株式会社ルスツ山寮」は、日本を代表する建築家・白井晟一(1905〜1983年)が設計した北海道唯一の建築作品です。1972年(昭和47年)に竣工したこの企業保養所は、2024年(令和6年)3月6日に国の登録有形文化財(建造物)に登録され、その建築的・文化的価値が正式に認められました。

化粧品・医薬品メーカーであるヒノキ新薬株式会社が社員や関係者のための保養施設として建設したこの山寮は、煉瓦と石、コンクリートが織りなす独特の外観と、北海道の雄大な火山性地形を背景にした佇まいが特徴です。「哲学の建築家」と称された白井晟一の芸術性と、北海道の大自然が融合した、唯一無二の建築空間をご紹介します。

歴史的背景

ルスツ山寮誕生のきっかけは、ヨーロッパでの人の縁でした。ヒノキ新薬の阿部武彦社長がヨーロッパ留学中に、建築家・白井晟一の長男である彪介氏と知り合ったことから、白井への設計依頼が実現しました。

白井晟一は1905年(明治38年)に京都に生まれ、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)卒業後にドイツへ留学し、ハイデルベルク大学やベルリン大学で哲学・美術史を学びました。帰国後、義兄である日本画家・近藤浩一路の自邸設計を手がけたことを契機に、独学で建築家の道を歩み始めます。戦後日本のモダニズム建築の潮流とは一線を画し、深い哲学的思索に裏打ちされた独自の作風を確立。親和銀行本店(日本建築学会賞受賞)、東京・麻布台のノアビル、渋谷区立松濤美術館など、記憶に残る数々の名建築を世に遺しました。

ルスツ山寮は1972年(昭和47年)、札幌オリンピックが開催された年に竣工しました。同年9月2日に行われた完成披露パーティーには、昭和の大横綱・大鵬関や女優の芳村真理さんが出席。また、後にゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズの音楽で知られるすぎやまこういち氏が、完成を記念して「ルスツに集いて」を編曲し、演奏が披露されました。

文化財に指定された理由

2023年(令和5年)11月24日に開催された文化審議会において、ルスツ山寮を登録有形文化財(建造物)に登録するよう答申がなされ、2024年3月6日に正式に登録されました。その評価のポイントは以下の通りです。

第一に、本建物は白井晟一が北海道に遺した唯一の作品であり、北海道の建築文化史において極めて貴重な存在です。第二に、緩勾配の切妻造屋根を架けた長大な二階建ての外観に、濃淡に富む北海道産煉瓦と石積みを用いた仕上げは、白井ならではの独特な意匠として高く評価されました。第三に、内部吹抜に設けられた片持ちで薄く仕上げた踊場付き階段をはじめ、建物の要所に配された彫塑的造形は、卓越した施工技術と芸術性の融合として認められました。

戦後日本の建築界において、機能主義・合理主義が主流であった時代に独自の道を歩んだ白井晟一の作品が、半世紀を経て文化財として登録されたことは、その建築的価値の普遍性を物語っています。

建築の見どころ

ルスツ山寮は鉄筋コンクリート造一部鉄骨造の2階建てで、鉄板葺の屋根を持ち、建築面積は812平方メートルです。横に長く伸びる建物全体に、緩やかな勾配の切妻造大屋根が架けられ、周囲の山並みと穏やかに調和しています。

外壁は最も目を引く特徴のひとつです。白井は北海道産の煉瓦を厳選し、深い土色から温かみのある赤褐色まで濃淡に富んだ煉瓦積みと自然石の石積みを組み合わせることで、豊かな質感と温もりのあるファサードを生み出しました。この素材選びにより、建物は尻別岳の火山性地形と美しく調和しながら、白井の揺るぎない芸術的個性を際立たせています。

内部に入ると、1階には吹き抜けの大空間が広がり、メインホールとしての役割を果たしています。この空間の中心をなすのが、片持ち構造で薄く仕上げられたコンクリートの踊場付き階段です。まるで宙に浮いているかのようなこの階段は、白井建築の真髄である「彫塑的造形」の典型であり、構造工学と芸術が一体となった見事な造形です。

広大な敷地には9ホールのゴルフコースや茶室も備わっており、ヒノキ新薬が長年にわたり大切にしてきた文化活動の精神を反映しています。

訪問案内

ヒノキ新薬ルスツ山寮は企業の保養施設であり、一般公開はされていません。ただし、周辺の公道から建物の独特な外観を鑑賞することは可能です。また、ヒノキ新薬が主催する文化イベント(2024年の有形文化財登録記念パーティーでは茶道のお手前や講演が行われました)が開催される場合もあります。

白井晟一の建築に関心のある方は、建物の外観と尻別岳を背景にした美しい景観を楽しみながら、留寿都村の豊かな自然と合わせて訪問されることをお勧めします。

札幌からは国道230号線を通り、定山渓温泉・中山峠を経由して約90分。新千歳空港からは国道276号線で支笏湖を経由して約90分の道のりです。

周辺情報

留寿都村とその周辺には、多彩な魅力が溢れています。山寮の背後にそびえる尻別岳(標高1,107メートル)は人気の登山スポットで、山頂からは羊蹄山や洞爺湖の壮大なパノラマを望むことができます。北に広がる羊蹄山は「蝦夷富士」の愛称で親しまれ、北海道を代表する名峰です。

ルスツリゾートは北海道屈指のスキー場・遊園地として知られ、冬はパウダースノーのスキー、夏は遊園地や熱気球体験など、年間を通じてアクティビティが充実しています。道の駅230ルスツでは、留寿都産の新鮮な野菜や特産品を購入でき、羊蹄山の絶景も楽しめます。

ルスツ温泉は源泉100%かけ流しの天然温泉で、美肌の湯として知られています。また、留寿都村は童謡「赤い靴」の舞台としても有名で、ルスツふるさと公園には開拓の母像が建てられています。世界的に有名なパウダースノーのメッカ・ニセコエリアも車ですぐの距離にあります。

Q&A

Qルスツ山寮を設計した建築家は誰ですか?
A白井晟一(しらい せいいち、1905〜1983年)です。「哲学の建築家」と称された日本を代表する建築家で、親和銀行本店(日本建築学会賞受賞)、ノアビル、渋谷区立松濤美術館などの作品で知られています。ルスツ山寮は白井が北海道に遺した唯一の建築作品です。
Qいつ文化財に登録されましたか?
A2023年11月24日の文化審議会で登録有形文化財(建造物)への登録が答申され、2024年3月6日に正式に登録されました。
Q建物の内部を見学することはできますか?
Aルスツ山寮はヒノキ新薬株式会社が所有する企業の保養施設であり、一般公開はされていません。ただし、周辺の公道から外観を鑑賞することは可能です。ヒノキ新薬が文化イベントを開催する際には、招待客が施設内を見学できる場合もあります。
Q札幌からのアクセス方法を教えてください。
A札幌から国道230号線で定山渓温泉・中山峠を経由し、約90分で到着します。バスの場合は札幌駅から道南バスで約120分です。新千歳空港からは国道276号線で支笏湖経由、約90分の道のりです。
Q白井晟一の他の建築作品はどこで見られますか?
A東京の渋谷区立松濤美術館は白井の晩年の代表作で、一般公開されています。静岡市立芹沢銈介美術館も白井の設計です。秋田県の稲住温泉には白井が手がけた建築が残り、宿泊して体験することもできます。長崎県佐世保市の旧親和銀行関連の建物も現存しています。

基本情報

名称 ヒノキ新薬株式会社ルスツ山寮
設計 白井晟一(しらい せいいち、1905〜1983年)
竣工 1972年(昭和47年)
構造 鉄筋コンクリート造一部鉄骨造2階建、鉄板葺、建築面積812㎡
文化財指定 登録有形文化財(建造物)、2024年(令和6年)3月6日登録
所有者 ヒノキ新薬株式会社
所在地 〒048-1711 北海道虻田郡留寿都村字泉川645
アクセス 札幌から国道230号線経由で約90分、道南バス「登川温泉」停留所から徒歩約7分
電話番号 0136-46-3241

参考文献

ヒノキ新薬株式会社ルスツ山寮 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/583282
文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)令和5年11月24日 — 文化庁
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/94080301_02.pdf
ヒノキ新薬、「ルスツ山寮有形文化財登録記念パーティー」を開催 — 週刊粧業オンライン
https://www.syogyo.jp/news/2024/09/post_039371
会社概要 — ヒノキ新薬株式会社
https://www.hinoki.co.jp/company/
白井晟一 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E4%BA%95%E6%99%9F%E4%B8%80
設計者 白井晟一 — 渋谷区立松濤美術館
https://shoto-museum.jp/aboutthemuseum/architect/

最終更新日: 2026.04.03